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▼ 幼馴染に恋したペパー

ペパーとナマエは世間一般で言う幼馴染の間柄だ。
しかしどちらかというと幼馴染というよりペパーはまるでママのようだとナマエは考えている。
不器用なナマエの代わりに髪を結ってくれたり、口元についたソースを拭いてくれたり、迷子にならないように手を繋いで歩いてくれたりとママに似た要素を挙げたらキリがない。
勿論ママのようだと思ってるだなんて知れれば怒られてしまうのでこの事は本人には秘密だ。

今日も今日とてナマエは髪を結ってもらう為にペパーの部屋を訪ねると、急に訪ねたというのにペパーは「しょうがないな」と言いながら快くナマエを部屋に招き入れた。

「んで、今日はどんな感じにするんだ?」

「可愛いの!」

「可愛いのな、りょーかい」

ナマエの要望を訊くとペパーは慣れた手つきでナマエの髪を編み込み始め、ナマエはその様子を鏡越しに楽しげに眺めた。
ナマエはペパーが髪を結ってくれるこの時間が好きだった。
思い返せばママに髪を結ってもらう時間も好きだった思い出がある。
弟が生まれたばかりの時、髪を結ってもらう時間がママを独占できる数少ない時間だったからだ。
今では弟も成長して手がかからなくなり、ナマエも寮生活になったためママの時間を独占する必要はなくなった。
その代わり――と言うのだろうか、最近ペパーに友人が増えてナマエがペパーと二人きりで過ごす時間は少なくなったため、こうして頻繁にペパーの部屋に訪れては二人きりの時間を独占しようとしているのかもしれない。
残念ながらナマエはこの事に無自覚だが。

「ほら、できたぜ。 今日も可愛いちゃんだな」

完成した髪型が崩れないように優しく頭を撫でながら言うとナマエは表情を輝かせながらお礼を言った。

「そんなに可愛くして今日はどこに行くんだ?」

「今日はハルトとお買い物に行くの!」

「えっ……」

ナマエの言葉にペパーがピシリと固まる。
それってまさかデートなのか、とペパーが訊くより先に待ち合わせ時間が迫っている事に気づいたナマエは「いってきまーす!」と言いながら慌てて部屋を出て行ってしまった。

そのせいで一人、部屋に残されたペパーは答えの出ない思考の迷路を彷徨う事になった。
ハルトとナマエはいつから二人きりで出かけるようになったんだ?
あんなに可愛くお洒落して、やっぱりデートなのか?
ナマエは……ハルトが好きなのか?
そう考えた瞬間ペパーの思考は嫉妬心で塗りつぶされた。

確かにハルトは恩人で大事な親友だけどダメだ、ナマエだけはダメだ。
相手がハルトだろうと絶対に渡せない、渡したくないと、そこまで考えてペパーはふとある事に気がついた。

「オレ……ナマエが好きなのか」

声に出して言ってみればその言葉は、すとんと綺麗にペパーの胸の中に落ちた。
今まで自分がナマエに世話を焼くのは家族のような、妹のような存在だと感じているからだと思っていた。
だけど妹のように思っているならこんなふうに嫉妬したり独占欲を募らせることなどないだろう。
そう自分自身で納得すると、ペパーは居ても立っても居られず部屋を飛び出した。

追いかけるように部屋を飛び出したものの、ペパーはナマエとハルトがどこにお出かけするのか知らないし、仮に二人を見つけたとしてもどうすればいいのか解らない。
当てもなくテーブルシティを歩いていたその時、ペパーの耳に聞きなれた声が届いた。

「ありがとう、ハルト!」

それは間違いようもない、ナマエの声だった。
ペパーは辺りを見回し、声のした方へとコッソリ顔を覗かせると、そこには予想通りナマエとハルトが居た。

「いいのが見つかって良かったね」

「うん! ハルトのお陰だよ」

嬉しそうにハルトと話すナマエの手には雑貨屋の袋が握られており、おそらくこれを買うためにハルトと出かけたのだという事が推測できた。
でもだったら尚更ハルトではなくて自分と出かければいいのにとペパーが嫉妬心を滲ませたその時、ハルトが口を開いた。

「そう言えば、ペパーとナマエって付き合ってるの?」

「えっ!?」

思いがけないハルトの問いかけにナマエだけでなくペパーまでも声を上げそうになり、ペパーは慌てて自身の口を手で覆った。
このまま盗み聞きをするのはナマエに悪いと思いながらも、ペパーはナマエがなんと答えるのか気になってしまい聞き耳を立ててしまう。
しかし聞くべきではなかったとすぐに後悔することになる。

「違うよ! ペパーは幼馴染で……ママみたいなんだもん」

瞬間、ペパーは頭部を鈍器で殴られたような強い衝撃を覚えた。
好きな女の子に真っ向から否定され、更には“ママみたい”などという発言に眩暈がする。
聞くんじゃなかったと後悔した時には既に手遅れで、ナマエの発言はペパーの脳裏にこびり付いて離れなくなっていた。
ふらふらと覚束ない足取りでその場を離れたペパーは、その後にハルトとナマエがどんな会話をしていたか知る由もなく、そのまま気づけば寮の自室へと帰ってきていた。
無気力感に苛まれながらボスンとベッドに倒れこみ、眠るわけでもなくただ呆然と先程のことを考えていた。

「ママみたい、か……」

口に出すと胸がずきりと痛んだ。
確かに散々妹のように甘やかしてきたし、ナマエに男として意識させるような振る舞いをしてきたかと言えば多分、恐らく、そんな振る舞いは出来ていなかっただろう。
だからナマエにママみたいなどと思われても仕方がないのかもしれない。
ハア、とペパーが重たい溜め息を吐くと同時にスマホロトムがメッセージの受信を知らせた。
送信主はナマエで“今から部屋に行っても良い?”という内容だったのでいつもの癖で思わず快諾してしまった。
今はナマエと顔を合わせられる気分じゃないのにと後悔した時には既に遅く、コンコンと扉がノックされた。
扉の外から「入っていい?」と聞こえた声はナマエのもので、ペパーはゆっくりとベッドから降りると重い足取りで扉へ向かった。

「ただいま!」

扉を開けるとナマエはにっこり笑いながらそう言い、ペパーは少し沈んだ声色で「おかえり」と返した。
ペパーの声色の変化にナマエは特に気にする様子もなく、いつも通りナマエの定位置であるベッドに腰を下ろした。
曰く、椅子よりベッドの方が好きな時にすぐ寝転がれるから楽なんだとか。
今まではペパーも人のベッドに座るなんてお行儀が悪いだなんて言ってこなかった。
まあ幼馴染だし、ペパー自身も別に嫌ではないからナマエには自由にベッドに座らせたり寝転ばせたりと好きにさせていた。
しかし今はどうだ。
好意を自覚したペパーは、好きな子がベッドの上に無警戒に座っていると言う様子が酷く“良くないこと”のように思えた。
そんな邪な思考を打ち払い、ペパーはおもむろに口を開いた。

「……ハルトとのデートは楽しかったか?」

ついうっかり、何の気無しに、ペパーはチクチクと棘のある嫌味のこもったような言い方でナマエに問いかけた。
わざわざ自分からデートだなんて言って、これでナマエが「デートじゃない」と否定しなかったら自爆もいいとこだ。

「楽しかったよ! 雑貨屋さん行ってねー……」

ズキン、とペパーの胸に重たい痛みが走る。
完全なる自爆だ、なんてことだ。
ナマエはデートという言葉を否定せず、そのまま気にする様子もなくハルトとのデートの内容をつらつらと語り始めた。
しかし当然ながらペパーにはその内容は一切耳に入っていなかった。
胸の痛みがドロリとした嫉妬心を生み、それがペパーの思考を蝕んでいく。
今まで感じたことのない感情に支配され、ペパーは正常な判断が出来なくなっていた。

「ペパー?」

自分の話になんの反応も示さないペパーに気付き、ナマエが不思議そうにペパーを見上げると、ふらりとペパーの手がナマエへと伸びた。
その手はナマエの髪を一房掬い上げると、人差し指と親指で擦り合わせるように触れ始めた。
怒っているような不穏な空気を感じてナマエが何も言わずにいると、ペパーが口を開いた。

「良かったな、ハルトとのデートがうまくいって」

「ペパー……?」

ペパーの眼がナマエを見下ろす。
その鋭い視線にペパーが怒っているのだと確信したナマエは、ペパーがなんで怒っているのか考えを巡らせた。
しかしどれだけ記憶をひっくり返してみてもペパーを怒らせる要因が思い当たらず、ナマエは益々困惑した。

「ねえ、どうし……」

どうしたの、と訊くはずだったナマエの言葉が途切れる。
ペパーが、身を屈めてナマエに顔を近づけたのだ。
ナマエが驚きから眼を見開くとペパーと視線が交わった。
一瞬――ペパーが泣きそうな顔をしたことにナマエが気付いたのと同時に、ナマエの唇に柔らかいモノが押し当てられた。
それがペパーの唇だと一拍遅れて理解したナマエは咄嗟に身を引こうとするが、逃がさないと言わんばかりにペパーの手がナマエの後頭部を押さえつける。
少し唇が離れたかと思いきや、ペパーの舌がペロリとナマエの唇を舐め上げた。
驚き、微かにナマエが口を開けると、そこからペパーの舌が侵入してくる。
なにが起こっているのか理解が追いつかないまま、ナマエはとにかくペパーを追い出そうと自身の舌で押し返そうとするが、その行為は全くの逆効果だった。
まるでキスに応えられているような、煽ってきているようなナマエの反応に気を良くしたペパーは少し嬉しそうに笑みを浮かべ、ナマエの舌をヂュウ、と吸い上げると漸く唇を離した。
顔を真っ赤にして荒く呼吸をするナマエをペパーは熱を帯びた眼で見下ろした。

「……オマエ、オレのことママみたいって言ってたよな」

「……え?」

「オマエのママはオマエにこんなことしねーし、こんな眼で見たりしないだろ? 無警戒ちゃん」

優しくて心の底から安心できる無害な存在なんかじゃないんだと、そう意味を込めて言うが、ナマエは心ここに在らずといった表情でペパーの言葉を聞き流していた。

「え……あれ、聞いてた、の?」

漸く理解が追いついてきたのか、ナマエが言葉を途切れさせながら恐々とペパーに訊くと、ペパーは盗み聞きをした手前少し気まずそうにしながらも「聞いてた」と答えた。
するとナマエの顔が今にもだいばくはつしてしまいそうなほど益々赤みを増した。

「じゃ、じゃあ私がペパーのこと好きだってのも聞いてたってこと……!?」

「……は?」

ポカンとペパーの口が開く。
ちょっと待って何の話だと今度はペパーの頭が混乱し始め、理解が追いつかなくなった。
そんなペパーの様子にナマエは「あれ?」と首を傾げる。
ペパーの様子はナマエがペパーを好きだという情報は初耳だと言わんばかりで――あれ、それってもしかして?

「やっ、待って! 今のダメ、聞かなかったことにして!」

完全に自爆というやつで、言うつもりがなかったタイミングでの望まぬ告白にナマエは眼に涙を溜めながら懇願した。
だってまさかその部分だけ聞いてないだなんて思わなかった、とナマエは自分自身に言い訳するが、もうどうしようもない。
眼の前にいるペパーの顔が段々と赤みを増していき、それはつまりナマエの言葉を頭で理解したということで、もう誤魔化しようがないのだ。

「オレが好きって……マジで言ってんの?」

「うー……」

ペパーが確かめるように問うと、ナマエは手で両耳を塞いで俯いてしまう。

「なあ、ナマエ」

ペパーの手がナマエの手を掴み、優しく耳から引き離した。
それでも尚、ペパーから顔を背けてキツく眼を瞑っては黙りこくるナマエの横に腰を下ろし、ペパーは再び「ナマエ」と呼びかけた。
相変わらずペパーに手を掴まれ、先程よりも近い距離で名前を呼ばれていると漸くナマエは観念したのか恐々と眼を開けてペパーを見る。
そして控えめに口を開いた。

「……だいすき」

ドッ、とペパーの心臓が強く脈打った。
鼓動が早まり、胸が苦しくなるのを抑えるようにペパーは無意識のうちに左胸に手を当てた。
本当にこれは現実なのだろうかとペパーは半ば疑心暗鬼になっていた。
こんなに自分に都合の良い展開があるのだろうかと。
聞き間違いなのではと自分の耳まで疑い出したペパーはおずおずと口を開いた。

「……もう一回言って」

ペパーがもう一度とせがむと、ナマエは恥ずかしそうに俯きながら小さく「大好き」ともう一度口にした。
ああ、聞き間違いじゃないんだな、と頭で理解すると同時に、ペパーは思い切りナマエを抱き締めた。

「オレも、大好き」

ペパーが自覚したばかりの自身の想いを口にすると、腕の中のナマエが「えっ」と小さく声を上げて身じろいだ。
抱きしめられている為、少し窮屈そうにしながらナマエはペパーを見上げた。

「ホントに……?」

「嘘なんか言わねえよ」

「私の事、手のかかる子どもみたいって思ってないの?」

「なんだよそれ」

ペパーが小さく笑うとナマエは少し拗ねたように唇を尖らせた。

「だってペパー、ママみたいに甘やかしてくれるもん」

絶対子ども扱いしてる、と拗ねた口調で話すナマエを見て、ペパーは合点がいった。
ハルトに「ママみたい」と言っていたのはコレのことか、と。
そう解ると何だか馬鹿らしくてペパーが再び笑みを零すと、自分の発言を笑われたのだと勘違いしたナマエは頬を膨らませた。

「そう膨れるなよ、可愛いちゃん」

拗ねて頬を膨らませているうちは子ども扱いは止められないな、と内心考えながらペパーがナマエの膨らんだ頬を人差し指で押すと、口の中の空気が抜けていく。

「なあ、もう一回キスしてもいい?」

空気の抜けきった頬を尚も人差し指でぷにぷにと押しながら訊くと、ナマエは恥ずかしそうに少し視線を彷徨わせた後、小さく「いいよ」と返した。
承諾したものの、今からキスするんだと意識すると気恥ずかしくなってしまい、ナマエは俯いてしまった。

「こーら、俯いてちゃ出来ないだろ?」

「んー……」

ペパーに促され、ナマエはゆっくりと顔を上げた。
ペパーとナマエの視線が交わる。

「……なんか、緊張するな」

「……うん」

眼が合った途端にナマエの照れが移ってしまったのか、ペパーは気恥ずかしそうに頬を掻いた。
むしろさっきは何であんなに大胆にキスが出来たんだと自分自身に問いたいくらいだった。

「眼ぇ閉じて」

ペパーの言葉にナマエは素直に眼を閉じた。
ナマエの頬に手を添え、ペパーは恐る恐る唇を寄せる。
ふに、と唇同士が合わさると、さっきまでの気恥ずかしさはどこに行ったのか二人はその行為に夢中になった。
感触を確かめるように、優しく食むように、何度も口づけを交わしていると、そのうち薄く開いたナマエの唇を割って入るようにペパーは舌を入れた。
先程とは違ってナマエはペパーの舌を押し返そうとする動きはせず、懸命にペパーの動きに応えようとしていた。
舌先が触れ、絡み合い、甘い砂糖菓子を溶かしていくように優しく口内を触れていく。
次第にナマエがもう限界を訴えるようにペパーの胸を何度か叩くと、名残惜しそうにリップ音を残してペパーは唇を離した。

「大丈夫か?」

「ん……」

上手く呼吸出来ていなかったのか肩で息をするナマエ。
そんなナマエをペパーは心配そうに見つめていると、次第にナマエの呼吸は落ち着きを取り戻し、ナマエは少し眉を下げながら「ねえ」とペパーに話しかけた。

「どーしてキスする時にベロ入れるの?」

「そ……ういうもんだろ」

予想外のナマエの言葉にペパーは一瞬固まったが何とか持ち直し、当たり障りのない返答をする。
しかしナマエはペパーの返答に眉を顰めるばかりで納得していない様子だ。

「あのね、ペパー」

「なん……」

ふに、と柔らかい感触に言葉の続きを奪われ、ペパーは眼を見開いた。
その柔らかさは一瞬唇に触れるとすぐに離れてしまい、ペパーはこの一瞬だけ夢でも見たのかと自分を疑うが、眼の前にいるナマエが顔を真っ赤にしているのを見て、さっきのは現実であると認識した。

「キスってね、こうするんだよ」

そう言ってナマエは両手で口元を隠しながら無邪気に笑った。


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