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▼ 03

よく晴れた休日のある日――この長くて日々の手入れも面倒な髪を短くバッサリ切り落としてしまおうと、ナマエは一人、ヘアサロンへ向かっていた。
天気も良好、何のトラブルもなく真っ直ぐヘアサロンに向かっていたナマエだったが、一つ問題が発生した。
絶対に切ると確かな意志を持ってヘアサロンの近くまで来たのだが、ナマエはそれ以上足を進めることができなくなってしまったのだ。

理由はナマエにも解らない。
ちょっと近づいてはやっぱり離れてを何度か繰り返し、いつまで経ってもヘアサロンに入れないまま十分が経過しようとしていたその時、聞き慣れた声に話しかけられた。

「なにしてんだ……?」

その声にピク、とナマエの耳が反応する。
振り返るとそこにはナマエの予想通りの人物、ペパーの姿があった。
ペパーは初めて見るナマエの挙動不審な様子に困惑しているようで、怪訝そうな表情を浮かべている。

「別になにも?」

「何もってわけねえだろ。 髪……切るのか?」

ヘアサロンの前をウロウロしている様子を見て流石に察したのか、ペパーは少し沈んだ声色でナマエに訊ねた。

「ちょっと悩んでるだけ」

「そ……っか」

「あはっ、何その顔。 切ってほしくないの?」

あからさまに落ち込んだ様子を見せるペパーにナマエが揶揄うように言葉を返すと、ペパーは小さく「悪いかよ」と弱々しい声で反論した。

「長い方が見慣れてるし……けっこー、似合ってるから切んの勿体ねえじゃん」

「似合ってるだけ?」

スルリと無意識に口から出た言葉に、ペパーだけでなく言った本人であるナマエまで内心驚愕した。
別にペパーから賛辞の言葉を贈られようが貶されようがどうだって良いはずなのに、まるで「もっと相応しい言葉があるでしょ?」と言いたげな物言いにナマエの胸の底から羞恥心が湧き上がる。
まさか表情にも出てしまっているのでは、とナマエは慌てて顔に手を当てるが当然それだけでは自分の表情は解らず、ただいつもより熱くなっている体温が確認できただけだった。

「……かわいい」

ポツリと呟かれた言葉にナマエの肩がピクリと動いた。

――不意に、昔ペパーに言われた言葉がナマエの脳裏に蘇る。
初めてナマエの髪を結ってくれた時にペパーが言った「かわいいちゃん」という褒め言葉。
その言葉を思い出した瞬間、気付いてしまった。
なぜ髪を切る決心がつかなかったのか、その理由をたった今ナマエは理解したのだ。

この長い髪はペパーとの思い出の象徴だ。
だからこれを切り落としてしまったらペパーとの思い出とも切り離されてしまうような気がして出来なかったのだと、ナマエは漸く理解した。
自分から関係を絶ったというのに思い出を切り離せないなんて本当に滑稽だ。
母親に言われたから仲良くしてただけで、その思い出に縋らなきゃ生きていけないほど依存していない。
そう思っていたのに、手放してからペパーの存在の大きさに気づくなんて本当にどうしようもないと、ナマエは自嘲気味に小さく息を吐いた。

「長い髪の方が可愛いから……切るなよ」

「……フーン」

いつも通りの表情で、興味なさそうな態度を装っているがナマエの頬はまだ赤みが引いておらず、それに気付いたペパーは嬉しそうに笑みを浮かべた。
自分の言葉でナマエに変化が現れるのがペパーにとって何よりも嬉しかった。
しかも怒りや悲しみという悪い変化ではなく、こんなにも可愛らしい変化を見せてくれるなんて。
あまりにあからさまに笑顔を浮かべていたせいか、ナマエはペパーの顔をジッと見上げると「顔がうるさい」とバッサリと切り捨てた。



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