pkmn | ナノ


▼ 01

「好きです」

そうペパーに告げたのは、一度も話したことのないクラスメイトのナマエだった。
話したことはないがペパーは彼女の名前をちゃんと把握しているし、何なら頻繁に目で追ってしまっている人物でもある。
彼女はよく笑い、人間にもポケモンにも優しく、数学が少し苦手で、そしてサンドウィッチが大好きなことも知っている。
まるでストーカーのようだとペパー自身も理解しているが、意識しなくてもつい眼で追ってしまうのだから仕方がないんだと、彼女のことを一つ知るたびに誰に言うわけでもない言い訳を心の中で唱え続けてきた。

そんな彼女からの愛の告白。
なんと答えるべきか当然ペパーの中では既に決まっていたが、しかしその前に何故自分を好きになってくれたのかと訊いてみたいと思い、ペパーはゆっくりと口を開いた。

「なんで?」

――あれ?

「オレ達、話した事ねえじゃん」

意図せず口から出た冷たい声色に、目の前の彼女だけでなくペパー自身の顔色もサッと青ざめた。
違う、こんな風に訊きたかったんじゃない。
もっといつも通りの声で、なんで話した事ないオレの事を好きになってくれたんだって訊きたいだけなのに。
青ざめて今にも泣きそうなナマエを見て、ペパーは早く弁明しようと口を開くが、その口からは音もなく空気が漏れ出るばかりで言葉が中々出てこない。

「ご、ごめんね……こんなの、迷惑だった、よね……」

「え……」

「もう言わないから、ごめんね……」

「待っ……ちが、」

ペパーが引きとめようとするよりも前にナマエは踵を返して駆け出してしまった。
引きとめようと伸ばしかけた腕が行き場を無くす。

「オレも……好き、なのに……」

そよ風にさえ掻き消されてしまいそうなほど小さな声で呟かれた言葉は走り去って行ったナマエに届く事はなく、風に流されて消えて行った。

なんで、こんなつもりじゃなかったのに。
ナマエへの恋心は勿論ペパーは自覚していた。
でなければ眼で追ったり好みを把握したりなどしない。
それなのに何故自分は好きな子に対してあんなにも冷たい声色で話したのか。
あんな声で素っ気無い言い方じゃあ彼女の好意を迷惑と思っていると受け取られかねない。
いや、きっとそう受け取られたし、絶対に嫌われたに決まっている。
せっかく好きになってくれたのに、もう絶対好きになってくれない。
後ろ向きな感情に支配され、ペパーはナマエを追いかける事も出来ずにただその場に立ち尽くすことしか出来なかった。

それからというもの、ペパーはナマエと言葉を交わす機会に恵まれず、ナマエに弁明する事も出来ないまま数ヶ月が経った。
その数ヶ月の間にエリアゼロで大怪我を負ったマフィティフの治療法探しに奔走し、転入したてのアオイとスパイスを探し回り、更にネモとボタンを加えた四人で再びエリアゼロに赴き、肉親との長年の軋轢と決別した。
マフィティフが怪我を負ってから今までずっと気を張っていたため他の事を考える余裕などなかったが、こうして全てが終わって穏やかな日常に戻るとペパーの頭の中にあの日傷つけた好きな女の子の事が頭を占拠する。

同じクラスなのだから話しかけようと思えばいくらでも話しかけられるのだが、当然ナマエからペパーに話しかける事はなく、ペパーも臆病風に吹かれてしまいナマエに話しかけられずにいた。

そんなある日、意外なところからナマエの名が飛び出してきた。
アオイとネモとボタンの四人とポケモン達という大所帯でピクニックに出かけ、ペパーお手製の特製サンドウィッチを振る舞っていたその時、アオイの口から「ペパーってナマエって子、知ってる?」と告げられたのだ。
何の前触れもなく飛び出してきた好きな子の名前に思わず持っていたサンドウィッチを落としてしまいそうになるのをグッと堪えながら、ペパーは震えそうな声で「なんで?」と聞き返した。

「このあいだ知り合った子なんだけどペパーと同じクラスみたいで」

だから知り合いなのかなって、と呑気そうな顔で言うアオイは、きっとペパーとナマエの間にあった出来事を知らないのだろう。
少し悩んだ末にペパーは小さく「知り合いじゃない」と答えた。

「その子、最近ポケモンバトル始めたんだけど筋が良くてねー、相棒のイーブイを進化させようか悩んでるんだって」

筋が良いというアオイの言葉にキラリとネモの眼が輝き、同じブイブイ好きという情報にボタンの肩がぴくりと動く。

「それでネモとボタンに色々相談したいって話しててね」

この流れはまずい、とペパーが思った時には既に手遅れで、トントン拍子で今日のメンバーにナマエを加えた五人で次の休日に再びピクニックをすることが決まった。
ナマエが相談があるのはネモとボタンなのたがら自分はいない方が良いのでは、とアオイに伝えてみたが「ポケモンと仲良くなれる美味しいサンドウィッチの作り方を教えてあげて欲しい」と言われてしまい、断るに断れなくなってしまった。

「どうしよう……」

何の解決策も浮かばないままペパーは約束の日を迎えることとなった。
待ち合わせ場所へ向かう足取りは重く、隣を歩くマフィティフが心配そうにペパーの顔を何度も見上げている。
大丈夫だと意味をこめてマフィティフを撫でるがペパーの表情は一向に明るくなる事はなく、そのままあっという間に待ち合わせ場所に辿り着いてしまった。
待ち合わせ場所にはまだ誰も着ておらず、ペパーは内心安堵した。
まだナマエと顔を合わせるには心の準備が出来ていない。
せめて既にナマエと交流のあるアオイか、人見知りせずよく喋ってくれるネモがナマエより先に来てくれればと考えたところでペパーの背後から「えっ」と控えめな声が上がった。
瞬間、ペパーの喉からヒュッと空気が抜ける。
聞き間違えるはずがない。
ずっと想い焦がれていた声で、そして今だけは聞きたくなかった声をペパーが間違えるはずがなかった。

ペパーがゆっくりと振り返ると、そこにはペパーの予想通りナマエが立っていた。
驚きよりもどこか怯えたような表情を浮かべるナマエにペパーの胸がズキリと痛む。
なにか声を掛けなければとペパーが口を開こうとしたその時、ペパーが喋りだすより先にナマエの口が動いた。

「な、なんで……?」

「……なんでって、アオイ達と約束」

「えっ? でもアオイちゃん今日は女の子だけだって……」

どうやらナマエはペパーが来ることは知らされていなかったらしく、今にも泣き出しそうな顔でペパーを見たり地面を見たりと忙しなく視線を泳がせている。
ナマエが無意識のうちにペパーから離れるように少し身を引いたのをペパーは見逃さなかった。
今にも帰ってしまいそうなナマエの様子にペパーは咄嗟に腕を伸ばし、ナマエの細い腕をがっしりと掴んだ。

「帰んなよ!!」

引きとめようと必死に上げた声は予想以上に大きく、まるで威圧するかのような言い方にナマエはビクリと身体を跳ねさせた。
一方ペパーもまた意図せぬ物言いになってしまい顔を青くさせていた。

「こ……此処に居ろよ」

早くしなければまたあの日のようにナマエが去ってしまうと搾り出した声は尻すぼみとなってしまったが、何とか言い切ることが出来た。
先程と比べてだいぶ弱弱しくなったペパーの声にナマエは困惑しながらも小さく「うん……」と言葉を返した。

此処に居ろと言ったもののそれ以上ペパーが何かナマエに声を掛ける事はなく、ナマエもナマエでペパーに声を掛けていいのか解らず、互いに無言のまま黙々とピクニックの準備を始めた。
なんと頼みの綱であったアオイは今日中の期限の提出物を出しに学校へ、ネモとボタンはリーグ委員会に呼び出されてと三人全員が遅刻すると連絡があったのだ。
本来ならば好きな子と二人きりになれるなんて喜ばしいことのはずなのにペパーもナマエも気まずさのみを胸に抱えていた。

気まずい空気に包まれた人間とは対照的に、二人の相棒であるマフィティフとイーブイはすっかり仲良くなっていた。
初めて会う自分より大きなポケモンに大はしゃぎのイーブイと、そんなイーブイに優しく接するマフィティフ。
そのうち追いかけっこを始め、二匹はペパー達やピクニックテーブルの周りを駆け回り出した。

「こら、あんまりはしゃぐと……」

テーブルにでもぶつかったら大変だと注意しようとしたペパーが言葉を言い切らないうちに、ナマエの脚にイーブイが勢いよくぶつかってしまった。

「わっ!?」

バランスを崩したナマエが自分の方へ倒れ込んでくる様子がペパーにはスロー再生の映像のように見え、咄嗟にナマエを守るように抱きしめた。

……までは良かったのだが運の悪いことにペパーはそのまま後ろへ倒れ込んでしまった。
緊急事態とはいえ好きな子に触れるのは緊張したのか足の力が抜けてしまったのだ。
もっと格好良くスマートに助けるはずだったのに一緒になって倒れるだなんてとペパーが自己嫌悪に陥っていると、腕の中のナマエがもぞりと動いた。

「あ、ありがとう……」

震える声でお礼を言うナマエの方へ視線をやるとナマエの頬はカジッチュのように赤く色付き、ペパーを見上げる瞳はどこか潤んでいるようだった。
まるでまだ自分に恋心を抱いてくれているのでは、と期待してしまいたくなるナマエの顔に、無意識にナマエを抱きしめる腕に力が入る。

そんなペパーの心情を知るはずもないナマエは、ペパーが何も言葉を返さないところから彼が怒っていると思ったらしく慌てて「すぐ退くね」と身体を起こそうとした。

「え、あれ……ペパーくん?」

しかし力強い抱擁のせいで身体を起こすことは叶わず、ナマエが困惑気味にペパーに視線を送ると、どこか熱に浮かされたような顔のペパーと視線が交わった。
見たことのない顔をするペパーにナマエの心臓がドキリと跳ねる。

「ペパー、くん?」

再びナマエが名前を呼ぶと、ペパーはナマエを抱き締めていた力を緩めたかと思うと、そのまま左手をナマエの頬に添え、優しく撫で始めた。
ゆっくりとその滑らかな感触を確かめるような手付きにナマエの頭はショート寸前だった。
今ならきっと簡単に起き上がることができるというのに、もうそんな事さえ考えられない。
頭の中がぐちゃぐちゃに掻き乱されて、ペパーから視線を逸らすことすら出来ずにいた。

「あ、あの……」

「ナマエ」

不意に名前を呼ばれ、ナマエの身体が大袈裟にビクリと跳ねた。
自分の名前を知っていてくれたのかという驚きと喜びから涙が溢れそうになるのを堪えながら、ナマエは「なあに?」と言葉を返した。

「オレ……」

気づけば頬を撫でていた手は動きを止め、ナマエの頬にぴたりと添えられていた。
ペパーの手から伝わる熱い体温がナマエにも伝わり、ナマエの思考はのぼせたように熱に浮かされ始めた。

ペパーが何を言おうとしているのかナマエには解らない。
何かを伝えようとしているが言葉が見つからないようで、ペパーは無意味に口を開いては閉じてを繰り返している。
そんなペパーを急かすことなく、ナマエはただジッとペパーの言葉を待った。
そのうち、意を決したペパーが口を開いたその時だった。

「お待たせーっ!!」

待ち人の明るい声が大きく響き渡ったのは。

「ご、ごめん……っ」

待ち人、アオイの声にナマエは謝りながら過去最速の速さで起き上がり、熱をもった頬を抑えながらアオイの方へと走り去ってしまった。
一人残されたペパーもゆっくりと上体を起こし、ナマエとアオイの方へと視線を向けた。
どうやらアオイだけでなくネモとボタンも一緒に到着したようで、ナマエが二人に自己紹介している様子が視界に映る。

ナマエ達から視線を外し、ペパーは先程までナマエに触れていた左手に視線を移した。
またナマエの体温が残っているのか、左手はじんわりと熱を持っていた。
熱が左手から心臓へ、そして心臓から顔へと伝わりペパーは小さく「熱い」と呟く。

もう手が届かないと思っていた存在に、今日ペパーは触れたのだ。
ずっと諦めていた存在に、あんなにも近づく事ができた。
一度近付いてしまうと、触れてしまうと欲が出てきてしまうもので、ペパーはもうナマエを諦める事が出来なくなっていた。

もう一度触れたい、言葉を交わしたい。
そしてもう一度……自分を好きになってほしい。
その為には変わらなければならない。
好きな子を前にするとテンパって、酷い態度をとってしまう弱い自分を変えなければ。

いつまでも座り込んだままのペパーを呼ぶアオイ達の声を聞きながら、ペパーは固く決意するのだった。



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