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▼ 雨の日の話

「あっ」とナマエが声を上げる。
空を見上げ、掌を上に向ける仕草をするナマエの様子を見て、隣にいるペパーは「降ってきたか?」と訊ねた。

「うん。 今、ポツって当たった」

「じゃあ、そらとぶタクシー呼ぶか」

そう言い、ペパーはスマホを取り出した。
するとナマエにクイ、と袖を引かれ、ペパーはスマホを操作する指を止めた。
「どうした?」とペパーが首を傾げるとナマエは少し気まずそうに視線を彷徨わせた後、おずおずと口を開いた。

「傘持ってるから……歩いて帰らない?」

今日、ペパーとナマエはムクロジのケーキを食べにセルクルタウンへと訪れていた。
セルクルタウンからテーブルシティまでは程近く、歩いて帰るのは容易い距離だ。
せっかく二人きりで出かけているのだから少しでも長く一緒に居たいというナマエのささやかなお願いに、ペパーは二つ返事で頷いた。

「じゃあ、行くか」

「うん」

隣同士、並んで歩き出す。
ナマエの歩幅に合わせて普段よりゆっくりと歩くペパーの横で、ナマエは落ち着きなく服の裾を掴んでは離してを繰り返していた。
手を繋ぎたいけど、そう伝える勇気が出ないのだ。

交際して数週間経つが、ペパーとナマエは手を繋いで歩いたことがなかった。
手を繋ぐどころかそれ以外の恋人らしいスキンシップをとったことがなく、何度かナマエが一歩踏み出そうとしたこともあるが結局行動に移せずにいた。
今日ナマエが雨が降りそうにもかかわらず歩いて帰ろうと提案したのは、同じ傘に入れば距離が近づき、手を繋いだり腕を組んだり出来るかもしれない――という下心あってのことだった。

ケーキの感想を言い合ったり、次のお出かけの計画を話し合っていると、再びナマエの顔にポツリと水滴が落ちた。
一粒落ちるとまた一粒落ちてきて、本格的に降り始めそうだとナマエは慌ててカバンから折りたたみ傘を取り出した。
“誰か”と一緒に使えるようにと買った大きめの折りたたみ傘だ。
傘を開くとペパーが「オレが持つ」と申し出てくれたので、ナマエはお言葉に甘えてペパーへ傘を手渡した。

「本格的に降ってきたなー」

「うん……傘重くない?」

「いっつもあんなでっかいリュック背負ってんだぜ? 全然ヨユー」

「ふふっ、それもそうだね」

笑みを交わすと、ナマエはペパーの左手へ視線を移した。
右側に立っているペパーは左手で傘を持っている。
さすがに傘を持っているから手は繋げない。

(腕……組んだら邪魔かな)

手を繋げないのなら腕を、と考えるがしかし傘を持っているのだから自分が腕を絡めてはペパーに邪魔に思われないだろうかとナマエは後ろ向きな思考を巡らせる。
急に黙り込んだナマエに気付き、ペパーが「ナマエ?」と呼ぶと、ナマエはビクリと肩を跳ねさせた。

「あっ、えと、なあに?」

「急に黙り込んで、どうかしたか?」

「う、ううん! なんでもないよ」

慌てたように否定するナマエの様子にペパーは首を傾げる。
どこか顔も赤く見え、気になってジッとナマエを見ていると、ペパーはナマエの肩が傘から出てしまいそうなことに気づいた。

「ナマエ、もうちょい寄れよ。 雨に当たっちまう」

ペパーの言葉でナマエが遠慮がちに身体を寄せると、ナマエの肩がペパーの腕に当たった。

「あ……ごめんね」

「いや……」

この瞬間、ナマエだけでなくペパーも互いの距離の近さを自覚した。
一つの傘を二人で使っているのだから距離が近くなるのは仕方ない――仕方ないはずなのだが、どうにも悪いことをしている気になってしまい、ペパーは窺うようにナマエの方をチラリと見た。

「……っ」

思わずペパーは息を呑んだ。
顔を赤らめながら控えめに俯くナマエの表情が魅惑的で、無意識のうちに傘を持つ左手に力が入る。
心臓が煩いくらい高鳴り出して、顔が、頭が熱い。
雨が降っていて肌寒いはずなのに変な感じだ、とペパーはボンヤリとした頭で考えた。

「ペパーくん?」

歩みが遅くなったペパーに気付き、ナマエが不思議そうにペパーを見上げると二人の視線が交わった。
どちらともなく足が止まる。
互いを見つめ合い、相手の言葉を待つようにジッと黙り込んだ。
不意に――ペパーの左手がナマエの方へ伸びた。
その手はゆっくりとナマエの頬へと近づき、指先がナマエの頬に触れる。
触れた瞬間、くすぐったかったのかナマエはピクリと肩を揺らし、小さく息を吐いた。

「あ……」

ハッと我に返ったようにペパーの手が止まる。
自分は今何をしようとしていたんだと考えた瞬間、ペパーの頭が冷水を浴びせられたかのように冷えた。

「わ、わるい!」

謝りながらペパーは慌ててナマエから手を離した。
本当は身体も離してしまいたいくらいだったが、傘を持っている自分が離れてはナマエが雨に濡れてしまうのでグッと踏み止まる。

「……謝ることないのに」

ポツリと返された言葉はどこか拗ねているような声色だったが、ペパーはそのことに気づくことはなかった。

そのまま微妙に気まずい空気のなかテーブルシティに着き、寮のナマエの部屋まで送ってくれる道中でもペパーがナマエに触れることはなく、部屋に入ったナマエは扉に背を預けてズルズルと座り込んだ。

「はあー……」

――キスされるかと思った。
正直、そういう雰囲気だと少なくともナマエは思っていた。
しかしそう思っていたのはナマエだけで、ペパーはそうではなかったことにナマエは再び深くため息を吐いた。

今でもまだ心臓が忙しなく、高揚感を持て余した思考が冷えるまでナマエはその場から動くことができなかった。

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