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▼ 02

――結局、ペパーとナマエは友人関係のまま次の日を迎えた。
ナマエはまるでペパーのことを「特別な存在」であると匂わせていたけれど、初めて言葉を交わして一日も経っていないという関係性の薄さがペパーに勇気を出させるのを躊躇わせたのだ。

昨日、ナマエは帰り際に「明日もまた料理を教えてね」と言っていた。
つまり今日もナマエはペパーの部屋に来るのだろう。
そわそわと落ち着かない気持ちで授業を受け、ぼんやりとした気持ちでランチを食べ、そして今日の授業が全て終わったペパーが帰り支度をしていた時だった。
ナマエがペパーの側までやって来た。

「ペパーくん」

「ん?」

「私、あと一個授業受けていくから先にお部屋で待っててくれる?」

そう言って申し訳なさそうに眉を下げるナマエにペパーは「わかった」と頷き、一人教室を出た。
今日はどんな料理を教えようかと少し胸を躍らせながら自室へと真っ直ぐ向かったペパーは、ナマエが授業を受けなかったことなど知る由もなかった。




コンコン、と扉をノックする音と共に「ペパーくん、いるー?」とナマエの声が聞こえ、ペパーは慌てて部屋のドアを開けた。

「えへへ、おまたせー」

ニコニコと緩い笑顔を浮かべながらナマエは促されるままペパーの部屋に脚を踏み入れる。
ふと、ナマエの手に紙袋が提げられているのに気づいたペパーが「それは?」と訊くと、ナマエは少し気まずそうに頬を掻いた。

「昨日使わせてもらったペパーくんの大好き食材セットでーす」

そう言ってナマエは食材の入った紙袋をペパーに手渡した。

「ごめんね、これ買ってたら少し遅くなっちゃって……」

そう言って申し訳なさそうに自身を見上げるナマエを見てペパーは「そんな気にすんなよ」と言おうとしたが、ふとナマエの口元に赤いものが付着していることに気づいた。
一瞬血が付着しているのだと思って心臓がヒヤリとしたが、すぐにそれが血ではないと解り、ペパーは安堵の息を吐きながら少し呆れた様に口を開いた。

「買い食いちゃんでもしたのかー?」

言いながらペパーが親指の腹で口元の赤を拭ってやると、ナマエは一瞬ポカンと呆けたかと思うとみるみる顔が真っ赤に染まり、短く息を吸ったのか喉が「ヒュッ」と鳴った。

自身を見上げたまま硬直するナマエの様子にペパーは「しまった」と己の行動を後悔した。
何気なしに触れてしまったが、女の子の顔に無遠慮に触れるのは良くないことだと慌てて謝ろうとするが、それより先にナマエが口を開いた。

「あは、恥ずかしいー……実は、うん。 そうなの、買い食いしちゃった」

今までの快活な口調とは打って変わって少ししおらしく話すナマエに、ペパーはドキリとする。
話し方一つでこんなにも印象が違うのかと、そう思った。
ナマエに対してペパーはアオイくらいの――自分よりも少し幼い印象を抱いていたが、こうして見るとやはりナマエは自分と同じくらいの“年頃の女の子”なのだと気づいてしまった。

「ペパーくん……?」

なんの言葉も返さないのでペパーが怒ったのだと思ったナマエが不安そうにペパーを見上げる。
名前を呼ばれて漸く我に返ったペパーが慌てて取り繕う様に「何食ってきたんだ?」とぎこちない笑顔を浮かべながら問うと、ナマエはホッと安堵の息を吐いた。

「クレープ! 美味しかったから今度ペパーくんにも買ってきてあげるね」

「えっ、それなら一緒に食いに行けばいいじゃねえか」

ペパーの言葉にナマエは可笑しそうに笑った。

「えー? あはは、それってデートみたーい」

確かにデートなのかも、とそんな考えが一瞬ペパーの頭を過ったが、そもそも二人きりで部屋にいるのだから今更だろと思い口を噤んだ。
それに――なんだかナマエの突き放す様な口調が気になり、何も言葉を返す気にならなかったのだ。
悪戯にペパーの感情を乱す行動を取り、顔に触れられたら初々しい反応を見せ、そしてデートという単語には白けた態度で返す。
ペパーの中でナマエと言う存在が少し解らなくなっていた。
ナマエの本心を知りたいと思う反面、ナマエの本心を知るのが少し怖い。
怖気付いて追求する気が起きなくなってしまったペパーは「今日は何作りたいんだ?」と話題を変えた。
栄養満点の料理を作りたいというナマエの要望を聴き、今日の料理は野菜いっぱいの冷製スープに決まった。



昨日と同じように滞りなく調理が終わってベッドに二人で並んで座りながら出来上がったスープを食べていると、やはり隣が気になってしまい、ペパーはナマエにチラリと視線を向けた。

(……やっぱ料理慣れしてるよなあ)

料理慣れしているならわざわざペパーに教えを請う必要は無い。
きっとナマエならばレシピをスマホロトムで調べて一人で作る事だって可能だ。
――ペパーくんに教わりたいから、かな。
教室で言われた言葉がペパーの頭の中に過ぎる。
あの言葉が本当なのだとしたら理由は何なのだろうか、とペパーが考えた時、視線に気づいたナマエがペパーの方を不思議そうに見た。

「どうしたの?」

「いや……なにも」

フイ、とペパーが視線を逸らすとナマエが「あっ」と声を上げた。

「ペパーくん、ちょっと動かないでね」

ナマエの言葉にペパーが素直にピタリと動きを止めながら何事かと再び視線をナマエへ戻すと、ゆっくりとナマエの手がペパーの顔に伸ばされる。
そして先程ペパーがナマエにしたように口元を親指でスリ、と撫で付けられた。
多分動かないでと予め言われなくても、この瞬間にペパーの身体は硬直していた事だろう。
顔を真っ赤にして硬直しているペパーを気にする様子も無く、ナマエは「口元付いてたよー」と無邪気に笑っていた。

「……昨日言った事、忘れたのかよ」

「忘れてないよ。 でもペパーくんは“特別”だから」

震えそうになりながら搾り出すように発したペパーの言葉を聞いてもナマエは笑顔を崩すことなく言葉を返した。
ふざけているのか本気なのか解らない態度にペパーは少し顔を顰めながら更に言葉を続ける。

「その“特別”ってどういう意味だよ」

「知りたい?」

こくり、とペパーが頷くとナマエはゆっくりとペパーの耳元へ唇を寄せ、内緒話するように声を潜めながら「あのね」と話し出した。

「……まだ教えてあげない」

そう言ってナマエはいたずらっ子のように笑いながらペパーから離れた。
なんだよそれ、と言おうとしたペパーだったがナマエの頬が赤く色付いている事に気づき、何だか言い返す気が起きなくなってしまって俯いた。
俯くと、まだカップの中に残っているスープが視界に入る。
トマトベースのスープは赤く、まるで互いの頬の色のようだ。
赤色を見つめながら、ペパーとナマエは暫く無言の時間を過ごすのだった。


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