pkmn | ナノ


▼ 帰らせたくないセキ

スル、と女の手の甲から指先を無骨な手で撫でるとセキは「あんたは本当に綺麗だな」と微笑んだ。
どこか艶かしい手つきに女、ナマエは困ったように眉を下げた。

二人きりの屋内で恋仲のような色っぽい雰囲気が漂っているが決して二人はそのような関係ではない。
これまでにセキは幾度かナマエに愛の言葉を送ってきたが、その度に彼女は困ったように微笑むばかりでセキの言葉を受け入れる事はなかった。
自身の愛をはぐらかし続けるナマエに思うところが無いといえば嘘にはなるが、それでもナマエはセキの手元にいる。
ならばゆっくりと時間を掛けて囲い込んでいけばいい。
そう思っていたが今日はいつもとは違っていた。

「ねえ、セキさん」

「なんだ?」

「私は……いつか元の時代に戻ります。 だから貴方の想いに応えられません」

それは初めての拒絶だった。
冷水を頭から掛けられたようにセキの中にヒヤリと冷たい衝撃が走る。

――そう、ナマエは先の時代から来た人間だ。
どういう切っ掛けかは本人にも解らないが、ある日突然この時代にタイムスリップしてしまった。
その事はセキも承知していた。
なぜなら右も左も分からず彷徨い、野生のポケモンに襲われそうになっていたナマエを助けてくれたのがセキだったからだ。
そしてセキは、行く当てが無いのならとコンゴウ団にも招き入れてくれたのだ。
ナマエはセキに対し恩義を感じ、そしてセキが自身に向ける好意と同等の想いを抱いていた。
しかしナマエはこの時代の人間ではなく、何時どんな切っ掛けで元の時代に戻るかも分からない。
そんな自分がコンゴウ団の長という立場のセキと連れ添うというのはあまりに無責任な気がした。
それ故に今までセキからの好意的な言葉に曖昧な態度を取ってきたが、それも今日で終わりにしようと覚悟を決めたのだ。

シン、と空間が静まり返る。
セキもナマエも何も話さなかった。
いつもならば外からは集落の子ども達のはしゃぐ声やポケモンの鳴き声、様々な生活音が聞こえてくるのだがそれすらもどこか遠く感じ、この二人きりの空間だけが世界から切り離されてしまったかのようだった。

「ナマエ」

先に静寂を破ったのはセキだった。
真っ直ぐナマエを見つめるその瞳からはセキがどんな感情を抱いているのか読み取れず、ナマエは少し身体を強張らせながら「はい」と返事をした。

「……ヨモツヘグイって知ってるか?」

耳慣れない言葉にナマエは少し考え込んだ。
確か黄泉の国の食べ物を食べたら現世に帰れなくなる話……だっただろうか。
そこまで考えてナマエはセキが考えている事が少し解ったような気がした。

「ここは黄泉の国じゃありませんよ」

「そうだな」

ナマエが困ったように微笑むとセキも苦笑しながら頬を掻いた。
ここは黄泉の国ではなく過去の世界。
食べ物だって見た目や名称は変わっているがナマエのいた時代にも同じものはきっと存在するだろう。
食べ物を食べただけでこの時代から帰れなくなるというのはどこか信憑性に欠けている。

「食い物じゃ無理かもしれないがよ」

セキの無骨な手がナマエの腕を掴む。
強く掴まれているわけではないのに何故か捕えられているような――まるで手錠を繋がれたような感覚を覚え、ナマエはびくりと肩を震わせた。

「この時代の人間との子を成したら、元の時代に帰れなくなるんじゃねぇか?」

「セキ、さん……?」

ナマエは一瞬冗談を言われているのかと思ったが、セキの眼を見てすぐにこの発言が冗談ではないことを理解した。
恐怖のような焦燥感を覚えてナマエが無意識のうちに身を引くと、逃がさないと言わんばかりにナマエの腕を掴むセキの手に力が込められる。

「あんたが先の時代に戻るって理由だけでオレの気持ちに応えられねぇってんなら……試させてくれよ」

突然セキに腕を引かれたかと思うと、ナマエはセキの胸へと抱き寄せられ、そのまま力強い抱擁を受けた。
全身で感じるセキの体温、そして直に鼓膜を震わすセキの心音。
息遣いさえも聞こえてしまう距離にナマエの心臓が高鳴り始めた。

「なあ、ナマエ」

耳元で名前を呼ばれ、ナマエは強く眼を閉じた。
ここでセキを拒絶しなければならない。
そう解っているのに、舌を取られてしまったかのようにナマエは何も言うことが出来ずにただセキの服をギュッと掴む事しか出来なかった。

ナマエが何も言わずにいると、セキは恐々とナマエの頭を撫でた。
何度も、ゆっくりと頭を撫でながらセキはチラリとナマエの様子を伺った。
相変わらずナマエは眼をきつく閉じて小さく肩を震わせているが、縋るようにセキの服を掴む小さな手がセキの事を拒絶しているわけではない事を示唆していた。

「なあ、こっち見てくれよ」

セキがナマエの頬に手を滑らせながら言えば、ナマエはゆっくりと眼を開けると遠慮がちに顔を上げた。
その瞳はどこか不安そうに揺れているがしっかりとセキを捉えている。

「……やっぱ、あんたは綺麗だなぁ」

「セ、セキさ……」

「頼む、あんたの全てをオレに寄越しちゃくれねえか」

生涯を賭けて大事にする、とプロポーズめいた言葉を向けられ、ナマエはセキから視線を逸らす事が出来なくなった。
ナマエが何も応えずにいると、ゆっくりとセキの唇が寄せられる。
キスされる、と頭で理解したがナマエはセキを押し返して拒絶する事はなかった。
最初はただ一瞬合わせるだけの可愛らしいキスだったがナマエに拒絶する意思がないことが解ると、セキは薄く開いたナマエの唇に自身の舌を射し込んだ。
味わいつくすようにゆっくりと絡められる熱にナマエの思考がどんどん溶かされていく。
セキを拒絶しなければ、今ここで押し返さなければ後で傷つくのは眼に見ている。
そして傷つくのは自分ではない、眼の前にいるセキだ。
そう頭では解っているのに心はセキを強く求め、このままこの熱で溶かしつくされたいと願っていた。

「あ……」

セキの唇が離れるとナマエは名残惜しげに小さく声を上げる。
その声はセキの耳にも勿論届いていた。

「いいよな?」

セキの熱の篭った声がナマエの最後の理性の糸を溶かしていく。
ナマエはセキの胸に顔を埋め、微かにこくりと頷いた。

――ああ、浅ましい。
強い抱擁を受けながらナマエは自分の意志の弱さを軽蔑しながら、自分の浅ましさから眼を背けるようにそっと眼を閉じた。




prev / next

[back]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -