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▼ 01

「ヤダよ」

真っ直ぐペパーの事を見据えながらそう告げる彼女の声はいつも通りはずなのに、ペパーにはとても冷たく聞こえた。

彼女――ナマエとペパーは所謂幼馴染の関係だ。
ペパーの母親であるオーリムと同じ研究所で働いていたナマエの母親が、ペパーの遊び相手にと娘であるナマエをオーリムに紹介したのが始まりだった。
こうして引き合わされたペパーとナマエは、すぐに仲良くなった。
父親がおらず、母親も研究に没頭して家を空けることが多いという似たような境遇も影響したのかもしれない。
毎日のように一緒に遊び、寝食を共にしているうちに二人は一緒に暮らすようになった。
幼い二人と、そしてペパーの相棒ポケモンであるオラチフとの暮らしは優しく穏やかで、不安や寂しさを癒してくれる時間だった。
それは成長した今でも同じだと、ペパーはそう思っていた。

だからペパーはナマエに願い事のような言葉を告げたのだ。
ずっと一緒にいてほしい、と。
しかし返ってきた言葉は拒絶の言葉で、ずっと一緒にいたいと願っていたのは自分だけだったのだと、この瞬間にペパーは思い知らされた。

「オレのこと、嫌いになった?」

出てきたのは弱々しく縋るような声だった。
どうか違うと言ってくれ、とペパーは強く祈った。
彼女の視線がペパーへと向く。
幼い頃から変わらない眼差しをペパーに向けながら彼女はゆっくりと口を開いた。

「ずーっと大嫌いだったよ」

ニコリといつもと変わらない笑顔を向けながら、彼女は明るくそう言った。

「いつから……?」

「出会った時から、ずっとだよ」

頭に強烈な一撃を喰らったかのようだった。
酷く頭が痛み、ペパーは眩暈を覚えた。

初めて一緒に料理を作った時、雷の音から逃れるように皆で布団の中に隠れた時、体調を崩して看病してもらった時――他にもナマエとの思い出はペパーの中で鮮やかに息づいている。
しかし出会った時からナマエはペパーのことを嫌っていた。
その事実が、鮮やかだった思い出を黒く染め上げていくようだった。

「だから幼馴染ってカンケーも、もうおしまいね」

「……っ」

理由を訊こうとペパーは口を開きかけたが、辞めた。
理由はなんであれナマエがペパーを嫌っていて、それを隠してずっと一緒にいた事実は覆らない。
今更理由を聞いたところで何が変えられるのだろうかと諦観を覚え、ペパーは眼を伏せた。

「もういーい?」

ナマエが変わらぬ態度でそう告げる。
その瞬間、ペパーの脳裏に幼い頃の記憶がフラッシュバックした。

――幼い頃、ペパーは自分の誕生日を一緒に過ごしてほしいと母親にメールを送ったことがあった。
結局日付が変わっても母親は帰ってくることはなかった。
メールの返信さえもなく、塞ぎ込むペパーをナマエはそっと抱きしめ、優しく頭を撫でてくれたのだ。
一瞬驚いたペパーだったが、すぐにその心地良さに身を委ねてされるがままとなった。
暫く何も言わずに撫で続けていたナマエだったが、ペパーが少し落ち着いた頃を見計らって「もういーい?」と声をかけてきた。
それに対してペパーが遠慮がちに「もう少しだけ」と口にすると、ナマエは「甘えん坊ちゃん」と言いながら笑って、また暫く撫でてくれた。
多分、この時からナマエの事が好きだったのだと思う。
それこそ、ずっと一緒にいたいと願うほどに。

「……っ、待てよ!」

踵を返して去ろうとするナマエの腕をペパーは掴んで引き止めた。
ゆっくりとナマエが振り返る。
ナマエの視線がペパーに向くよりも先にペパーは声を上げた。

「嫌われようとオレはナマエが好きなんだよ! だから……っ、勝手に終わらせんなよ!!」

雄叫びのように声を張り上げ、自身の想いを口にしたペパーを見て、ナマエが微かに眼を見開いて驚愕の表情を見せた。
それは彼女が初めてペパーの前で見せた笑顔以外の表情だった。
しかしすぐにいつも通りの軽い笑顔に戻り、首を傾げた。

「私が好きなの?」

変なの、とでも言いだけな口調。
そんな言葉で怯んでたまるかとペパーはナマエを掴む手に力を入れた。

「そうだよ、オレはナマエが好きだ」

「フーン」

興味なさそうに呟くと、ナマエは少し考える素振りを見せた。
大嫌いだと言われ、一世一代の告白も簡単に流された。
もう何を言われても心が挫けることはない。
ペパーはグッと歯を食いしばりながらナマエの言葉を待った。

「……やっぱりペパーって私とは正反対だね」

「え?」

ナマエの口から出てきた言葉に、身構えていた肩の力がフッと抜ける。
絶縁宣言をされることすら考えていたのに、全く予想していなかった言葉にペパーは首を傾げた。
そんなペパーを気にする様子もなく、ナマエは更に言葉を続けた。

「似たような境遇で、殆ど一緒に過ごしてきたのにどうしてこんなに違うのかな」

淡々とした口調だがどこか落胆しているような雰囲気を感じ、ペパーは益々首を傾げた。
いくら境遇が似ていて幼少期からずっと一緒に過ごしていると言っても、別々の人間なのだから違っていて当然だ。
なのにナマエの言い方はまるで一緒じゃないとダメかのような言い方で、なぜナマエは自分と同じになりたいのだろうかとペパーは考えを巡らせた。
しかしいくら考えを巡らせてもナマエが何を考えているのか結局解らなかった。

「……全く違う人間なんだから似てなくて当たり前だろ?」

当たり障りのない言葉を口にするペパーをナマエはジッと見つめた。
相変わらずその表情は軽く笑みを浮かべており、嫌でもペパーは気づいてしまう。
笑顔を浮かべるような状況ではないのに崩れない笑顔は、ちょっとやそっとじゃ剥がれない仮面のようで。
いつだってペパーの気持ちを明るくしてくれていたナマエの笑顔は作り笑いだったのだと嫌でも気付いてしまい、無意識のうちにペパーはナマエから視線を逸らした。

沈黙が流れる。
ペパーもナマエも何も言わなかった。
このまま互いに口を開かないまま時間だけが過ぎるかと思われたが、ナマエがゆっくりと口を開いた。

「……それでも」

ナマエの声にペパーの手がピクリと動く。
視線を逸らしたまま、ペパーはナマエの言葉の続きを待った。

「それでも、私はペパーみたいになりたかった」

ペパーの視線がナマエへと向く。
相変わらずナマエの表情は軽い笑顔のままで、表情から言葉の意味を拾うのは不可能だった。

「それは……」

どういう意味なんだ、とペパーが訊くよりも先に、ナマエは自身の腕を掴んでいるペパーの手をゆっくりと引き離した。

「お喋りはもうおしまい」

そう言ってクルリと踵を返したナマエを、今度は引き止めることが出来なかった。

去って行く背中を見つめながらペパーは一人考える。
ナマエが自分を嫌っている事を知った。
ペパーが好きだった穏やかな笑顔は作り笑いだったのだと知った。
ペパーのようになりたがっていた事を知った。
その全てが、長年ナマエと一緒に過ごしてきたのに全く気づかなかった事で、きっと他にもペパーが知らない事や気づいていない嘘があるのかもしれない。
食べ物の好き嫌い、面白いと言っていた映画、苦手な教科――ペパーの手料理が好きだと言ったあの言葉。
そのどれが本当で嘘だったのかペパーには解らなかった。

「オレ……ナマエのこと、なんにも知らなかったんだな……」

ポツリと呟いた言葉がペパー自身の心を締め付ける。
棘が食い込んだようにジクジクと心臓が痛みを訴え始め、どうしようもなく泣きそうだった。
ナマエに嫌われていたからじゃない、これは後悔からの涙だ。
耳触りの良い言葉を言い、優しい態度で接してくれるナマエに甘えて、なにも見えていなかった事への後悔がペパーの心を占拠していた。

――これから自分はどうするべきか。
考えたところで一向に答えが浮かぶ事はなく、ペパーはただその場に立ち尽くすのだった。



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