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▼ 07

「――ちょっと、話しせえへん?」

真っ直ぐ見つめると宮侑は目を見開き、不安げにその瞳を揺らした。
まるで話しの内容が悪いものだと思っているような反応で、安心させようと笑顔を浮かべてみたけど効果は薄い。
口を固く結び、拒否の意を示す宮侑の名前を優しく呼ぶとピクリと肩が動いた。

「少し訊きたいことあるだけやから、あかん?」

「……ホンマに、訊くだけ?」

「うん、訊くだけや。 終わったら一緒にご飯食べようなぁ」

コクリ、と小さく頷き、漸く宮侑は部屋に上がった。

「座って、なんか飲む?」

ソファに座るよう促しながら訊くと、小さく「いらん」と返ってきた。
その沈んだ声色が気になって彼の方に振り向くと、今にも泣きそうな目と視線が交わった。

「何もいらんから、隣に居って」

「うん、ええよ」

二人で並んでソファに座ると横から手が伸びてきて、ギュウ、と力強く抱き締められた。
「侑?」と声を掛けると「このままやないと話しせえへん」と弱々しい声が返ってくる。
このままでもええよ、と意味を込めて柔く頭を撫でると更に抱き締める力が強まった。

もしかしたら別れ話だと思ってるのだろうか。
訊きたいことがあるだけという前置きはあまり効果がなかったのかもしれない。
もっと違う話の切り出し方をすればよかったと後悔するがもうどうしようもない。
せめて少しでも不安を和らげようと頭を撫で続け、緊張から冷たい口調にならないように気をつけながら口を開いた。

「侑は……今、幸せ?」

「……幸せや。 バレーして、こうやって名前と一緒に居れるんやから」

そう言うと、ぐりぐりと肩口に頭を押しつけられた。
甘えるような仕草を見せながらも私を抱き締める腕は不安を訴えるように力が込められる。
今の言葉が、宮侑の心の全てじゃないことはすぐに解った。

「ホンマに?」

ぴく、と宮侑の手が微かに動くが何も言葉は返ってこなかった。
無言は肯定――やっぱりあれで全部じゃない。
宮侑にはまだ私に話していない内側がある。

「教えて、侑が思っとること全部」

沈黙が流れ、互いの微かな呼吸音だけが耳に届く。
やっぱり話してくれんやろか――そう思いながら辛抱強く宮侑の言葉を待つ。
ふわり、ふわり、と髪を流すように彼の頭を撫で続けていると、意を決したように小さく息を吸う音が聞こえた。

「……俺も、一つ訊いてもええ?」

「うん、勿論ええよ」

手を止め、宮侑の言葉を聞き逃すまいと耳を傾ける。
緊張からか少し自分の呼吸が早まるのを感じた。
宮侑が何を言おうとしているのか見当もつかないのに、じくりじくりと嫌な予感が胸を締め付け始める。
なんでこんなに胸騒ぎがするのか――頭の中で疑問符を浮かべていると、おもむろに宮侑が口を開いた。

「……俺のこと好きやないのに、何でやり直したいって言うたん?」

頭を、強く殴られたような衝撃を受けた。
何も言えず、私はただ小さく息を飲むことしか出来なかった。





もう名前は俺のことを好きやない。
そう気付いたのは、つい最近のことだった。
初めは以前の名前に戻ってくれたと浮かれていたし、一緒の時間を過ごすのが久々だったから気付かなかった――俺を見つめる名前の目が、以前と全く違うことに。
まるっきり冷めているわけではなく、むしろ好意的に感じる。
だけどそれは恋人に向けるものではない。
良くて友人に向けるような、その程度の好意だ。

それに気付くと、今までの名前の行動が良くない前兆のように思えて仕方がなかった。

急に昔の名前に戻ったのは、なにか俺に知られたないことがあるからやないか?
キスしようとして顔を背けられたあの時も、本当は嫌がってたんやないか?
急に資格を取って就職活動始めようとしたんのも、俺から離れようとしとるからやないか?
もしかしたら――まだ、俺以外の男と会っとるんやないか?

誰と連絡を取ってるか分からんから、名前がスマホを触っとったらさりげなく取り上げた。
俺以外をその目に映してほしくなくて、テレビや映画を観る時間も減らした。
バレーしとる時以外はどうしても名前がどこに居るんか気になって何度も位置情報を確認した。

一度浮かんだ不安は俺の心から離れず、日に日に大きくなっていく。
何をしても、その不安は無くならなかった。
名前が俺から離れられんように雁字搦めにしてしまおうと思っていたのに、身動き取れんくなってたのは俺の方だった。

そんな時だ――名前から、話しをしようと言われたのは。

「教えて、侑が思っとること全部」

抱き締めているから名前がどんな表情をしているのか分からない。
だけど優しく柔らかい名前の声を聞いたら、俺の心の中にずっとつっかえていた言葉が零れた。

「……俺のこと好きやないのに、何でやり直したいって言うたん?」

名前が小さく息を呑む音が聞こえた。

ああ――やっぱり俺の気のせいやなかったんやな。
そう解ってもどうしても手放したくなくて、俺は名前を抱き締める力を強めた。


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