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▼ ラブレターの話

一日の授業が終わり、教室で帰り支度をしていたナマエは、ふと机の中に見覚えのない便箋が入っていることに気づいた。
シンプルで飾り気のない便箋には「ナマエさんへ」とだけ書かれており、自分宛だったことからナマエは首を傾げながらも封を開けて中を確認した。

「あっ……」

読み始めてすぐに気付く。
これはラブレターだ、と。
歯の浮くような言葉の羅列にナマエは思わず顔を赤らめてしまう。
しかし全てを読み終わっても手紙のどこにも送り主の名前が書かれておらず、ナマエは困ったように眉を下げた。
誰からのラブレターか解らなければ返事のしようがない。
そもそもナマエには恋人がいるのだからどっちにしろ手紙の送り主の望む言葉を返すことはできないのだ。
送り主はその事を知らないのか、それともそれを承知で手紙を書いたのか――

「ナマエ!」

どうしたものかとナマエが考えていると突然名前を呼ばれ、ナマエの身体がビクリと跳ね、危うく手紙を落としてしまいそうになる。

「わるい、大丈夫か?」

ナマエを呼んだ人物――ペパーは、ナマエがあまりに驚くものだから申し訳なさそうに眉を下げた。
ナマエは咄嗟に手紙を見つからないようにリュックの中に入れ、何事もなかったように「大丈夫だよ」と微笑みながら言葉を続けた。

「もう先生の用事は良いの?」

「ああ! 帰ろうぜ」

「うん」

今日はペパーの部屋で勉強会を開き、そのまま一緒に夕食を食べる予定だ。
勉強会という名目だが半ばお部屋デートのような雰囲気で、ペパーもナマエもどこかそわそわと落ち着きがない様子だった。
授業の話や夕食のメニューについて楽しく話しながらペパーの部屋へ向かっていると、不意にナマエはラブレターの事を思い出した。
送り主の分からない、熱烈な手紙の存在を恋人であるペパーに言うべきだろうか、とナマエはペパーの顔をジッと見つめた。

「どうした?」

見つめられ、ペパーは少し照れくさそうにナマエを見つめ返す。
ペパーとナマエの視線が交わる。
優しく、愛おしいものを見るようなペパーの眼を見て、ナマエは何も伝えないことにした。
もしもペパーが誰かからラブレターを貰ったりした時、出来れば知りたくないとナマエは思ってしまったのだ。
多分、おそらく、ペパーも同じ気持ちかもしれないと結論づけ、ナマエは「なんでもないよ」と言葉を返すのだった。




部屋に着くと、ペパーとナマエはいつものように、それぞれ相棒ポケモンをボールから出した。
早速マフィティフに戯れつき始めるニンフィアを横目にナマエとペパーは机に向かう。
二人で机を使えるようにと一緒に選んで買った折り畳み式の椅子に腰掛けると、ナマエはリュックから教科書を取り出し――その拍子に一枚の紙がひらりと落ちた。

「ナマエ、なにか落ちたぞ」

「え? あっ……!」

ペパーが紙――ラブレターを拾い上げる。
無造作にリュックに入れていたラブレターは折り畳まれておらず、ペパーは拾った拍子に意図せず書かれた文章を眼にしてしまった。
気のせいだろうか、スウ、と細められたペパーの眼にナマエの肩がピクリと跳ねる。
謝った方がいいだろうかとナマエが口を開こうとしたその時、ペパーが先に口を開いた。

「これ、誰から?」

「わ、わからないの。 机の中に入ってて、名前書いてなくて……」

「ふーん」

どこか冷たさを感じるペパーの声にナマエは心を震わせた。
こんな形で見つかるくらいなら最初から話していればよかったと後悔するが時既に遅く、ナマエは不安と少しの恐怖を抱きながらペパーの言葉を待った。

「コイツ、ナマエに恋人がいるって知らねえんだな、きっと」

そう言うとペパーはこの場に不釣り合いなほどニッコリと綺麗に笑った。
怒っていると感じたのは自分の勘違いだったのだろうかとナマエはホッと肩の力を抜いた。
その瞬間――ビリ、と紙の裂ける音がした。

「そんな事も知らねえヤツの手紙なんて捨てちまえよ」

そう言うとペパーは破った手紙をグシャグシャに丸めて、ゴミ箱に放り投げた。
ぽすん、とゴミ箱に入る音を聞き届けると、ペパーは何事もなかったように「課題やろーぜ」とナマエに声をかけた。

――ナマエはきっと気付く事はないだろう。
ペパーの中にある大きな感情の正体に。
ナマエの予想通り、ペパーの心の中には激しい怒りの感情が渦巻いていた。
それは勿論ナマエに対してではなく、ラブレターの送り主に対してだ。

ナマエに自分の中の不安を打ち明けたあの日から、ペパーは恋人同士のスキンシップを取ることに躊躇いが無くなった。
ナマエと並んで歩く時は手を繋いだり腕を組んだりするし、ふとした瞬間に見詰め合ってその頬を優しく撫でる事もある。
以前より眼に見えて二人の距離感は恋人同士のものとなった。

それなのに、この手紙の主はそれでも構わずにナマエにラブレターを贈ったのだ。
それはペパーに対する宣戦布告ともとれるだろう。
ペパー相手なら横からナマエを掻っ攫えると思っている証拠だと、少なくともペパーはそう受け取った。

チラリとペパーが視線を横に向けると、ナマエが真剣な眼差しで課題に取り組んでいる。
一度は自分から突き放してしまった可愛い想い人。
一度手にしてしまったらもう手放せない、手放したくない。
誰にも渡したくないと、ペパーはナマエの横顔を見つめながらそう強く思った。




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