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▼ 04

次の日の朝、うっかり寝坊してしまった私は駆け足で昇降口へ向かっていた。
また朝練終わりの北くんと遭遇してしまうのだけは避けたいのにどうして寝坊してしまうのか。
幸い北くんやバレー部員の姿を見ることなく昇降口に辿り着き、荒い呼吸を整えながら靴を履き替えようとしたその時だった。

「苗字先輩ですかっ?!」

突然声をかけられ、上履きを床に落とした体勢のまま声の主に目を向けた。
声の主と視線が交わり、ギクリと身体が強張る。

私に声を掛けたのは北くんの幼馴染のあの子だった。

「あの私、信ちゃ、あっ……北先輩の」

「……知っとるよ」

答えながら上履きを履く。
初めて近くで見た北くんの幼馴染は遠目から見た時より小柄で可愛らしい印象を抱いた。
多分、普通の先輩後輩として出会っていたら私も北くんのようにこの子を可愛がったと思う。
そう考えてしまう時点で私はこの子に負けているのだろうか。
もう北くんと別れているっているのに未練がましくそんなことを考えてしまう。

「私、苗字先輩にお話があって……!」

「ごめんね、急いでるから今度にしてもらっていいかな」

嫌な思いをさせるかもしれないと考えながらも、どうしてもこの子の話しを聞く気になれず言葉を遮った。
だって、北くんと別れた私になにを話すことがあると言うのだろうか。
彼女が北くんを好きなんだという話?
私と付き合ってる間に北くんとデートに行った話?
――そんなの、聞きたくない。

彼女が再び口を開く前に立ち去ろうと、彼女を横切って教室に向かおうとした。

「お願い、私の話を聞いてください!」

だけど彼女は私の逃亡を許してくれず、逃がさないと言わんばかりに私の腕に抱き付いた。

「え、ちょっと……!」

「話し聞いてくれるまで離しません!!」

この子意外と強引だな!?
流石に強く振り払うわけにもいかず、軽く腕を振って離すように促してみるが効果はない。
困り果て私よりも少し身長の低い彼女を見下ろすと、意志の強い瞳と目があった。

「私……!」

「なにしとるんや」

彼女が何かを言いかけた時、背後から第三者の声が飛んできて彼女と私、二人同時に身体を跳ねさせた。
私の背後から飛んできた声は私達にとって酷く馴染みのある声で、今私が一番会いたくない声だった。
目の前の彼女の顔を見る限り、私だけでなく彼女も今この時は会いたくなかったのが見て取れる。

「手ぇ離し」

北くんの言葉に私の腕に抱きついていた彼女は素直に離れていった。

「……」

「……」

「……」

私は勿論、北くんも幼馴染の子も喋らず気まずい沈黙が流れる。
私達の異様な雰囲気に、通りがった同級生が怪訝そうな目を向けて行くのが見えた。
あかん、このままじゃ昨日の二の舞やん。
変に噂が広まって他人に突かれるのは御免被りたい。

「じゃあ……私、教室行くから」

「待ってください!」

あとはお二人で、と退散しようとしたら右腕を幼馴染の子に掴まれ阻止された。
いや、よく見たら静止の声は上げなかったけど北くんも私の左腕を掴んでいる。
痛くないけど、力強いその手はまるで「逃がさない」と言われているような気分にさせた。

「名前」

静かに、北くんが私の名前を呼んだ。
久々に北くんに名前を呼ばれたせいだろうか、ドクリと心臓が大きく動いた。
振り返らず、そのまま北くんの言葉を待った。
私だけじゃなく、幼馴染の子も口を閉ざして北くんの様子を伺っていた。

「話し、あるから……部活終わるまで教室で待っとってほしい」

それだけ言うと北くんは私の返事を聞くことなく、さっさと靴を履き替えて自分のクラスへと歩いて行った。
北くんの姿が見えなくなって私は安堵したように息を吐いた。
いつの間にか呼吸をするのも忘れていたらしく、息苦しさから解放されたような気分だった。

「……私も、苗字先輩にお話あるんで放課後先輩の教室行きます」

「……わかった」

観念して頷くと北くんの幼馴染も私の腕から手を離し、足早に去っていった。
彼女の姿が見えなくなってから、もう一度深く息を吐く。
なんだか酷く気分が悪かった。
早く教室に行かなきゃいけないと気持ちは急くのに足は一向に動こうとしないくて、私はしばらくその場から動けずにいた。





今日ほど一日の授業が終わって欲しくないと思った日はないだろう。
そう考えても無情にも時間は進み、とうとう放課後になってしまった。
クラスメイト達は早々に部活に向かったり、のんびり帰り支度をしていた子達もとうとう教室を出て行き、教室には私一人きりになった。

(帰りたい……)

何もする気になれず、机に突っ伏しながらボンヤリと考える。
そう言えば、北くんが放課後待っててほしいって言ってくれたの今日が初めてやなあ。
一緒に帰りたくて「待ってちゃダメ?」とお願いしてみたこともあったけど「遅なってまうから」とやんわりと断られた記憶が蘇る。
私とは一緒に帰ってくれなくても幼馴染とは一緒に帰ってたんよなぁ、なんでかな。
――ああ、違う、こんなこと考えたいわけじゃないのに。
思考がどんどん卑屈な方へ傾きかけた時、ガラリと教室の扉が開かれた。

ゆっくりと上体を起こして扉の方を見ると、そこには北くんの幼馴染が立っていた。
走ってきたのか息を切らしている彼女は私の姿を視界に捉えるとツカツカと歩み寄ってきて、あっという間に私の目の前に立った。

「苗字先輩……」

座った状態だから必然的に彼女が私を見下ろす形になる。
どこか鋭い目つきに見下ろされ、これから何を言われるのだろうと身構えていると、彼女は意を決したように口を開いた。

「すみませんでした!!」

「……え?」

突然の謝罪にポカンと口が開く。
何の謝罪なのかも解らずにただ困惑の視線を彼女に向けると、彼女はおずおずと話し出した。

「この間のお休みの日、信ちゃんとデートでした、よね……?」

「そ、うだけど……」

「ごめんなさい、私のせいなんです!」

頭を下げる彼女を見て、漸く合点がいく。
ああ、この子は北くんがデートをドタキャンしたことを言っているんだ、と。
そう理解するとス、と心が冷えていく感覚がした。

「……ええよ、別に。 北くんが選んだことやし」

「先輩、そうじゃなくて……!」

「別に北くんと貴女の仲、邪魔しよう思とらんから安心して」

「そんなんちゃうから!! お願いやから話し聞いてください!!」

ビリビリと鼓膜を揺らす大声にビクリと肩が跳ね、彼女の鬼気迫る様子に思わず「あ、はい」と返事をしてしまった。

「……あの日、家の前で信ちゃんに会ったんです。 いつもより気ぃ使った格好やったから何となくデートなんや思って……」

「……うん」

「信ちゃんに彼女できたんや思たら私、はしゃいでまって……そんで、こけて」

彼女はそう言いながら前髪を避け、こめかみ辺りを私に見せた。
そこには数センチほどの傷があった。

「塀に頭ぶつけて、出血が酷くて……うちの親も出掛けておらんかったから、信ちゃんが病院付き添ってくれたんです。 念の為検査も受けて、その間も信ちゃん一緒に居ってくれて……」

「そっ、か……」

――ああ、そんなん解るわ。
彼女の言葉が、私の胸にストンと落ちた。
目の前で幼馴染が血ぃ流しとったら北くんはそっちを優先する。
むしろそこでデートの方を優先させとったら、そんなん北くんちゃう。

電源を切りっぱなしだった携帯電話。
昨夜電源をつけてメールを確認したけど、北くんからのメールは「直接話したい」と訴えるものばかりで彼女が言ったような事は書かれていなかった。
それもそうだ、北くんはメールで済ませたりしない。
大事な話は直接会って話す人だから。
その機会を与えずに別れを告げたのは――私だ。

「私、信ちゃんと苗字先輩の邪魔したかったわけやありません、本当に」

「……うん」

「それだけ、伝えたかったんです」

そう言うと彼女はぺこりと頭を下げて教室を出て行こうとした。
しかし扉を開けたところでピタリと彼女は止まり、ぎこちなく私の方を振り返った。

「……また、明日も会いに来てええですか?」

なんで、と疑問が浮かんだけどまるで縋るような弱々しい彼女の視線に負け、つい「ええよ」と頷いてしまった。
私の返答に彼女はパァッと表情を輝かせて「じゃあまた明日!」と元気に教室を出て行った。

「なんやったん……?」

呟いた言葉は誰に聞かれるわけもなく、一人きりの教室に静かに消えていった。


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