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▼ スキンシップの話

交際して一ヶ月――ペパーとナマエの関係はあまり進展していなかった。
仲は決して悪くはない、むしろ良い方だ。
しかし恋人らしいかと言われたらおそらく否だ。
隣は歩くが手は繋がない、愛しい視線を向けるが抱き合うことはしない。
恋人同士になれたはずなのに、それらしいスキンシップをいつまで経ってもとろうとしないペパーに対してナマエは大きな不安を抱いていた。
そんな不安を友人であるアオイに相談したのは昨日のことだ。
彼女はあっけからんとした様子で「ナマエからしちゃえば良いんだよ!」と無邪気にナマエに告げた。
確かにアオイの言う通りだと思う。
以前は手を繋ぎたくてもやっぱり勇気が出ずに断念したが、やっぱり自分から行動に移すしかないと考えたナマエは休みの日に早速ペパーの部屋へ訪れた。

――しかし、事は上手く運ばなかった。

「わ……わるい」

ベッドに並んで腰掛けて談笑していた最中、ふと会話が途切れ互いの視線が交わった。
その時、ナマエは勇気を出してぎこちなくペパーの唇へ口を寄せたが、しかしペパーに肩を押し返されたのだ。

――それは明確な拒絶だった。
拒絶されたのだと理解すると同時にナマエの顔に熱が集まって真っ赤に染まる。
きっとペパーは受け入れてくれると思い上がっていた事への羞恥。
恋人らしいスキンシップをとりたかったのは自分だけだった事への居た堪れなさ。
心がぐしゃぐしゃに掻き乱され、呼吸が止まる。
そのくせ心臓だけは煩いくらい鼓動を早め、ナマエを急かすようだった。

「あ……ご、ごめん、ね」

上手く発声できず、ナマエの声は今にも泣き出してしまいそうなほど震えていた。
勿論ペパーもナマエの声色の変化に気付き、慌てて弁明しようと口を開く。
しかしナマエを拒絶してしまったのは紛れもない事実で、今自分が何と声を掛けてもナマエを傷つけてしまうのではと考えてしまい、結局何も言えずにいた。

「今日は、もう帰るね……」

「待っ……!」

暗い表情のままナマエが立ち上がる。
その腕をペパーは咄嗟に掴んで引き留めた。
すれ違うのはもう嫌だ、ナマエを傷つけたまま帰すなんてしたくない。
そんな思いがペパーの思考を占拠する。
薄ら涙を浮かべるナマエの眼が自身に向けられ、ナマエを掴む手が小さく震え始める。
震えを抑えるように手に力を込めると、ペパーは心の内を少しずつ語り始めた。

「い、嫌なわけじゃないんだ、その……キス、とか」

「……じゃあ、どうして?」

「それは……」

――そんなの決まってる、歯止めが効かなくなるからだ。
キスをすれば一度だけでは足りない。
抱き締めたら離したくなくなる。
手を繋げば別れが惜しくなる。
ペパーがスキンシップをとらなかったのはナマエに対して想いが強く、行動に移したら歯止めが効かなくなるのを自覚しているからこその自制だった。
ナマエに「しつこい」と言われたらどうしよう、「重い」と言われて嫌われでもしたらどうしよう。
そんな考えに支配されて今までナマエに触れれずにいた。

そうゆっくりと語るペパーの言葉にナマエはすっかり涙が引っ込んでしまった眼を瞬かせた。
――思い悩む必要なんて微塵もなかったのかもしれない。
最初からちゃんと話せばよかったのだと、ナマエは少し呆れたように微笑んだ。

「あのね、ペパーくん」

「……うん」

私だって何回もキスしたい。
抱き締められたら離してほしくない。
手を繋いで隣を歩きたいし、別れも惜しみたい。
そして、早く明日になってまた貴方に会いたいなって考えながら眠りにつきたい。
そんな当たり前なことを我慢する必要なんかないと、ナマエは噛んで含めるように優しくペパーに伝えた。
まだ上手くナマエの言葉の意味を処理できていないのか、ぼんやりとした表情で「そっか……」と呟くペパーだが、不意にナマエを掴んでいたペパーの手の力がフッと抜ける。

「そっか……我慢、する必要ないんだな……」

漸くナマエの言葉を飲み込めたのか、ペパーは安心したようにへにゃりと表情を緩ませた。

ナマエを掴んでいた手が離れる。
その手が今度はナマエの頬を優しく撫で始めた。
スリ、と優しく撫で付ける手にナマエは心地良さそうに眼を閉じた。

「ごめんな、ナマエ」

「ううん、私もごめんね。 ペパーくんの気持ち、最初からちゃんと聞いてればよかったのに」

ナマエが眼を開け、二人の視線が交わる。
先程までナマエの頬を撫でていた手は動きを止め、ピタリと頬に添えられている。
どちらともなく唇を寄せ、唇同士が触れ合った。
名残惜しむようにゆっくりと唇を離し、そして再び合わせる。
感触を楽しむように、今まで我慢していた気持ちを相手にぶつけるように、何度も口づけを交わす。
再び唇が離れた瞬間、ナマエの口から小さく「大好き」と言葉が零れた。
それにペパーは「オレも」と返し、再び唇を合わせるのだった。


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