HQ | ナノ


▼ 09

「バレーと私、どっちが大事?」

そう訊いた私に宮侑は「バレーや」と即座に答えた。
それは私が望んでいた答えだった。

宮侑にとって一番大切なのはバレー、それは何があっても変わらない事実。
それはつまり彼にとって――宮侑選手にとって私の存在がバレーの妨げになると判断したら、すっぱりと切り捨ててくれるということだ。
私だけじゃない、もしも前世の私の人格が消え去って再び女狐に戻ったとしても、彼は自身のバレーに翳りが出る前に切り捨ててくれる。
私が何かしなくても、彼は自分ひとりでちゃんと決断できる人だったのだ。

“相手の幸せを勝手に決め付けて一方的に終わらせるのは、あまりに勝手やと思うで”

北信介に言われた言葉を思い出す。
確かに彼の言う通りだった。
離れることが最善だと勝手に思い込み、彼の内面をよく理解してないくせに宮侑のバレーと彼自身を守る為だなんて思い上がって。
自分勝手な行いだったと自嘲的な笑みが零れた。

「侑」

「なん……?」

「私、もう一度侑のこと好きになれるか自分でもよう分からん」

宮侑の眉が下がり、悲しげな表情に変わる。
繋いでいた手にキュウ、と力が込められ、離れたくないと訴えてくるようだった。

その手を、私も柔い力で握り返した。

「せやから、もう一度お友達から始めませんか?」

私の言葉に宮侑は「えっ」と目を見開いた。

――宮侑と一緒に過ごした時間は、ときめきこそ無くても楽しい時間だった。
それだけが嘘でも演技でもない、私の本心だと断言できる。
宮侑に必要だったのは偽りの幸福の時間ではなくて“私”の本心なのだと、今ならそう思う。

「……やっぱり、こんなん都合良すぎる?」

訊くと、宮侑はふるふると言葉もなく首を横に振った。
小さく彼の口が動く。
その口は「ええの?」と言っているようで、頷くと宮侑の表情がへにゃりと緩んだ。

予想外の表情に少し目を見開く。
また友達から始めるという事は一度恋人関係を解消するということだ。
宮侑はどこか恋人関係に固執しているような気がしていたから、まさかこんなにも嬉しそうな表情をされるとは思わなかった。
そう考えていると、宮侑は私の疑問の答えといえる言葉を口にした。

「まだ一緒に居てくれるん?」

「……うん、居るよ」

――ああ、そうか。
彼にとって恋人で居られなくなるよりも、一緒に居れんくなる方がツライのか。
一緒に居れるなら最悪どんな関係でも構わない。
危ういほど一途で妄信的な愛。
もしもこの愛を“好きなキャラクター”という壁を取っ払った状態で一身に受けたら、私はどうなってしまうのだろうか。

「名前、好き。 はよ俺のこと好きになってな」

そう言って繋いでない方の手で私の頬をスリ、と撫でると、宮侑は目を細めた。
そしてそのまま唇を寄せようとしてきて、慌てて「待って」と制止の声を上げると、ピタリと素直に動きが止まる。

「友達やからキスは出来んよ」

私の言葉に宮侑はハッと目を見開き、そしてすぐにこの世の終わりのような悲壮感たっぷりの表情で「せやった……」と弱々しく呟いた。
絶望のどん底といったオーラを纏う宮侑には悪いが、なんだかその表情が面白くてつい笑みが零れる。

「笑わんでやぁ……俺にとって死活問題やねん」

「ふふっ、ごめんなぁ」

「あ゛ー……あかん。 なあ、ハグはしてもええ?」

「えっ、うーん?」

少し悩んだけどハグなら友達同士でもするし、まあいいかと頷くと宮侑はパアッと表情を輝かせた。

繋いでいた手が離れる。
その代わり彼の両手が肩に置かれ、そのままゆっくりと引き寄せられた。
遠慮がちにギュウ、と柔い力加減で抱き締められる感触と、肩口で安堵するように吐き出された吐息に「これは友達同士のハグやないなぁ」と思ったけど、口には出さずに私も彼の背中に手を回した。
背中に手が触れた瞬間、驚いたのかビクリと宮侑の身体が跳ねる。
それに気付かない振りをして彼と同じくらいの力加減で抱き締め返す。

スン、と少し息を吸うと、もうすっかり嗅ぎ慣れた彼の匂いが鼻腔を掠めた。
この体温も、鍛えられたがっしりと堅い身体の感触も、よく知っている。
だけど――なんか変や。

(顔あっつ……)

慣れているはずなのに、酷く顔が熱くて、じとりと手に汗が滲み始める。
心臓が緩やかに鼓動を速め、頭がくらくらし始めて思考が纏まらない。
この状態がどういう意味を持つのか解らないほど、私は純情ではなかった。
だけど、待って、そんなん嘘やん。
彼を“好きなキャラクター”の一人ではなく、ただ一人の人間として意識し始めた途端にこんな分かり易くときめくなんて――そんなんチョロすぎる。

「あ、侑、もう離して」

感情の波に飲まれそうになりながら慌てて押し返すと、ゆっくりと身体が離される。
「名前?」と不安げに呼ばれた声に答えることが出来ず俯いていると、宮侑の両手が頬に添えられ、そのままグイ、と上を向かされた。

私の顔を見た彼の表情が驚きに染まる。
だけどそれはほんの一瞬だけで、すぐに嬉しそうな、愛おしそうな表情に変わった。
その表情にまた心臓がドクリと大きく脈打つ。

「今、メッチャかぁいらしい顔しとる」

「……しとらん」

「しとる」

「しとらん」

恥ずかしくてつい意地になって返していたら「強情やなぁ」と笑われた。
自分でもそう思う、そう思うけど自分から「友達で」と言った手前、あっさりとときめいてしまった事実を認めたくなかった。

「もうこの話しは終いにしてご飯食べよ、ね?」

誤魔化すように話を逸らすと宮侑は「せやなぁ」と上機嫌で笑っていて、ますます私の熱は上がるばかりだった。


prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -