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▼ 神様じゃない男の子

――神様のような人だと、そう思った。

初めて私が北くんと出会ったのは高校に入学してすぐの事だった。
同じクラスで隣の席だった北くんとは授業や日直でペアになることが多く、自然と会話をするようになっていった。

同い年とは思えないほど“ちゃんと”した北くんと接していると自然と背筋が伸びるような感覚がして、何か挫けそうになったり落ち込んだ時はよく北くんに相談に乗ってもらった。
テストの結果が悪かった時、他のクラスの友達と喧嘩してしまった時、そして――失恋した時。
どんな時も北くんは私のことを邪険にせず真摯に向き合って、そして何の飾り気も無い真っ直ぐな正論を私にぶつけてきた。
その言葉が何度も私の心を鼓舞して、そして何度も私に再び立ち上がる勇気をくれた。

次第に私は北くんの事を神様みたいだと感じるようになった。
教え諭し導いてくれる、そんな存在。
それは最終学年になった今でも変わらない――いや、正確には少しだけ変わった。
私は、神様みたいなこの人にいつの間にか淡い恋心を抱いてしまったのだ。
きっかけが何だったのかさえ覚えていない。
何事も手を抜かないその姿か、いつも背中を押してくれる言葉か、それとも私の名前を呼ぶ真っ直ぐな声か――心当たりは山ほどあるが、私が北くんに惚れた決定的瞬間のことは自分でも知らない。

恋心を抱いたからといって何か関係性が変わるわけでもなく、いつものように挨拶を交わして世間話をして、悩み事があったら相談して発破をかけてもらっての繰り返しだ。
当然、告白する気もなかった。
北くんは強豪と言われているバレー部の主将で、しかも自身の将来も既に決めているようだった。
部活に勉強に忙しい北くんが私の告白を受け入れるとは到底思えず、私はひっそりと恋心を胸の中に仕舞い込んだ。

あまりに私が北くんの周りをウロチョロするせいか時々「北と付き合ってんの?」と訊かれる事もあったけど「北くんは私の神様やねん」と返し続けていたらそう訊かれる事も無くなった。
でもまあそんな返しばっかしとったら当然いつかは北くんの耳にもその話が入るわけで、久々に部活が早く終わったという北くんと並んで帰路を歩いている時に「俺はいつからお前の神さんになったんや」と真顔で訊かれてしまった。

「えー? 出会った時からかなあ」

冗談めかしく笑いながら答えると北くんは表情を変えることなく「あんな」と言葉を続けた。

「俺は神さんなんかやない、ただの一人の男や」

北くんの目が私の方へと向いた。
いつも通りの表情なのに何故かその目に見つめられたら心臓がドキリと跳ねて、少し居心地が悪くなってしまう。
なんだか悪いことをしているような気分になり、ドキドキと心臓が鼓動を速め始めて胸が苦しくなってきた。

「ん……せやね、ごめん」

フイ、と気まずさから視線を北くんから逸らすと「怒っとるわけやない」と言葉が返ってきて、少し安堵する。
何だかんだ三年間同じクラスだったけれど表情を滅多に変えない北くんの感情を汲み取るのは未だに難しく感じてしまう。
私の観察能力が劣っているのかそれとも北くんが感情を表に出せるほど私達は仲良くないのか――後者だったら本気で泣いちゃうかもしれない。
そんな後ろ向きな事を考えていたら更に北くんが言葉を続けた。

「……一年の頃、お前が失恋した言うて泣きついてきたの覚えとるか?」

「う、うん……」

「あん時な、正直嬉しかった」

「え?」

予想してなかった言葉に足が止まる。
ゆっくりと視線を北くんへ向けると、北くんも足を止めて真っ直ぐ私を見ていた。
夕焼けに照らされた顔が少し赤らんでいるように見え、私は思わず目を擦る。

「お前が失恋した事が嬉しかったんや」

「な、なんで……?」

さっきから心臓の鼓動が煩くて仕方がない。
北くんにも聞こえてしまうんじゃないかと錯覚するほど、強く脈打つ鼓動を抑えるように胸に手を当てた。

「好きやから」

「え……」

「苗字が好きやから、失恋した言われた時は嬉しゅうてしょうがなかった」

そう言って北くんは微かに口角を上げた。
滅多に見れない北くんの笑顔に思わず呼吸が止まった。

「な? 全然神さんなんかやないやろ」

それだけ言うと北くんは再び歩き始めた。
その背を見つめることしか出来ず立ち尽くしていると、私がついて来ていないことに気づいた北くんが振り向いて「どうしたん」と首を傾げた。

「や、え……? 北くん、好きなん?」

私のこと、と続けると北くんは「好きやで」と当然のように答えた。
告白――なのかも分からないくらいいつも通りの北くんの様子に私の頭は益々混乱する。
え、なんで、いつから、そんな素振り全然見せんかったやん、と矢継ぎ早に色んな言葉が頭の中に浮かぶけれど、そのどれも口に出す事が出来なかった。

ぐるぐると目を回しそうな様子の私を心配してか、北くんは再び私の側へと戻ってきた。
恐る恐る北くんを見上げてみたけれど既に笑顔は消え去っていて、いつも通りのスンとした顔が視界に入り、内心ホッとする。
笑顔の破壊力がヤバすぎたのだ。
いつも通りの北くんの表情を見ていたら困惑気味だった思考も段々と落ち着きを取り戻してきて、ずっと閉ざしていた口を漸く開く事ができた。

「えっと……なんで、好きなん?」

「なんで、か……考えたこともなかったわ」

「ええ……?」

まるで揶揄われているような気分だ。
だけど北くんが冗談でこんなことを言う人間じゃないことは知っている。
北くんの真意が解らずにギュ、と眉間に皺を寄せていたら、それに気付いた北くんは「すまんな」と言いながら薄く笑った。

「最初は、よお相談してくる子やなって思とった」

――相談に乗っとるうちに、何事にも真剣に向き合うとる子なんやなって知った。
何度も悩んで、そんで何度へこたれてもまた自分の足でちゃんと立ち上がる。
そんな苗字見とったら俺も頑張らなあかんなって励まされてた。
そんで、気付いたら好きになってたんや。

そうやって淡々と語る北くんを見て、自分の頬が熱くなっていくのを感じた。
絶対夕日のせいに出来ないくらい赤くなっているのを察して慌てて両頬を手で隠すと、北くんが「かわええな」と笑った。
追い討ちを掛けるような言葉にまた心臓がドキドキと忙しなく鼓動を速め始める。
あかん、今日だけで一生分のトキメキを摂取させられそうや。
静かに息を吐きながら熱くなった顔を手で仰ぐ。
うん、少し落ち着いた、ような気がする。

「……なんで、急に言おうと思たん?」

北くんを直視してしまうとまた心臓が喧しくなるから少し視線を逸らしながら問う。

北くんと出会って二年と少し。
いつから北くんが私に恋心を抱いていたかは知らないけれど、多分これまで言う機会はあったはずだ。
それがどうして何の変哲もない日常の合間、思い出したかのように好きだと告げてきたのだろうか。
そのことを問えば、北くんはまた「なんでやろな」と口にした。

「正直、このまま言わずに卒業するつもりやった。 苗字は俺んこと、そういう意味で好いとるわけちゃうと思たし」

せやけど、と北くんが更に言葉を続ける。

「苗字の心ん中に少しでも残りたいって、急にそう思たんや。 すまんな」

すまんな、なんて謝っておきながら全く悪びれる様子もなく笑っている北くんの姿に心臓が段々と鼓動を速めていった。

――北くんは、一つ思い違いをしている。
北くんは私が恋心を抱いていない前提で話を進めているが、それは違う。
優しくて真面目で、ちゃんとした人で――そして神様のような、一人の男の子である北くんに私はずっとずっと惹かれているのだから。

ひっそりと仕舞い込んでいた恋心が顔を出す。
好きだって言われたから仕舞い込んでいた気持ちを取り出すなんて卑怯だろうか。
だけど、もう言わずにはいられなかった。

「一生、忘れられんよ」

今度は逸らすことなく北くんの目を真っ直ぐ見つめながら口にした言葉に、北くんは少し目を見開いた。
その表情がまるで驚いた猫のようで、なんだか可愛らしくてつい笑みがこぼれる。

「私も北くんが好きやから、ずっと忘れんよ」

これから先、高校を卒業して大人になっても私は何度も北くんを思い出すだろう。
夕暮れ時の日常の中で、神様みたいな同い年の男の子に言われた言葉を、きっと何度も思い出す。
まるで初恋の思い出のようにいつまでも大事に胸にしまって、一生忘れないだろう。

「そぉか」

そう言って北くんはどこか照れくさそうに笑うと「帰ろか」と私の手を引いて歩き出した。

夕暮れ時のいつもの帰路。
繋がった二人の影と手に伝わる温度。
いつもより近くにある横顔。
その全てを私はきっと一生忘れないだろう。
何度も思い出して、そして初恋を知った子どものように何度も胸をときめかせる。
北くんの望み通り、北くんの存在はずっと私の心の中に残り続けるだろう。



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