▼ 大事な幼馴染に恋人ができた宮兄弟の話
叶わない恋があることは知っている。
特に初恋は叶わないなんてジンクスがあることも、いつだったか耳にしたことがあった。
それを聞いた時は「そんなん人それぞれやろ」なんて聞き流したものだったが、まさか自分がその立場に立たされることがあろうとは、あの時の自分は考えていなかった。
「あんなぁ、彼氏できたわ」
そうやってニコニコと嬉しそうにはにかみながら俺に告げた幼馴染の姿を見て、俺はぼんやりと「ああ、ほんまに初恋て叶わんのやな」なんて現実逃避するように考えた。
彼女、名前は俺と侑の幼馴染だ。
母親同士が仲が良く、俺達が同い年ということもあって幼い頃からよく三人で過ごすことが多かった。
俺達がバレーを始めてからは一緒に過ごす時間は少し減ったけれど、それでも名前はよく俺達の試合や練習風景を観に来ていたし、休みの日には一緒に過ごす時間を作っていた。
名前は俺達の幼馴染で、そして特別な女の子だった。
多分俺だけじゃなくて侑もそう思っていただろう。
もしも名前に恋人が出来るなら俺達のどちらかだろうと、そして俺達のどちらが名前と恋人になっても、ずっと三人でいるのだと本気で思っていた。
だけど現実はどうだ。
ずっと近くに居た俺達の間をすり抜けて、俺達の大切な名前を掻っ攫ったヤツがいる。
その事実を漸く理解すると同時に腹の底からじわじわと焼けるように熱い怒りの感情が湧いてきた。
「ほおん。 誰なん、それ」
この怒りを名前に悟られないように必死に押さえ込みながら訊くと、名前は恥ずかしそうに「おんなじクラスの……」と話し始めた。
名前とおんなじクラスなら一度は顔を見ているだろうに、名前を聞いても顔も浮かばなかった。
その程度の印象に残らん男の何が名前の心を射止めたというのか。
考えれば考えるほど腹が立つ。
「あっ、でも侑には言わんでな?」
「なんで?」
「侑、私が他の男子と仲良ぉすると不機嫌になるやん」
「……せやな」
そこまで解っていて何で他の男を恋人にするんや。
そもそも俺に話したってことは、俺は怒らんとでも思っているのか。
――ほんまに、アホやなぁ。
「侑がなんか言うとったら上手く話し合わせて!」
手を合わせて可愛らしくお願いする名前の姿に適当に「おー」と相槌を打つと、名前は安堵したように表情を緩めて「ありがとぉー」と口にした。
その後、例の彼氏クンと約束があるとか言って嬉しそうに走り去っていった名前の後ろ姿を見送ってから、俺はスマホを取り出した。
トークアプリを開き、侑に連絡を取る。
“名前、彼氏できたらしいで”
そう送ると、一分もしないうちに返信が返ってきた。
“は? 誰や”
“おんなじクラスの奴って言うとったわ。 どうする?”
“そんなん決まっとるやろ”
“せやな”
やっぱり侑も考えることは一緒のようだ。
スマホをポケットに仕舞い、名前が去っていた方向と逆の方へ一歩踏み出す。
――名前は俺達の大切な、特別な女の子だ。
そんな大事な子ぉがどこぞの顔も知らん男に盗られるのを我慢できるほど俺達はお利口さんではない。
お前は知らんのやろな。
無理矢理にでも奪ってしまえば自分のものに出来ることを。
恋人が居るから手ぇ出されへんなんて、そんな甘っちょろい考えぶち壊したるわ。
顔も知らん彼氏クンに心の中で宣戦布告をし、俺は煮えるような怒りを抱えながら侑の元へと向かった。
◇
次の日――久々に家に遊びに来ないかと誘った結果、名前は何の疑いもなく家に足を踏み入れた。
オトンとオカンは二人とも遅くなると連絡があった。
今日ほど名前を奪い返すのに絶好の日はないだろう。
それは侑も同じ考えらしく、腸が煮えくり返るほどの怒りを抱えているはずなのにわざとらしいほどニコニコと笑顔を浮かべている。
名前が何かに勘付いて逃げてもうたら元も子もない。
それをよく理解しているのだろう。
「なんや二人の部屋来るの久々やなぁ」
言いながら適当な場所に鞄を置き、二段ベッドに背中を預けて座る名前の両隣に俺と侑がそれぞれ腰を下ろす。
肩が触れるほど近くに居るのに何の警戒心も抱かない名前の危機感の無さに呆れていると、侑が「なあ」と口を開いた。
さっきまで浮かべていたわざとらしい笑顔は既に消え去っていて、その目は激しい怒りを孕み、冷え切っていた。
その目は、名前へと向いている。
「お前彼氏できたやろ」
ビクリと名前が大袈裟に肩を揺らし、パッと俺の方を見た。
「なんで」と言いたげな視線を無視して「そう言うとったよなぁ?」と名前の肩を掴む。
「で……できた、けど」
「なに勝手に他の男に愛想振り撒いてんねや」
反対の肩を侑が掴むと名前は逃げ出すことも出来ずに今にも泣きそうなほど不安げな表情で俺と侑を交互に見た。
すまんなぁ、今日ばかりは俺もお前の味方してやれんのや。
「や、せやけど私が彼氏作ろうが侑達には関係ないやん……?」
名前の発言に二人同時に「あ゛?」と低く怒気を含んだ声が出た。
名前の肩を掴む手に力が入る。
関係ないわけないやろ、なに言うてんねんコイツ。
「関係大有りじゃ、アホ」
「名前は俺ら二人のもんやろ」
「えっ、な……なにそれ、そんなん知らんよ……?」
名前の声が震え始める。
声だけじゃなく身体まで小さく震え始め、少しだけ可哀想な気になってきた。
――まあ、可哀想や思ても止めへんけど。
「ほーん? せやったら名前が理解するまでたぁっぷり教えたるわ」
「何回でも教えたるから、ちゃぁんと覚えるんやで」
ヒュ、と怯えたように息を呑む名前を見て、俺達は同時に笑みを浮かべた。
安心しや、俺らはお利口さんやないけど優しくするくらい出来る。
お前が俺らのもんやってちゃんと理解するまで何回でも優しく教えたるわ。
せやから、ちゃぁんとお利口さんになってな。
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