HQ | ナノ


▼ 4

日直当番というのは普段関わりの薄いクラスメイトと仲良くなるチャンスでもある。
しかし、もしも相手が仲の悪い人間だった場合は――地獄だ。

私は今、その地獄に直面している。

「……」

「……」

宮侑と二人きりの教室では互いに無言のまま、シャーペンが紙の上を滑る音だけが微かに聞こえる。
――なんで無理矢理キスしてきた相手とまた二人きりにならなあかんねん。
そう思ってさっき「あとは日誌書いて終わりやし部活行ってええよ」と声を掛けたが「日直の仕事押し付けたなんて知れたら北さんに怒られるやん」と返され、引き下がるしかなかった。
正直一緒の空間に二人きりで居たくなかったから、むしろ私が宮侑に日直の仕事押し付けて帰ってしまいたい。

「……なあ」

ピタリ、と手が止まる。
さっきまで無言を貫いていたくせに急に声を掛けてくるなんて。
ゴクリと唾を飲み込み、落ち着いた口調で「なん?」と返しながら再び手を動かす。

「……名前、なんていうん?」

「は?」

宮侑の口から飛び出した言葉に思わずポカンと口が開いた。
同じクラスになって数週間経ったのに隣の席の女子の名前すら知らんて何?
少し冷めた視線をヤツに向けると、宮侑は慌てた様子で「苗字! 苗字はちゃんと知っとんねん!」と言い訳を始めた。
別に宮侑に名前を認知されてようがいまいが私には関係ない。
だけど、なるほどなぁ、これはヤツを揶揄う材料を手に入れたわ。
ちょっと前まで宮侑に恐怖を抱いていたはずなのに私の気持ちはすっかり切り替わっていて、自分の逞しさに内心驚愕しながら「ふぅん?」と挑発するように言葉を発する。

「隣の席なのに名前も知らんの?」

嫌味っぽく言うと宮侑は「う……」と言葉を詰まらせた。
なんや、やけにしおらしいなぁ。
もっと騒ぎ立てると思たのに――そう思いながら席を立ち、隣の席に半歩踏み出した。

「私はちゃあんと知っとるよ」

少し屈んで宮侑の耳元に唇を寄せるとビクリと分かり易く宮侑の身体が震えた。
息を呑む音がすぐ傍で聞こえ、思わず口角が上がる。
コイツほんまに純情なのかチャラいのか分からん男やな。
そう思いながら、ゆっくりと口を開いた。

「……侑くん

――また酷く甘ったるい声が出た。
資料室で同じことをした時は私からすぐに距離を取っていた宮侑も、椅子に座った状態じゃどうしようもないらしく顔を真っ赤にして固まっている。
前もやけに慌てとったけどコイツ、耳が弱いんか。
あは、おもろ。

「お前は……」

ポツリと宮侑が零す。
その声は少し震えているようで私は益々笑みを深めた。

「俺を、どうしたいんや……」

屈んでいた身体をゆっくりと上げ、宮侑を見下ろす。
すると宮侑は睨むように私を見上げてきたけれど、その目は少し潤んでいるように見えて全く怖くない。
小動物のようなか弱い威嚇にしか見えない。

「侑くんはどうされたい?」

笑みを浮かべたまま問うと、宮侑はゴクリと小さく喉を鳴らした。
やけに熱く、そしてどこかか弱げな目と視線が交わった。
そのどこか縋るようなその眼差しにゾクリと身体の底から何かが湧き上がるのを感じる。
――なんやろ、この感じ。
覚えのない感覚に首を傾げていると宮侑の手がゆっくりと私の方へ伸ばされ、クイ、と控え目に袖を掴まれた。

「俺、を…………」

小さく、少し震えた声で宮侑が言葉を発した。
だけど何を言おうとしているのか自分でも解っていないのか、パタリと言葉が止まる。
気まずそうに私を見上げては視線を逸らしてを繰り返し、一向に続きの言葉を言う気配がない。
ふーん、なんやつまらんなぁ。

「……なんてね、冗談や」

「……は?」

何も言わない宮侑に痺れを切らし、自分からこの遊びを終わらせることにした。
袖を掴む手をゆっくりと引き剥がし、自分の荷物と日誌を手に取る。

「あと日誌職員室持ってくだけやから、宮くんももう部活行きや。 じゃあまた明日なぁ」

事態が飲み込めず呆然とする宮侑を置いて教室を出てすぐに走り出す。
走りながら、口角が上がるのが自分でも分かった。
あれが演技でなければ、多分宮侑は私に少なからず好意を抱いている――と、思う。
だったらヤツの心に傷を付けられる日もそう遠くはないのだろう。

「楽しみやなぁ」

早くその日が来てほしいわ。



prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -