pkmn | ナノ


▼ 姿が被る話

息を呑む。
呼吸が止まり、ナマエは世界の全ての音が消え去ったような静けさを感じていた。
こめかみから何かが伝っていくのも気にならないほど、ナマエは眼の前に広がる光景に見入った。
そんなナマエを現実に引き戻したのはネモの声だった。

「す……っごい!」

眼を輝かせ、興奮気味にナマエへ駆け寄るネモ。
たった今、ネモがボールに戻したポケモンは彼女の主要メンバーではないにしろ、ナマエとのバトル用に新しく育て始めたポケモンだ。
ナマエのニンフィアとレベル差は無く、手加減もしなかった――そんなネモにナマエは勝ったのだ。

「えっ、あれ!? ナマエ、血が出てるよ!」

ナマエに駆け寄ったネモは、そこで漸くナマエのこめかみから流れる鮮血に気づき、声を上げた。
ナマエがこめかみに手を当てると、いつの間にか怪我を負っていたようでぬるりと液体が付着した。
ニンフィアも勝利の喜びよりも心配が勝っており、不安そうにナマエを見上げている。
大丈夫だよ、と意味を込めてニンフィアの頭を撫で、ナマエは一先ずニンフィアをボールに戻した。

「これで押さえて!」

言いながらネモはハンカチをナマエのこめかみに当てた。
「血が付いちゃう」と慌てるナマエを「いいから!」と宥めながら自分の手で押さえさせると、「早く医務室行こ!」とナマエの手を引いて歩き出した。

――幸い傷自体はたいした事はなく、医務室に着く頃には血も止まっており、傷の手当もガーゼを当てる程度に落ち着いた。
ミモザ先生から「女の子なんだからマジで気をつけなよ」とお説教をいただきながら医務室を出ると、落ち込んだ様子のネモが再び「ごめんね」と口にした。

「私、ナマエが怪我したの全然気づけなくて……ナマエのニンフィアが進化して初めてのバトルだったのに……」

いつもの勢いが失せてシュン、と肩を落とすネモにナマエは「ネモちゃん」と優しくネモの名を呼んだ。
ネモの視線がナマエへと向くと、ナマエはニコリと微笑みながら口を開いた。

「さっきのバトル、すっごくワクワクしたね!」

ナマエの言葉にネモは「えっ?」と声を上げてパチパチと眼を瞬かせた。
確かにナマエの言う通りワクワクして夢中になってしまうようなバトルだったとネモも思っているが、どうしてこのタイミングでそんなことを――と首を傾げる。
そんなネモの様子を気にすることなくナマエは更に言葉を続けた。

「私、ネモちゃんに言われるまで怪我してるって気付かなかったの。 それぐらい楽しくって、他の事が考えられないくらい熱中してた。 ……だからね」

言いながらナマエがネモの手を握った。

「また、私とバトルしてほしいな」

真っ直ぐ向けられた言葉にネモは息を飲んだ。
落ち込むネモを元気付けるための社交辞令などではなく、ナマエの心からの言葉だと解ったからだ。

「うん……うんっ! バトルしよ!」

ナマエの手を握り返すと、ネモはキラキラとした笑顔でそう返した。
そして今度は違う戦術を、もう一匹ポケモン増やした状態で、ダブルバトルもたのしそう、と次々に言葉が飛び出すネモを見てナマエは楽しそうに微笑んだ。

「ネモちゃん、まずは回復しに行こ? それにニンフィアにお祝いに何か買いに行きたいな」

医務室に直行したため互いのポケモンを回復できていない。
そして何より初めて勝利を収めたニンフィアにまだ「おめでとう」と言えていないのだ。

「あっ、そうだった! ごめん、じゃあ一緒に行こっか!」

普段の明るさを取り戻したネモに促されナマエは「うん!」と頷き、ネモと並んで歩き始めた。




夕暮れ時、ナマエは帰路を一人歩いていた。
先程まで一緒にいたネモはリーグ委員長に呼び出されてしまい、その場で解散となったのだ。

「楽しかったなあ……」

先程までの楽しい時間を思い出し、ナマエは無意識のうちに声に出した。
二人でポケモンセンターに行った後はショッピングしたり買い食いをしたり、やっぱり我慢できなくてもう一回バトルしたりとなかなか充実した一日だったとナマエは思わず「はあ」と溜め息を吐いた。

「溜め息なんて吐いてどうした?」

「えっ?」

不意に背後から声を掛けられ、その聞き慣れた声にナマエは思わず振り返った。
そこにはナマエの予想通りの人物――ペパーが立っており「偶然ちゃんだな」と口にしながらニコニコとご機嫌な表情を浮かべている。
思いがけず街中で大好きな恋人に会えたナマエもパア、と表情を輝かせ、気持ちを弾ませながら口を開いた。

「ペパーくん! あのね、さっきまで……」

――と、不意にナマエの言葉が止まった。
ペパーがナマエの顔を、先程怪我をしてガーゼを当てているこめかみ付近に触れたからだ。
痛みもなかったため自分が怪我をしていた事を忘れていたナマエは内心「しまった」と身体を強張らせた。

「どうしたんだよ、これ……」

さっきまでのご機嫌な表情は消え去り、ペパーの顔は不安一色に塗り変えられている。
その表情を見ているとナマエの中にじわりと罪悪感が滲み、ズキズキと小さく胸が痛み始めた。

「え、えっと……バトルした時に怪我しちゃった、みたいで」

ナマエが途切れがちに弱弱しい声で説明すると、ペパーは力なく「バトル……」と小さく呟いた。
その言葉にどんな感情が含まれているのか解らず、ナマエは更に言葉を続けた。

「全然、何とも無いんだよ? ガーゼ貼ってるから大袈裟に見えるだけで、ちっちゃい傷だったし……」

言い訳するように連ねられた言葉のどれもが残念ながらペパーの頭には一切入ってこなかった。

今、ペパーの頭には母親の――オーリムの顔が浮かんでいた。
別にオーリムとナマエは似ていないし、オーリムが研究に没頭していたようにナマエがバトルに熱中しているわけでもない、と思う。
しかしナマエが怪我をしている姿を見てしまったペパーは一瞬考えてしまったのだ。
ナマエに“取り返しのつかない事”が起きてしまった、その瞬間のことを。
もしも自分の知らないうちにナマエに取り返しのつかない事が起こったら――その考えを拭うことは難しく、どんどんペパーの心を侵食するように不安と恐怖が広がっていった。

「……あのさ」

「な、なあに……?」

「バトルすんの、もう辞めねえか?」

ペパーの言葉にナマエは「えっ」と眼を見開いた。
ナマエがバトルが好きだということはペパーも知っているはずだと、ナマエは困惑気味にペパーを見上げた。
これまで何度もアオイやネモに特訓に付き合ってもらっていたし、イーブイを進化させた時だってトレーナーとバトルして進化させた。
そのことをペパーは承知していたはずだ。
なのにどうして急に、とナマエは考えたがすぐに自分が怪我を負ったせいだと察した。

「心配してくれてるんだよね……? でも大丈夫だよ、怪我することの方が珍しいし」

ペパーを安心させようとナマエが少しぎこちなく微笑むと、ペパーはその表情を物言い気な眼で見つめた。
しかしすぐに諦めたのか力なく笑い返すと「そうだな」と小さく呟くように言い、ナマエの肩から手を離した。

「ごめんな、変なこと言って」

「う、ううん……私もごめんね、心配かけちゃって」

「帰るとこだったよな? 行こう、部屋まで送る」

そう言って手を差し出すペパーを見て、ナマエは内心ホッと安堵した。
恐らくペパーが引いてくれなかったら言い合いになっていたかもしれない。
だからペパーが引いてくれて良かったと思いながらナマエはペパーの手に自身の手を重ねた。

帰路、たわいのない言葉を交わしながら安心したように微笑むナマエは気づくことはなかった。
ペパーの心に小さな変化が訪れていることを。



prev / next

[back]



×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -