▼ 08
私にとって“宮侑”は好きなキャラクターの一人であって、それは宮治も北信介も変わらない。
宮侑の心を癒そうと決めたのも、女狐のせいで彼のバレーに翳りが出るのが嫌だったから。
宮侑のことが“好き”だからそうすることを決めた。
その気持ちに偽りはない。
――だけど、宮侑の言う“好き”とは違う。
彼が言っているのは恋愛感情の“好き”だ。
そして私の抱いている“好き”は一人のファンとしての好意。
そこに恋愛感情は多分微塵もない。
そこまで考えて、私は自分の過ちに漸く気付いた。
私は一度も宮侑に愛情を向けていなかった。
それはきっと嫌われるより残酷なこと。
愛情なんかないくせに傍に居続ける、女狐と全く同じ行動を取っていたのだ。
傷を癒すと豪語しながら私は――彼の傷を広げ続けていただけだった。
「なあ、どうすればまた俺を好きになってくれるん?」
宮侑の重く暗い声に我に返った。
ピタリとくっついていた身体が少しだけ離れ、その声と同じくらい暗い瞳がジッと私を見下ろしている。
その目を見つめ返しながら、私は何と返せば良いのか分からずただ茫然としていた。
――だって、そんなん私が知りたい。
私にとって宮侑は好きなキャラクターであって、そこに恋愛感情が乗ることはない。
現にこれまで恋人同士のスキンシップを重ねても、私の中に羞恥が浮かぶことはあっても胸がときめいたりはしなかった。
そんな私が、宮侑の心の傷を癒せるわけがなかったのだ。
「ごめん、侑……私、侑を傷つけてばっかやな」
「……謝らんでや」
スル、と宮侑の指先が私の頬に触れる。
撫でるというにはあまりにも小さく、壊れ物に触れるような繊細な手つき。
それは自分を裏切った上に愛情を向けなくなった女に触れる手つきじゃない。
愛おしい恋人にする触れ方だ。
自分に愛情が向いていないと解っていながら、宮侑はまだ私の恋人であろうとしてくれている。
「侑は……なんでまだ私を好きでいてくれるん?」
普通なら素っ気なくされた挙句浮気されたあの時点で愛情なんて冷め切ってしまうはずだ。
だけど彼は違う。
あんなことをされたのに愛情は減ることがなく、真っ直ぐ私にぶつけてくる。
それが不思議で仕方がなかった。
「前に、似たようなこと治にも訊かれたことがある」
ポツリと呟くように口にしながら宮侑は眉を顰めた。
まるで苦しんでいるようなその表情にズキリと胸が痛む。
なにか言うべきだろうかと決めあぐねていたら、私が何か言うより先に宮侑は更に言葉を続けた。
「たった一人を好きでい続けることはそんなにおかしい事やろか」
目が、合う。
「どんなに悲しくて辛いことがあっても名前を好きな気持ちは変わらん……それは、おかしいことなん?」
必死に訴えかけるようなその目を見ていると、自分の考えが間違っているような気分を抱いた。
裏切られたら愛情が冷めてしまうのが当たり前――そう考えてしまうのは私が本気で人を愛したことがないから?
宮侑のように誰かを本気で愛したことがあったなら、今この瞬間の彼の気持ちもよく理解できたのだろうか。
「……ううん、おかしくない」
良く言えば一途、悪くいえば執着――だけど、それが宮侑にとっての普通。
それを否定することなんて私には出来なかった。
私の頬に触れている宮侑の手に、自分の手を重ねた。
おっきくて、よく手入れされた綺麗なセッターの手。
この手がとても愛おしいと感じるのは前世の私の感情なのか今世の私の感情の記憶なのか、どっちなのだろう。
もしもこれが前世の私の感情なら、私は宮侑を好きになれるということなのだろうか。
「……侑、もう一つ訊いてええ?」
「ん、ええよ」
重ねていた宮侑の手がスルリと抜け出し、私の手に指を絡めた。
柔い力で握り返すと、宮侑が微かに眦を下げた。
「バレーと私、どっちが大事?」
「バレーや。 この先もずっと、それは変わらん」
私の問いに宮侑は即座に答えを返した。
彼にとってバレーが一番大切なのは当たり前のことで、悩む必要もないのだろう。
怒ることも気まずそうにすることもなく、真っ直ぐ真剣な表情で言い切った宮侑を見て、私は漸く肩の力が抜けた。
「そっかぁ」
ありがとう、その言葉が聞きたかった。
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