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▼ 片想い中の北先輩に翻弄される

「苗字、北さんと知り合いなの?」

そう訊ねてきたのは同じクラスの角名倫太郎だった。
その顔は特別興味のなさそうな真顔に見えるが、目の奥からは好奇心が顔を覗かせている。
角名の好奇心は少しだけ厄介だ。
私の中の絶対にバレたくない――北先輩に抱いている恋心すら暴いてきそうで恐怖すら感じる。

「うん、知り合い」

平静を装いながら事実を口にする。
すると角名は「へえー、意外」と言いながらガタン、と音を立てながら私の前の、自分の席に腰を下ろした。
そのまま次の授業の準備でもするのかと思いきや、まだ会話を続ける意思があるらしく、私の方を見ながら「どうやって知り合ったの?」と相変わらず好奇心を目に宿しながら訊いてきた。

「どうって……前に落としたハンカチ拾ってくれたんよ」

「少女漫画かよ」

ウケる、なんて心にもない事を口にする角名をジトリと睨む。
角名が何を考えて北先輩の事を訊いてきているのか分からない。
分からないからこそ、警戒心が浮かぶ。

「なんで急にそんなこと訊くん?」

「えー?だってさぁ……」

角名の言葉を待たずにガラリと教室の扉が開き、数学の先生が「もうチャイム鳴るから席着けー」と入ってきた。
すると角名は「やば」と慌てて黒板の方に向き直り、授業の準備を始めてしまった。

あ、うん、しゃあないよなぁ。
数学の先生、怒らせるとちょっと面倒くさいもんなぁ。
教科書出してなかったらメチャクチャ怒るし、不真面目な態度で授業受けてたら罰として特別課題出されたりするもんなぁ。
話し切り上げてまうの解るわ、うん。

(でも何言おうとしたんかメッチャ気になるやんか……!!)

一体何を言おうとしたんや角名ァ……!
まさか私が北先輩へ恋心抱いてるのがバレてるのでは、と嫌な考えがぐるぐる頭を巡り、正直授業どころではない。
訊きたいけど、ここでしつこく催促したら「え?そんなに知りたいの??なんで??」とニヤニヤ笑いながら揶揄われるのがオチだ。
不安と焦りを奥歯で噛み締めながら、私はただジッと角名の背中を睨むことしか出来なかった。

――結局その後も話しの続きを聞き出す機会に恵まれず、私は不安と焦りを抱えたままお昼休みを迎えた。
いつも一緒に食べている友人が部活のミーティングがあるらしく、じゃあ今日はボッチ飯キメるかと机にお弁当箱を広げる。

「いただきます」と手を合わせてからお弁当の蓋を開くと、突然「お前、北さんと知り合いなん?」なんて数時間前にも聞いた言葉がすぐ側から飛んできた。
声のした方を見上げると同じクラスの宮治がお弁当箱片手に立っていた。
あれ、宮の席は向こうやん、なんでわざわざお弁当持ってこっちに来とるん。
困惑しつつ「ああ、うん、知り合い」と答えると宮は「ほーん」と興味なさそうに返事をし、そのまま角名の席にドッカリと座ってお弁当を広げ始めた。

「勝手に座ってええの?」

「ええねん、角名が戻ってきたら返すし」

お昼ご飯を買いに購買に行った角名は、多分もう暫くしたら帰ってくるだろう。
そんなちょびっとの時間だけ角名の席に座って何の意味があるのか。
そんなら最初から自分の席で食べればええのに、同じクラスなんやから。
そう考えるが口には出さず、黙々とお弁当を食べる。
今日はお昼休み中にやらなきゃいけないことがあるから、宮と会話して時間を潰すわけにはいかない。

「なあ、北さんと仲ええの?」

「はぁ? 知り合い言うたやろ」

宮と会話をする時間はない――と思っていたのに、つい言葉を返してしまった。
だって北先輩と仲が良いかなんて、そんなわけないのだから。
そもそも仲が良かったら知り合いなんて言わずに友達、または仲の良い先輩だと宣言してる。
それが出来ないということは、つまりそういうことだ。

私は北先輩と特別仲良くない。
廊下で見かけたら軽く会釈を交わす程度の顔見知りでしかなく、時々北先輩の方から声をかけてくれることもあるけれど毎回じゃない。
本当に、その程度の関係でしかないのだ。

「宮も角名も何で二人して同じこと訊くん?」

「そんなん……なあ、角名?」

「気になるに決まってるよね」

角名?と宮の視線の先を辿ると、いつの間にか購買から戻ってきていた角名が居て、宮に同調するように「うんうん」と首を縦に振っていた。

「気になるって……何が?」

まさか本当に北先輩への恋心バレてんちゃうやろな、とバクバクと大暴れする心臓の鼓動を悟られないように、深く息を吐く。
落ち着け心臓、誰にもこの恋心を悟らせんて約束したやろ、頼むから静まってくれ。

「知りたい?」

そう言いながら角名が私の隣の席に腰を下ろした。
いやお前は自分の席に座れよ。
角名が戻ってきたら席を返すと宣言していた宮もそのまま角名の席に居座り続けているし、なんなんこいつら。

「…………いや、ええわ。 もうお弁当食べ終わったし」

正直少し――いやかなり気になったけど、角名の表情を見ていると碌な事じゃない気がする。
「ご馳走様でした」と手を合わせて、さっさとお弁当箱を片付けて席を立つと、宮が「どこ行くん」とおにぎりを頬張りながら聞いてきた。

「花壇の水やり。 最近雨も降っとらんし、ちゃんと様子見たらなあかんねん」

「あ、今の言い方、北さんっぽいね」

「ぐ……!」

にやりと口角を上げた角名に、奥歯を噛み締める。
コイツ、絶対私の北先輩への想い気付いとるやん……!
そう確信した私は角名の言葉に何も返さず、逃げるように足早にその場を立ち去った。



昇降口から少し離れた場所にある花壇――そこが私の担当の花壇だ。
学校内に何箇所かある花壇の世話をするのも緑化委員の仕事の一つで、当番の日はこうやって昼休みに世話をしに来ていた。

水をやる前にちょこちょこ生えてきている雑草を抜き、小ちゃいポリ袋に捨てていく。
黙々と作業する中、頭に浮かぶのは教室でのやり取りのことだった。
席が前後というだけで別に角名と仲が良いわけじゃないし、宮なんて席すら近くない。
ちょっと世間話を交わすことがある程度、恋バナなんて以ての外だ。
なのに何故北先輩への恋心がバレてしまったのか。
廊下ですれ違って会釈を交わす時も平常心を装えてる自信はあるし、北先輩に話し掛けられる時だって――そこまで考えて、はたと気付く。

もしかして、あの時か――と。

それはつい先日のことだ。
あの日は土曜日で学校は休みだったけれど北先輩は部活、私は忘れ物を取りに学校に来ていた。
そのついでに花壇の世話をしていたら、休憩中だという北先輩が「いっつも偉いなぁ」と声を掛けてくれた。
それに私が「任されたからには、ちゃんとやりたいですから」とちょっと背伸びした発言を返した直後。

「ははっ、ちゃんとか。 ええなぁ」

キュッと目を細めて嬉しそうに北先輩が笑顔を浮かべたのだ。
それまでの北先輩の表情といったら涼やかな真顔か、ちょっと口角を上げる程度の小さな笑顔だけだった。
それなのに急にこんな満面の笑みを見せられて、平常心を保てるはずがない。
心臓は痛いくらい強く脈打つし、手で触れなくても解るくらい顔が熱いし、頭の中は困惑と幸福感と北先輩への好意が混ざりに混ざってグチャグチャになっていた。
傍から見ても私が北先輩に恋心を抱いているのは一目瞭然だっただろう。

――その瞬間を、角名と宮に見られていたとしたら?
ああ、あかんわ、そりゃあ恋心バレるわ、納得した。

「はあーーー……」

重い溜め息が出る。
角名と宮にバレてしまったのはもう最悪どうでも良い。
問題なのは二人が口を滑らせて私の好意が北先輩に伝わってしまう可能性が捨てきれないことだ。
告白したい、恋人になりたい――そんな大それたことは願わない。
ただ、たまに言葉を交わせるこの関係を終わらせたくなかった。
さっきは勢いで逃げてしまったけれど教室に戻ったらしっかりと二人に口止めをしよう。
私の大事な時間を奪うようなことせんでって、話せばきっと二人は解ってくれるはずだ。
そう気持ちを切り替え、水やりをしようと立ち上がる。
傾けたジョウロからサアァ、と水が流れる音を聞いて、少しずつ気持ちも落ち着きを取り戻していった。

「難しい顔してどないしたん」

「えっ!?」

突然背後から声を掛けられ、ビクリと肩が跳ねた。
危うくジョウロを落としてしまいそうだったがなんとか持ち直す。
ヒヤヒヤしたせいで忙しない胸を押さえながら振り向くと、そこには北先輩が立っていた。
――ドクリ、また心臓が強く脈打った。

「だ、大丈夫です、なんもありません!」

「そおか、せやけど無理はあかんで」

「んウィッス!」

驚き過ぎて運動部みたいな返事が出てしまった。
運動部に入ったことないのに。
北先輩に変に思われたらどうしようと不安になりながら視線を送ると、北先輩は気にする様子もなくいつも通りの真顔で「今日も水やりしとるんか、偉いなぁ」と褒めてくれた。
それだけで胸が喜びでいっぱいになる。
照れ隠しするように北先輩からパッと視線を外し、再びジョウロを傾けた。

「ん、ちょっと止まり」

丁度ジョウロの中が空っぽになった頃、北先輩に止まるよう促され、不思議に思いながら言われた通り動きを止める。
何だろうと北先輩を見つめていると、北先輩がゆっくりと親指の腹で私の頬をスリ、と撫で付けた。
しかも二回も。

「き、北先輩?!」

驚き、声が裏返った。
そんな私を気にすることなく北先輩は「あかんなぁ」と独り言のように呟いた。
待ってください何があかんのですか、私の態度ですか?!
そう声を張り上げそうになったけど喉が凍りついてしまったのか私は一言も言葉を発することが出来ず、ただ口を開けては閉じてを繰り返すことしか出来なかった。

「ちょっと来ぃや」

そう言うと北先輩はジョウロを持ってない方の私の手をクイ、と引いた。
あ、あー、待ってください、歩くから手を離してください、私の心臓が持ちません。
そう心の中で声を上げるが、いくら北先輩が察しの良い人でも心の中の声までは聞こえるわけもなく、そのまま私は北先輩に手を引かれるままに歩くことを余儀なくされた。


連れてこられたのは、運動部の人達がよく利用してる屋外の水道だった。
なんで此処に、と頭に疑問符を浮かべていると北先輩の手がスルリと離れていく。
さっきまで離してほしいと思っていたのに離れたら離れたで名残惜しく感じ、北先輩と繋いでいた手をついぼんやりと眺めた。
北先輩の手、おっきかったなぁ。

「こっち向き」

「はいっ!」

北先輩の声に夢心地だった思考が現実に引き戻される。
俯いていた顔を上げると、北先輩は「動いたらあかんで」と言いながら私の頬にピタリと濡れたハンカチを当てた。
ハンカチの冷たさに思わずピクリと肩を揺らすと、北先輩が少しおかしそうに「ふっ」と笑い声を漏らした。

「すまんな、冷たかったか」

「へ、平気です」

濡れたハンカチで優しく頬を撫でられる。
それを二、三度繰り返すと、北先輩はゆっくりとハンカチを離した。

「うん、綺麗になったで」

「な、なんか付いてました?」

「土汚れがなぁ、手で取れんかったから」

「あ、ありがとう、ございます……」

北先輩に汚れた顔を晒していたという羞恥心と、優しくしてもらったという幸福感。
感情が混ざって頭の中がグチャグチャになりながら、辛うじてお礼の言葉を口にする。

――顔に土が付いてたからって、誰にでもこんなことするのだろうか。
さっき指で頬を撫でられた感触を思い出しながらそんな考えが頭を過った。
告白をしないと決めているくせに一丁前に嫉妬心を抱くなんて自分勝手にも程がある――けれど、考えずにはいられなかった。
いつもはこんなこと考えたりしないのに。
きっと頭がグチャグチャになっているせいだ。

「……北先輩、誰にでもこんなことするんですか?」

そのせいで、言うべきじゃない言葉まで口から零れ落ちたんだ。
言ってしまってからハッと我に返り、咄嗟に手で口を塞ぐ。
だけど今更口を閉ざしたって手遅れなことなどグチャグチャの思考回路でも解っていた。
怖くて北先輩の顔をまともに見られず、視線が地面へと落ちる。

痛いほどの沈黙。
なんであんなこと口にしてしまったんだろうと後悔が浮かび、やるせない思いが胸を重くする。
今までこの関係を終わらせたくないと大事にしてきたのに自分から無為にするなんてアホや、本当にアホ。
もう北先輩と話せるのも今日で終わってしまうんだと目が潤み始めたその時。

「せんよ」

悠然とした声が鼓膜を揺らした。
落ちてた視線が再び北先輩の顔へと引き寄せられ、視線が交わる。
いつも通りの北先輩の涼やかな顔に思わず目を見開いた。
絶対、困ったように眉を寄せていると思ってた。

「苗字は特別やからな、こんなんするのはお前だけや」

「え……?」

サア、と柔らかな風が吹き抜けていった。
北先輩の髪が小さくふわりと揺れるのを見ながら、私は北先輩から発せられた言葉を繰り返し頭に浮かべた。

特別って――なに?
特別な後輩ってこと?
バレー部の後輩と何が違うん?
私だけにしかせんって、それどういう意味?

「ああ、もう戻ろか。 昼休み終わってまうわ」

色んな疑問が矢継ぎ早に頭に浮かんでは口に出すことなく消えていく。
そうしているうちに北先輩に時間切れだと言わんばかりに告げられ、私はぼんやりと「はい」と小さく頷いた。

「手ぇ貸し」

ス、と差し出された手に目を瞬かせる。
手を貸す……とは?
さっきから予想外のことばかり起きて知能指数がグンと下がっているのか、北先輩の言葉の意味が理解できず頭に疑問符が浮かんだ。

「手ぇ繋ぎたいんやけど、あかんか?」

呆然とする私に北先輩が小さく首を傾げた。

「え? あ、いいです、よ?」

なんかおかしいなぁ、と思いながら北先輩の手に自分の手を重ねる。
女の子の手と違って少し骨ばった大きな手の感触に、ハッと我に返った。
付き合うてないのにまた手ぇ繋いどる……!!
そう気付いた時には既に遅くて、今更離せるような雰囲気でもなく、そのまま北先輩と手を繋いで歩きだす。
あかんて、こんなん心臓持たへん。
心臓が痛いほど強く脈打っていて、北先輩にも鼓動が聞こえてしまうんじゃないかと不安になる。
そもそも何で北先輩、急に手を繋ぎたいとか言い出したん?
どんな気持ちで手を繋いでいるのかと窺うように横目でチラリと北先輩を見ると、丁度北先輩もこちらに視線を向けていて、パチリと目が合ってしまった。

「その顔、他のやつに見せたらあかんよ」

「か、顔……?」

「かぁいらしい顔しとる。 そんなん俺以外に見せたらあかん」

北先輩がどんな意図でこんな発言をしているのか解らない。
ああ、もう、解らんことだらけやん。
唯一解ったのは、静かに終わらせようと思っていた私の恋心を、無理矢理表に引きずり出されたってことだけだった。

(あかん、しんどぉ……)

告白したい、恋人になりたい――そんな大それたことは願わない。
だけど表に引きずり出された恋心が「そんなん無理や」と大きく主張する。
静かに終わらせるつもりだった恋心なのに、やっぱり終わらせたくない。
今この瞬間、私はそう思ってしまったのだった。



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