pkmn | ナノ


▼ 03

――自分達の関係は、一体何なんだろうか。
自室のベッドに寝転がりながらペパーはぼんやりとそんな事を考えていた。

ペパーの事を“特別”だと言うナマエ。
今でも毎日のようにナマエに料理を教えており、最早ナマエに料理を教える事がペパーの日課となっていたが、これだけ時間が経ってもどんな特別なのかは決して教えてくれず曖昧な関係のまま既に一週間が経とうとしていた。
思わせぶりな態度をとり、悪戯に心を掻き乱していくナマエに思うところが無いと言えば嘘になる。
しかしもう離れようと決断するには時間が経ちすぎていた。
ペパーの中でナマエへの恋心はしっかりと根付いており、最早自ら恋心を断ち切るのは不可能だった。

ナマエの事を考えながらペパーが重い溜め息を吐くと側で丸くなっていたマフィティフが心配そうに鳴き声を上げるので、ペパーは手を伸ばして安心させるように優しく撫でた。
その瞬間、スマホロトムからメッセージアプリの通知音が鳴った。
確認すると送信者はナマエで“今日は何時頃行っても良い?”という内容だった。

“いつでも良いぜ”

“じゃあ今から行くね!”

そんなやりとりを交わすとペパーはスマホをベッドに置き、ゆっくりと上体を起こした。
すると察しの良いマフィティフが自分のボールを咥えて持って来て、ポトリとペパーの手の中に落とす。
ペパーがナマエに料理を教えている間、マフィティフはいつもボールの中でお留守番をしているため覚えてしまったのだ。
「お利口ちゃんだな」とマフィティフを撫でると、ペパーはマフィティフをボールに戻した。
その直後、扉をノックする音と「ペパーくん、来たよー」というナマエの声が聞こえ、ペパーはベッドから降りて玄関へと向かった。

「えへへ、おじゃましまーす」

扉を開けると、いつも通りニコニコとご機嫌ちゃんな笑顔を浮かべるナマエが部屋に足を踏み入れた。

「今日はやけに大荷物だな」

「あっ、これね! 今日は作ってみたいものがあって、材料とかいっぱい買ってきちゃった」

そう言ってナマエはカウンターに買ってきたものを広げ始めた。
その中にはラッピング用のリボンや包装などもあり、今日作ったものを誰かにあげることが容易に想像できた。
――いったい誰に?
そう考えるとペパーの心に影が差し、モヤモヤと不安や小さな不快感が心の中を渦巻くようで落ち着かず、ペパーは小さく息を吐いた。

「ペパーくん?」

「あ……いや、今日は何作るんだ?」

「今日はお菓子が作りたくてねー、これなんだけど……」

そう言いながらナマエはスマホ画面をペパーに見せた。
簡単に作れるフライパンを使ったクッキーのレシピ。
「これならオーブンなくても作れるね」とナマエは嬉しそうに笑った。

「じゃ、早速作ろうぜ」

言いながらペパーが食材に手を伸ばした瞬間、ナマエが「ダメ!」と声を上げた。

「私が一人で作るからペパーくんは今日見てるだけ!」

「お、おう……?」

ナマエの勢いに気圧されて頷いてしまったペパーだが、一人で作るなら自室で作った方が良かったのでは?と疑問符を浮かべた。
ナマエの料理スキルならペパーが見てる必要もないだろうし、一人でもきっとそつなく普通に完成させる事だろう。
まあそれだとこうしてナマエが部屋に来ることもなくなるわけで、ペパーは疑問を口にすることなく黙る事にした。

――ペパーの予想通りナマエは一人でも難なくこなし、あっという間にクッキーを焼き上げた。
出来立ての一枚をナマエが味見がてらサク、と齧る。
その表情を見ただけで美味しく出来たんだろうという事が容易に想像でき、ペパーはくすりと小さく笑った。
しかしすぐにこのクッキーはナマエが誰かにあげるために作っていた事を思い出してスン、と笑顔が消える。
そんなペパーの表情の変化に気づいていないナマエは「冷めたらラッピングしよー」と嬉しそうに声を弾ませながら後片付けを始めた。

「……なあ、アレ誰にあげんの?」

「んー? えへへ、内緒ー」

こちらを見ることなく洗い物をしながら答えるナマエを見て、再びペパーの心が翳る。
教えろよ、と更に問い詰めようかと思ったが止めた。
多分問い詰めてもナマエは笑顔で躱すだろう。
思わせぶりな態度ばかりで、肝心なことは何一つ答えてくれないことをこの一週間でペパーは学んでいた。
これ以上何かを話す気になれずペパーはナマエから離れ、ベッドに寝転がる。
圧倒的ふて寝である。

「ペパーくん寝ちゃうの?」

後片付けを終えたナマエがトトト、とベッドに駆け寄ってペパーの顔を覗き込んだ。

「……ナマエが何も教えてくれねえから寝る」

そう言ってわざとペパーが眼を瞑ると、ナマエが可笑しそうにクスクスと笑った。

「あはは、拗ねちゃったの?」

ナマエの言葉にペパーが何も返さないでいると、不意になにかがペパーの額に触れた。
なにか、なんて考えなくてもすぐに解った。
ナマエの指先がスリ、と軽く撫でるようにペパーの額をくすぐっているのだ。
つい眼を開けそうになったペパーだが、なんだか意地になってしまって頑なに眼を瞑っているとナマエの指がペパーの長い前髪を避けた。
いつも隠れている部分が晒されていると少し落ち着かない気持ちになり、観念したペパーは薄らと瞼を開けた。
ぼやけた視界がクリアになり、眼の前に映るナマエの姿をはっきりと確認したその瞬間、ペパーは息を飲んだ。
ほのかに頬を染め、どこかうっとりとした眼差しでペパーを見下ろすその表情はどこからどう見ても“恋する乙女”そのものだった。
そんな表情を向けられては平常心など保っていられず、ドクドクと強く脈打ち始めた心臓のせいかペパーは酷く息苦しく感じた。

「ご機嫌治った?」

「……ん」

ペパーが小さく頷くのを見るとナマエはペパーの髪を避けていた手を離し、ペパーの視界が半分になる。
いつも通りの視界に戻ったのにペパーの心は落ち着きを取り戻すことはなく、未だに強く急かすような鼓動を感じた。
ペパーとナマエの視線が交わる。
沈黙が流れ、気まずさにも似た空気に包まれていると、ゆっくりとナマエが口を開いた。

「……クッキー、包んでくるね」

それだけ言うと、ナマエは立ち上がってパタパタとキッチンの方へ行ってしまった。

ナマエが視界から外れて漸くペパーの心臓が落ち着きを取り戻し始め、ペパーはゆっくりと上体を起こした。
キッチンの方ではナマエがご機嫌な様子でクッキーを包んでいる。

「誰にあげんの?」

もう一度ペパーが問う。
ピンクのリボンで可愛らしくラッピングしながらナマエは「んー?」と聞いてるのかいないのか解らない返事を返した。

「よし、できた!」

可愛くラッピングされた袋を掲げ、ニコニコと嬉しそうに笑うナマエをペパーは面白くなさそうに見つめた。
結局誰にあげるか教えてくれねえし、もう一度ふて寝してやろうかと子どもじみたことを考えていると、ナマエが袋を持ったままペパーの元へ駆け寄ってきた。

「誰にあげるか、教えてあげよっか?」

「……誰だよ」

すっかり拗ねた口調でペパーは続きを促すと、ナマエは少し恥ずかしそうに笑顔を浮かべながら続きの言葉を口にした。

「好きな人にあげるの」

そう言いながらナマエは「はい」とペパーに綺麗にラッピングされたクッキーを差し出した。

「好きな、ひと……」

「そっ、好きな人!」

頭が混乱してしまい“好きな人”の意味が理解できず、ペパーはボンヤリとナマエの言葉を復唱した。
それでもすぐに受け入れきれず、いくらか時間をかけて漸くその言葉を理解すると同時に、ペパーの顔が真っ赤に染まった。

「受け取ってくれる?」

ナマエが受け取るよう促すようにス、とペパーにクッキーを差し出す。
緊張感のかけらも見られない笑顔を浮かべるナマエを見ていると何だかナマエの手のひらで踊らされた気になってしまい、ペパーは「オマエ、ほんと狡ぃよ」と弱々しく文句を言いながらクッキーを受け取るのだった。



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