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▼ 10

――好きかもしれない。
そう自覚したのは宮侑に「友達から始めませんか」と告げたあの日から一週間が過ぎた頃だった。

自分から恋人関係を解消したのにこんなにもあっさりと好意を抱くなんて単純だと思う。
本当に心の底からそう思うし、この一週間に何度もそうやって自分の中に芽生えた好意を否定し続けてきたけど何度否定しても私の宮侑に対する好意は沈下することはなく、もう認めざるを得なくなっていた。

だって仕方ないやろ、あんなの――あんな、真っ直ぐに自分に愛をぶつけてくる存在、卑怯や。
“好きなキャラクター”という壁を取っ払った状態で一身に受けた彼の、侑の愛情は酷く重くて、献身的で、そしてなによりも――心地良かった。
その心地良さに負けて、私は思わず告げてしまったのだ。

帰ってきたら話したいことがある――と。

それは家に来ていた侑が帰り際に「遠征行くから暫く会えんくなる」と私に伝えた直後のことだった。
私の言葉に侑は少し目を見開くと、すぐにニコリと笑って「わかった」とだけ口にした。
その余裕そうな表情はまるで私が何を話そうとしているのか気付いているように思えて、顔が熱くなるのを感じる。
もしかしたら本当に気付いているのかもしれない。
侑はきっと誰よりも私の感情の変化に敏感だから、私自身よりも先にこの好意に気付いていてもおかしくない。

「名前」

私の名前を呼びながら侑が両腕を軽く広げたのを見て、少し躊躇いながらその胸に身体を寄せた。
ギュウ、と力強く閉じ込めるような抱擁を受けながら私も侑の背に手を回すと、侑は嬉しそうに小さく笑い声を上げた。

「お土産いーっぱい買うて来るから楽しみにしとってな」

「……うん」

頷くと、侑は名残惜しげに身体を離し、満足そうな表情で帰っていった。





侑が遠征に行って数日――遠征中だというのに毎日しっかりと連絡を欠かさず取ってくる侑に“果たしてこれは友達の距離感か?”と疑問が浮かぶ。
だけどそれと同時に嬉しいと思ってしまう私はしっかりと侑に絆されていた。

そして今日も侑はいつも通り夜に電話を掛けてきた。
話の内容は今日はこんなことがあったとか、美味い飯屋があったとか、そんな何てことない世間話だ。
侑には恥ずかしくてとても言えないが、私はこの時間が好きだった。
私と居ない間の侑がどんなことをして、誰と過ごしていたのか彼の口から聞けると何だか安心感を覚え、落ち着くのだ。

「あと二日で帰れるんやけど」

「うん」

「そっち戻ったらそのまま会いに行ってもええ?」

「……うん、ええよ」

頷くと、侑は嬉しそうに声を弾ませながら「ありがとぉ」と返した。
なんだかむず痒い気持ちになって、そわそわと落ち着きなく視線を彷徨わせる。
通話で良かった――こんな挙動不審な様子、間違っても見られたくない。
そんな私の心情を知る由もない侑は、変わらぬ声色で「はよ名前に会いたいわ」などと言って更に私の心を乱していった。

――結局、私の感情が落ち着きを取り戻したのは、侑との通話を切ってからだった。
もう音のないスマホを見つめながら、私はぼんやりと考えた。

あと二日で侑が帰ってくる。
その時に私はちゃんと自分の想いを告げられるのだろうか。
ただ一言、“好き”と伝えるだけなのに酷く難しいことのように思え、無意識のうちに溜め息が出た。
侑が私の気持ちを受け入れてくれるか分からない、なんて不安はない。
だってあんなにも真っ直ぐ愛を伝えてくれる人だからそこに不安なんて微塵もない。

だけどどうしてだろう――何だか胸騒ぎのようなものを覚える。
ザワリと感情の海に波が立ち、荒れ狂う嵐が近づいてきているような、そんな感覚だ。
焦りに似た感情が私の頭を、心を支配する。
なにこれ、なんで急にこんな――自分の感情の起伏にただただ困惑していると、頭の中にただ一言だけ言葉が浮かんだ。

“狡い”――と

「あ……」

その言葉の正体はすぐに気付いた。
ずっとどこに行ってしまったのか分からなかった存在。
それが今、このタイミングで蘇ろうとしていた。

これは、今世の私の感情だ。



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