pkmn | ナノ


▼ 01

「ペパーくんって料理得意なの?」

教室で足りない単位を補填するための課題に取り組んでいたペパーに、クラスメイトの少女がそう問いかけてきた。
なんだよ急に、と思いながらペパーが課題から顔を上げて少女の方を見ると、少女はニコリと微笑んだ。

「……得意っつーか、好きなだけだ」

眼の前のこの少女の名前すら知らないペパーは、ぶっきらぼうにそう言い放った。
同じクラスだというのは知っているが、名前も分からないほど関係性が薄い彼女が何故自分に話しかけてくるのか解らず、更に言えば早く課題を終わらせたいという気持ちが大きいためペパーは急かすように「なんか用でもあるのかよ」と続けた。
お世辞にも良い態度とは言えないペパーの対応を受けても少女は笑みを消すことはなく言葉を続けた。

「あのね、料理教えてほしくって」

少女の頼みにペパーは「なんで」と跳ね除けるように返した。
料理を教わるなら家庭科のサワロ先生の方が適任であるし、わざわざ話したこともないクラスの男子に頼むような用事ではない。
少女が何を考えているのか解らず、ペパーは訝しむような視線を向けた。

「なんでって言われても……ペパーくんに教わりたいから、かな?」

そう言って恥ずかしそうに微笑む少女に、ペパーは不覚にもドキリとする。
そんなペパーの胸の高鳴りを知ってか知らずか、少女は更に追い打ちをかけるように「ダメかな……?」としおらしく言葉を続けた。

「別に……いい、けど」

別にこの表情に絆されたわけじゃない、と誰に向けるわけでもなくペパーは心の中で言い訳を連ねるが、結局のところチョロいくらい呆気なく絆されたのである。
ペパーが承諾すると、少女は「ありがとう!」とキラキラと眼を輝かせてお礼を言いながら、少女はペパーの手をギュッと掴んだ。

「じゃあ今から部屋に行ってもいい?」

「は!?」

突然の提案にペパーは大声を上げた。
まだ教室には他のクラスメイトも居り、何事かと何人かが二人に視線を向けるのも気づかない程にペパーは困惑していた。
友達でもない人間を部屋にあげるのはどうなんだとか、そもそも友達でもないのに手を握ったりするのは普通なのかとか、これまで友達付き合いをしてこなかったペパーには分かり得ないことだった。

「いや、でも名前も知らねえヤツを部屋に上げんのは……」

と、ペパーが言い辛そうに答えると、少女はパチクリと眼を瞬かせた。
しかしすぐにどこか可笑しそうに笑い声を上げると「そうだよね」と言葉を続けた。

「私、ナマエ。 同じクラス……ってことは流石に知ってるかな?」

少女――ナマエの言葉にペパーが小さく頷くと、ナマエはニコニコと嬉しそうに笑いながら「よかった!」と答えた。
同じクラスなのに名前も知らないなんて失礼なことを言ったのにも関わらず笑顔を崩さないナマエの様子に、ペパーは何となく「アオイに似てるな」と感じた。
出会った当初にペパーが感じの悪い対応をしたにも関わらず、アオイはそんなこと一切気にしてないという様子で、ニコニコとペパーの頼みを聞き入れてくれた時のことを思い出しながらペパーは無意識のうちに口を開いた。

「……部屋、来てもいい……けど」

こうしてナマエにアオイと似たような雰囲気を感じてしまったペパーは、思わず部屋に上げることを承諾してしまったのだった。



「食材も一緒に買いに行ってくれる?」と提案するナマエに「オレの部屋にあるやつ使えばいい」と返し、そのまま教室から直接ペパーの部屋へと行くことになった。
部屋までの道すがらナマエは色々とペパーに質問を投げかけ、まるでペパーのことを知りたがっている様子に少し怪訝そうに思いながらも、ペパーは一つ一つ正直に答えていった。
ペパーが答える度にナマエは「私もそれ好き」「今度見てみるね」「初めて知った!」などと言って嬉しそうに笑うものだから、ペパーも何となく悪い気はしなかった。

そうして話しているうちにペパーの部屋へと辿り着き、ペパーが扉を開けてナマエに入るように促すと、ナマエは丁寧に「おじゃまします」と言いながら部屋へ足を踏み入れた。

「わっ、すごい食材!」

入ってまず眼に入った食材の袋にナマエは眼を輝かせた。
そして次に大きな冷蔵庫を見つけ「すごい! おっきい!」と楽しそうにはしゃぐナマエが何だか可笑しくて、ペパーは小さく笑みを溢した。

「料理するんだろ? 早くしよーぜ」

呆れたような言い方ではあるものの、その声色には先程までの刺々しさはなく、ペパーの中でナマエという存在が受け入れられつつあった。

「なに作りたいんだ?」とペパーが問うと、ナマエは少し考えてから「定番のサンドウィッチ!」と答えた。
じゃあ初心者向けのレシピは、とペパーが頭の中でいくつかレシピの候補を考えていると不意にナマエがクイ、とペパーの袖を引いた。

「ペパーくんの好きな味のサンドウィッチ作ってみたいな」

「なんで?」

ペパー自身は別にそれでも構わないが、何故わざわざ自分の好みに合わせたものを作ってみたいなどと言うのか解らず、ペパーは首を傾げた。
しかしナマエは「ダメかな?」としおらしく見つめてくるばかりで理由は話そうとしなかった。
ペパーも何となく追求する気が起きず、「別にダメじゃねえけど」と返した。
それを聞いてナマエはパァッと表情を輝かせて嬉しそうに笑っていた。

――今日初めて話したというのに、まるで彼女は自分のことが好きなのでは、と錯覚してしまいそうな態度だとペパーは思った。
感情を素直に表に出す性格なのかは知らないが、事あるごとに嬉しそうに笑い、ペパーのことを知りたがり、そして躊躇うことなく触れてくる。
これでペパーに微塵も好意を抱いていないのだとしたら、かなりの悪女なのではないだろうか。
好意的なそぶりを見せ、悪戯に心をかき乱していく悪女。
別にナマエに好意を抱いているわけではない自分には関係のないことだ――とペパーは考えているが、その実かなり絆されかかっているのは明白だった。

「ね、食材は何を使うの?」

早く教えて、と期待に満ちた眼を向けられペパーは我に返った。

「あ、ああ。 食材は……」

冷蔵庫を開けて自分の好きな食材をいくつか手に取りながらペパーは何となく、ほんの少しだけ気持ちが高揚しているのを感じて、どこか居心地悪そうな顔をした。
そんなペパーの気持ちの高揚に気づいているのかいないのか、ナマエは「それが好きなんだねえ」と呑気そうに笑っていた。



「ご馳走様でした!」

満足そうな笑顔を浮かべながらナマエはパン、と手を合わせた。
続けてペパーも「ごちそうさん」と口にする。

ナマエの要望通りペパーの好きなサンドウィッチの作り方を伝授したわけだが、はて、とペパーの頭の中には少しの疑問が浮かんでいた。
食材を切る手際、盛り付け方――正直教える必要はあったのかと思うほどナマエは料理慣れしていたのだ。
実際に料理中に「上手いな」とペパーが言うと、ナマエは一瞬戸惑いを見せてから「ペパーくんの教え方が上手なんだよ」と当たり障りのない言葉を返してきた。
あの一瞬の戸惑いが少し気にかかるペパーは、何か隠し事でもしてんのかと疑問を浮かべるが、そもそも今日初めて話した程度の関係なのだから隠し事されててもまあいいかとすぐに疑問を頭から消した。

「洗い物、私がやってもいい?」

ナマエの言葉にペパーは我に返って「いや……」と断ろうとしたが、ナマエが「ピッカピカにするから任せてね!」と自信満々に言うので、結局押し切られる形で承諾した。

ナマエが食器を洗っている間、ペパーは特にすることもなくベッドに座り、なんとなくジッとナマエの横顔を見つめていた。
自分の部屋で女の子がキッチンに立っている光景が何だか落ち着かない。

「えー? なあに、どうしたの?」

ペパーの視線に気づいたナマエが、チラリとペパーの方を見ながら可笑しそうに笑った。
ジッと見てるのがバレてしまった恥ずかしさから素っ気なく「別になにも」とペパーが返すと、それでもなおナマエは楽しそうにクスクスと笑っており、ペパーは居心地悪そうにナマエから視線を外した。

――不思議と、嫌な気分ではなかった。
ナマエの無邪気な振る舞いに心を乱される瞬間はあるけれど、それでもナマエとの時間は嫌な気がしないとペパーは思った。

(まさか好きになったなんてこと……ないよな)

そう自分に問いかけるが、胸の奥から湧き上がる高揚感やいつもより速い鼓動、そしてなにより無意識に向けてしまう視線――その全てが既に答えを提示していた。

ペパーはナマエに惚れている。
その事実を認めざるを得なかった。
だけど、つい数時間前に初めて話したばかりの女の子を好きになるなんてどうかしてる――そうペパーが自嘲した時だった。

「考え事?」

「どわっ!?」

いつの間にかナマエが隣に座っており、不思議そうな顔で話しかけてきた。
大袈裟なほど驚き、咄嗟にナマエから離れるように身体を逸らしながら、ペパーはバクバクと強く脈打つ胸を押さえた。

「ごめんね、終わったよーって声かけたんだけど……」

「い、いや、大丈夫だ……洗い物ありがとな」

「えへへ、こちらこそ料理教えてくれてありがとうね」

少し落ち着きを取り戻した胸から手を離し、座り直す。
チラリとナマエに視線を向けるとナマエがニコリと笑って首を傾げるものだから、ペパーはまた視線を逸らした。
心臓がまた忙しく鼓動を速める。
苦しいし落ち着かない気分なのに、それでもペパーはまだナマエに帰ってほしくないと思ってしまい、どうにか彼女を引き止める理由を考えた。

「あっ、そうだ!」

「ど……どうした?」

「教室でやってた課題、まだ途中だよね? 解らないところある?」

「いや……」

そもそも課題が途中になったのはナマエが半ば強引に中断させただけで、問題が解らなかったわけではない。
しかし、もしもここで解らないと言ったらナマエが教えてくれるのだろうか、とペパーは考えた。
ナマエを引き止める理由を探していたペパーにとってそれは願ってもいないチャンスだった。

「……ああ、ちょっと解んなくてさ」

「じゃあ料理教えてくれたお礼に、今度は私が教えてあげるね」

嘘をついてしまった罪悪感が無いとわけではないが、それでもナマエを引き止めることに成功したペパーはホッと息を吐いた。

ベッドから勉強机へと移動し、リュックから課題を取り出して机に広げると、横からナマエが課題の内容を覗き込んだ。

「ふんふん、これはねぇ……」

ナマエが問題をサッと見て解説していくが、正直ペパーはそれどころじゃなかった。

(近くないか……?)

視線を横に向けるだけですぐ側にナマエの横顔があるこの状況のせいで、ペパーは感情がぐちゃぐちゃにかき乱されていた。
息が詰まるほど胸が苦しくて、風邪でも引いたのかと錯覚するほど頭がクラクラして仕方ない。
そのくせ、気持ちだけは喜んでいるのだから尚更性質が悪い。

「……て、感じだよ。 わかった?」

「あ、ああ」

気づけばナマエの解説は終わっており、ペパーは慌ててペンを取って解答欄を埋めていった。
スラスラと問題を解いていき、あっという間に空いていた解答欄を全て埋めると、ナマエが「すごい!」と声を上げた。

「すごいね、ペパーくん! 全問正解だよ!」

言いながらナマエは「よしよし」と幼子を褒めるようにペパーの頭を優しく撫で始めた。
突然のことにペパーの身体が一瞬ピクリと跳ねる。
驚いたが嫌な気分ではなく、むしろ心地良ささえ感じ、ペパーは眼を閉じてその行為を受け入れた。
しかしすぐにある考えが浮かび、ペパーの眼が再び開かれる。

――ナマエは他のヤツにもこんなことをするのだろうか。
こんなに人懐こいナマエのことだ、友人全員に同じことをしていてもおかしくはない。
そしてそれはきっと、男友達にも。
そう考えると同時に、ペパーはナマエの手を掴んだ。

「どうしたの?」

パチクリと眼を瞬かせながら不思議そうにペパーを見つめるナマエを見据えながら、ペパーは少し不機嫌そうに口を開いた。

「……女の子が男にベタベタ触るもんじゃないって、かーちゃんに教わらなかったのかよ」

頭を撫でられて心地よさに負けていたことを除けば、ペパーの発言は至極真っ当な言葉だった。
自身の行動を咎められたというのにナマエはニコリと笑うと、自分の手を掴んでいるペパーの手を優しく解き、そのままペパーの手を自分の頬に添えた。

「特別な人には触れても良いってママに教わったよ」

そう言って綺麗に微笑むナマエを見て、とんだ悪女に惚れてしまったとペパーは胸の奥が締め付けられる苦しさを感じながら、諦めたように小さく笑った。


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