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▼ 4.5

侑が名前への恋心を自覚して数時間――幸か不幸か日直の仕事のため再び名前と二人きりとなった侑は、馬鹿みたいに早鐘を打つ心臓をどうにか落ち着かせながら何食わぬ顔を装って席に着いていた。
隣の席では名前が綺麗な姿勢のまま日誌にペンを走らせている。
その様子を盗み見るように横目で見ていると、その視線に気付いた名前が「あとは日誌書いて終わりやし部活行ってええよ」と声を掛けてきた。
すかさず侑が「日直の仕事押し付けたなんて知れたら北さんに怒られるやん」と返すと名前はそれ以上は何も言わず、再び沈黙が流れた。

沈黙が耐えられないのか、侑の身体がそわそわと落ち着きを無くす。
一つだけ、名前に訊きたいことがあった。
しかしどう切り出せば良いのか分からずに侑は口を開きかけて止める、という行為を何度も繰り返した。
調べればいくらでも分かること――だが、それでも侑は直接名前の口から訊きたかった。

「……なあ」

漸く意を決して侑が名前へ声を掛けると、名前はピタリと手を止めた。
まさか話しかけられると思っていなかったのだろう、一瞬変な間が開いたがすぐに「なん?」と返事が返ってきた。
視線は日誌に向いたまま、止まっていた手も再び動き出す。
まるで侑の言葉など興味ないかのような態度に侑は少し怖気付きそうになった。
しかしここで引き下がるわけにはいかない、と侑は言葉を続けた。

「……名前、なんていうん?」

「は?」

ヒヤリ。
冷たい声と視線が侑へと向く。
慌てて「苗字! 苗字はちゃんと知っとんねん!」と言い訳を連ねるが、名前は相変わらずジトリと非難するような目を侑に向けていた。

「隣の席なのに名前も知らんの?」

冷めた声色で投げられた言葉がグサリと侑の胸に刺さる。
何か言い返そうにも侑の口からは呻くような声しか出ず、最早言い訳すら出てこなかった。
気まずくてフイ、と視線を床に落とすと、名前が席を立った。
まさか怒って帰ろうとしているのでは、と侑が慌てて名前へと視線を戻そうとすると、それより先に侑の視界に影が差した。

――名前が、侑のすぐ傍に立っている。

自分を見下ろすその目を見た瞬間、侑の身体がゾクリと震えた。
それは用具室で感じたものと同じ感覚だった。

「私はちゃあんと知っとるよ」

名前が侑の耳に唇を寄せた。
彼女の息遣いが直接鼓膜を刺激し、侑は思わず息を呑んだ。
なにか期待するようにドクドクと鼓動を早める心臓が喧しくて仕方がない。

「……侑くん

酷く甘ったるい声で名を呼ばれ、侑は意識が傾くような感覚を覚えた。
その甘美な響きが思考を侵し、頭がくらくらする。
名前から離れてしまいたかったのに、侑は指先一つ動かせないでいた。

コイツ、ほんまにどういうつもりや――熱の篭った思考でそんなことを考える。

最初は自分が暴言を吐いたから、その仕返しに激辛キャンディを喰わされた。
その次に資料室でキスしようとしたらスルリとかわされ、いざその唇を奪ったら酷く寒暖差のある態度で侑の心を翻弄した。
普通ならばもっと怒りを露わにしたり、怯えたり、それか――照れたり、とか、そういった態度を取るはずだ。
それなのに名前はそのどれにも当てはまらない。
それどころか挑発するように甘い声を吐く。
名前の考えていることが、全く解らなかった。

「お前は……俺を、どうしたいんや」

ポツリと侑が言葉を零すと、名前は屈んでいた身体をゆっくりと上げ、微笑を浮かべたまま侑を見下ろした。
その余裕そうな表情が気に障る。
自分はこんなにも感情をグチャグチャに掻き乱されているのに、全く何も感じていないと言いたげなその笑顔を侑は睨むように見上げた。

しかし、次の瞬間名前の口から発せられた言葉に、侑は頭を殴られたような衝撃を受けた。

「侑くんはどうされたい?」

――そんなん、卑怯やろ。
ゴクリ、と侑の喉が小さく鳴った。

そんな風に全てを受け入れるような笑顔を浮かべながら「どうされたい?」なんて訊くのは卑怯だ。
まるで心の内を全て曝け出せと脅されているような気分になりながら、侑は名前へと手を伸ばした。
そしてそのままクイ、と控え目に名前のブレザーの袖を掴むとカラカラに乾いた喉から声を絞り出すように言葉を発した。

「俺、の…………」

言いかけて、止まる。
自分が何を言おうとしているのか侑にも解らなかった。

俺のことを――好きになって?
いや、そんなんじゃない、そんなんじゃないなら――なに?
頭の中がぐるぐると渦巻くように思考が纏まらない。
自分は彼女に何を望んでいるのか――侑がその答えに辿りつく寸前、先に名前の方が先に口を開いた。

「……なんてね、冗談や」

タイムリミット――そう言わんばかりに名前は侑にそう告げると、袖を掴む侑の手を引き離した。
状況が飲み込めない侑が「は……?」と声を上げると、名前は日誌と鞄を持ってニコリと侑に微笑みかける。

「あと日誌職員室持ってくだけやから、宮くんももう部活行きや。 じゃあまた明日なぁ」

名前が教室を出ると、すぐに走り去る足音が聞こえた。

「……ああ、そぉか」

一人教室に残された侑は名前の足音がすっかり聞こえなくなった瞬間に漸く答えにたどり着いた。
俺の想いを受け止めて欲しい――それが侑の出した答えだ。
好きになってくれなくても良い、だけどこの想いを受け止めて「そっかぁ」と笑顔を向けてほしい。
それは、今まで告白されてもその想いを受け止めることなく全て切り捨ててきた侑が、初めて抱いた想いだった。


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