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▼ 03

「苗字、少し話しええか?」

昼休み、同じクラスの尾白くんに真剣な表情で呼ばれ、その表情から話しの内容を察した。
朝から今に至るまでにクラスメイトだけでなく他のクラスの子にも訊かれた内容ときっと同じだろう。

“北くんと別れたてホンマ?”

人が疎らだったとはいえ、無人だったわけじゃない昇降口でのやり取りが誰かの口から漏れたのだろう。
朝から今に至るまでクラスメイトや他のクラスのそこまで話したことない人にまでそう訊かれた。
こんなことになるから場所を変えて話せばよかったと後悔するがもう過ぎたことだ。
明日になれば皆、気にも留めなくなる。

「私、今からお昼食べるんやけど」

「五分! 五分でええねん!」

「頼むわ」と拝むように手を合わせられ、居心地の悪さからつい「五分なら」と承諾してしまった。

場所を変えようと言う尾白くんの後に続いて教室を出る。
なんとなく隣を歩く気にもなれなくて尾白くんの一歩後ろを歩いた。
階段まで上がり始めて、屋上にでも行くんかと思っていたら尾白くんは人気の無い階段の踊り場でピタリと足を止め、私もそれに倣って足を止めると尾白くんが私の方へと振り返った。
その表情は酷く気まずそうで、なんだか私にまで緊張感が伝染しそうだ。
早く話しを、と急かす意味を込めて尾白くんを見上げると、彼は頬を掻きながらおもむろに口を開いた。

「すまんな、急に」

「ええよ、そんで話しってなに?」

「……信介と、別れたんか?」

「別れたよ、聞いてたやろ」

教室で何回も繰り返したやり取りを同じクラスの尾白くんが聞いてないわけがない。
そう意味を込めて返すと、尾白くんは「せやけど」と言葉を続けた。

「信介は別れてへん言うとったで。 なんや行き違いがあるんやないか?」

「……え?」

尾白くんの言葉に目を見開く。
別れてないって、誰と誰が?
私と北くん――なわけないやろ?
だってメールでも伝えたし、面と向かっても伝えた。
だからクラスメイト達にも「別れたってホンマ?」と訊かれたのだから。

「嘘や、その冗談おもろないで」

「嘘なわけあるかい! そもそもなんで別れるなんて話になっとるんや」

「そんなん……」

言葉が詰まる。
なんで別れたん――クラスメイト達にも何度も聞かれた言葉だ。
その度に私は「傷心中やから放っといて」と答えてやり過ごしていた。
だけど尾白くんはそんな言葉じゃ引き下がってくれないのだろう。
だからわざわざこうやって人気のない場所まで連れ出したのだろうから。

「……北くん、他に好きな子おる」

観念してポツリと零すと、尾白くんは「ハァ!?」と声を張り上げた。

「信介がそう言うたんか!?」

「ちゃう……けど、見てれば解るやん」

「そん……っ、絶対お前の勘違いやって!」

「勘違いちゃう! 私とのデートドタキャンしてその子とおったもん!!」

言い切ってから「しまった」と口を押さえる。
尾白くんも目を見開いて言葉をなくしていた。

気まずい沈黙が流れる。
暫しの沈黙の後、先に口を開いたのは私の方だった。

「……私な、泣かんかった」

北くんに久々のデートをドタキャンされても、その直後に他の子と居る北くんを見ても、別れを告げても――全く涙は出てこんかった。
それって多分もう、私が北くんのことそんなに好きやないってことやんか。

「だから、もうええねん。 尾白くんも、もう放っといて」

尾白くんが何かを言う前に踵を返してその場を去った。
言い逃げになってしまったけど、あれ以上あそこで話してたってどうしようもない。
尾白くんはきっと付き合いの長さから北くんの味方をするだろう。
優しい尾白くんは私を傷つけるような言葉は吐かないと思うけれど、北くん寄りの言葉を吐く彼を傷つけるような発言を私がしないとは言い切れない。
無関係の人を、八つ当たりするように傷付けたくなかった。


「あっ、名前ー。 さっき一年生来てたよ」

教室に戻るなり、クラスメイトにそう告げられる。

わざわざ教室まで訪ねに来てくれる一年生に心当たりはある。
同じ委員会で好きな本を貸し借りしてるあの子か、友達経由で知り合った音楽の趣味が合うあの子か、それとも別の子か。
頭の中に何人か浮かぶが今日何か約束をしている子は居らず、「誰だった?」と首を傾げると、クラスメイトの口から予想外の人物が飛び出してきた。

「名前は知らんけど、ほら、北くんの幼馴染って子」

ギクリと身体が強張った。
なんで[[rb:幼馴染 > あの子]]が私に会いに?
訳がわからない。
だけど良い用事じゃないのは予想がついた。

「……なんの用やったん?」

「さあ……おらん言うたらまた放課後来ますって帰ってったで」

「あ、そう……ありがとぉな」

クラスメイトにお礼を告げ、自分の席に着く。
机の上に置いたまんまの手付かずのお弁当。
作ってくれた母には悪いがどうしても食欲がわかない。

北くんの幼馴染がなんで私に会いにきたのだろう。
そもそも私のこと知っていたのかと少し驚いた。
ああ、でもあれだけ北くんと別れたって噂広まっていたら下級生の彼女の耳にも入ったりするか。
北くんは幼馴染に「彼女おらん」って言ってたから直接私に事実確認に来たのかも。

(……会いたく、ないなぁ)

私の口から「北くんとは別れた」とあの子に告げるのは何だかとても辛く思え、想像しただけで私の胸を重くさせた。
あの子には悪いけど放課後はさっさと帰らせてもらおう。
そう決めた私は、この判断が明日の自分を苦しめる結果になることに気付かなかった。


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