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▼ どうしても手に入れたいセキ

コンゴウの集落には一人だけ余所者の人間がいる。
その者は名をナマエという。
ナマエはある日突然コンゴウの集落にふらりと迷い込んできた女で、それから集落に居着いている。
初めは余所者を集落に置くなどと反対する者も多くいたが次第に受け入れられたのは彼女の人柄ゆえだろう。
いつも穏やかに微笑み、世間知らずかと思いきや意外な知識を持っていたり、そして何よりポケモン達の心を開かせる術を持っていた。

――否、ポケモンだけじゃない。
彼女は人の心を開かせるのも上手かった。
かく言うセキも彼女に絆された一人だ。
最初は突然現れた余所者に距離を置いていたが次第に警戒心は薄れていき、日に何度か言葉を交わすようになった。
言葉を交わすうちに何時しか憧れを抱くようになり、その憧れが恋情に変わったことに気づいたのはつい最近の事だ。

少年から青年へと成長し、セキは子どもの頃のように純粋無垢な好意だけを抱くことはできなくなっていた。
ナマエに自分のことを好きになって欲しいという欲はある。
しかし最悪ナマエの心は手に入らなくても良いから自分のものにしたい、他人に触れられないように囲い込んでしまいたいと、歪んだ独占欲を含ませた好意を胸に抱いていた。
ナマエの最大の不幸はセキが自身の独占欲のまま行動し、そしてそれを実現できる立場にあったことだろう。

「セキ、これは一体どういうことなの……!?」

ナマエが静かに怒りを露わにしながらセキに詰め寄ると、セキはニコリと微笑みながら「なにがだ?」と白々しくとぼけてみせた。

――今日、セキは祝言を挙げた。
相手は勿論ナマエだ。
しかし当事者であるナマエは何も聞かされていなかった。
突然着せ替えられ、困惑するナマエが口を挟む余裕もなく祝言が執り行われ、そして早々にセキと共に閨に押し込められたのだ。
冗談にしては度が過ぎているし、本気だとしたらあまりにも順序を飛ばしすぎている。
そもそもナマエとセキは恋仲ではないので、ナマエは意味の解らない行き過ぎた冗談だと捉えていた。

「セキ、話しを聞いて」

白を切るセキに痺れを切らしたのか、ナマエはセキの両頬に手を添えてグイ、と自分の方へ顔を向けさせた。
セキが少年だった頃もこうやって何度か顔を向かい合わせた事がある。
それはセキが悪戯をしたり、やんちゃが過ぎた時だ。
その度にナマエはこうやってセキの顔を自分の方へと向けさせた。
そして真剣な眼を真っ直ぐセキに向けるのだ。

今のナマエもあの頃と同じ眼をしている。
それは子どもが悪さした時に母親が間違った事を正そうとする真剣な眼差しのようで、そこに色欲や恋愛感情などは一切含まれていない。
こうやって至近距離で見つめられるだけでセキの心臓は鼓動を速めてしまうというのに、ナマエには何の変化がないことをセキも解っていた。
だからナマエに何も伝えず外堀を埋めて、こうやって強行に及んだのだ。
セキが素直に好意を伝えたところで彼女はきっと応えてはくれないだろう。
年齢が離れているからと、自分は余所者だからと何かと理由をつけて絶対に首を縦に振る事はない。

「……そろそろ世継ぎを残せって責付かれてよ、なら相手はアンタが適任だって言ったのさ」

「どういう、こと……?」

「コンゴウ団の中から伴侶を選んで子を成してもそれを繰り返してちゃ血が濃くなってよろしくねえ。 でも他所の人間を選ぶって言っても面倒が付き纏っていけねえ。 だからアンタが選ばれたってわけだ」

ツラツラと世間話をするかのように、いつも通りの声色で話しながらセキはナマエの様子を伺った。
呆然としながらもどこか諦めたような顔をするナマエを見て、セキは自分の予想通りだと確信した。

ナマエは自分を受け入れてくれたコンゴウ団に恩義を感じている。
そしてその恩義を返すためならばセキと契りを交わすことも厭わないと、セキはそう確信していた。
ナマエが適任だから選んだのだと、そこに恋心など一切ないのだと信じさせればナマエはあっさりとセキの元へと落ちてくる。
全てはセキの目論見通りだった。

頬に添えられていたナマエの手が離れていくのを見てセキが「ナマエ」と呼ぶと、ナマエはどこか悲しげな眼をセキに向けた。
その顔を見て、まさか好いた男でもいたのかとも考えたがそんなことはもうどうでも良い。
最悪ナマエの心は手に入らなくても、彼女が自分の元にいればそれでいい。
今もその考えは変わらない。

「ナマエ」

もう一度名前を呼びながら今度はセキがナマエの頬へと手を添え、ゆっくりとナマエの唇に自身の唇を重ねた。
ナマエを手に入れて幸せなはずなのにズキズキと痛み始める心臓を誤魔化すかのように何度も口付けを交わし、逃がさないと言わんばかりに強くナマエを抱き締めた。

「アンタはオレのもんだ」

そう口から出た言葉はナマエに向けたのか自分自身に向けたのかセキにも解らず、胸の中の痛みが治るまでセキはただただナマエを抱き締め続けるのだった。



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