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▼ 侑くんにキライと言う

いつだったか侑くんに言われた事がある。
――名前に好きって言われるんメッチャ嬉しい、と。
その言葉を真に受けて私は毎日のように愛の言葉を送り続けた。
だけど交際半年目に突入して漸く気付いた。
私は、侑くんに好きって言われたことない。

思い返してみれば侑くんが私に告白してくれた時も「俺と付き合うて」としか言われなかったし、私が好きって言う時も「ありがとお、ほんまかわええなぁ」と頬を緩ませるばかりで好きと返してくれたことはなかった。
あれ、もしかしてこれっておかしい?

「どう思う、角名くん」

ドン、と前の席を陣取り、パンを齧りながらスマホを弄る角名くんに真っ向から問いかけると彼は興味なさそうな様子で「治にでも訊けば?」と答えた。
スマホから一切視線を逸らさないところを見ると、本気で興味がないことが窺える。
だけど此処は私も引き下がれなかった。

「治くんはあかん。 うっかり侑くんに余計なこと言いそうやん」

治くんは何かの拍子に「こんなこと言うとったで」とかポロッと零してしまいそうだし、銀島くんは恋愛事の相談は不向きっぽいし、私の友人には「可愛いって言うて貰えるんやったらええんちゃう?」と返された。
侑くんの事をよく知っていて、尚且つ相談しやすくて口が堅そうな人物といったらもう角名くんしかいないのだ。
軽率に誰彼構わず相談して「好きって言うてほしいらしいでー」なんて侑くんに告げ口されたら堪ったもんじゃない。
好きだとは言われたいが面倒くさい女だとは思われたくないため、自分から「私のこと好き?」と催促するような真似はしたくない。
複雑な乙女心を訴えるように角名くんをジッと見つめると、観念してくれたのか角名くんはスマホから視線を外して私の方を見た。

「とりあえず、毎日のように好きって言うの止めたら?」

「えっ!? それじゃあ可愛い言うてもらえんくなるやん!」

「めんどくさ……じゃあキライとでも言ってみたら?」

「え?」

角名くんの言葉に首を傾げると、角名くんは「お前がキライでも俺は好きだーとか言ってくれるんじゃない?」と続けた。
その提案に目から鱗が落ちる。
あれや、押してダメなら引いてみろってやつや!
自分ひとりじゃきっとこんな発想はなかっただろう。
やっぱり角名くんに相談して良かった。

「角名くん天才やん! 早速帰りに言うてみる!」

「ああ、うん。 まあ……頑張って」

やる気のないエールを送る角名くんに「ありがとなぁ」とお礼を言い、ワクワクした気持ちを胸に抱えながら自分の席に戻った。
早く帰る時間にならんかなあ、と期待感で胸を膨らませながらお昼ご飯のメロンパンに齧り付いた。

侑くんに好きだと言われる未来を信じて疑わなかったこの時の私は、この後の展開を全く予想出来ていなかったのだ。
キライ言われて好きって返すやつがどこにおんねん。
私がその事実に気付いたのはこの数時間後、部活を終えて侑くんと二人並んで帰路を歩いている時だった。

「侑くん、キライ」

帰路を歩く中、ちょうど会話が途切れたタイミングで伝えた嘘の言葉に侑くんがピタリと足を止めた。
好きって言ってくれるかなと期待を込めて侑くんを見上げたけれど、その表情が視界に入った瞬間にビクリと身体が震えた。
それはバレーを邪魔したファンの女の子に向けるような、激しい怒りと苛立ちを含ませた表情だった。

「……は?」

地の底を這うように低く、怒気を含んだその声に再び身体がビクリと震え、呼吸が止まった。
怒ってる――そう頭が理解すると同時に侑くんの手が私の肩を掴み、そのまま強引に侑くんと向かい合わせるように身体の向きを変えられた。

「なんでそんなこと言うん」

鋭い目に見下ろされ、私は何も言えずただ震えることしか出来なかった。
だって侑くんは私の前ではいつだって優しくて、怒ったことなんかなかったから。
まるで知らない人を前にしているみたいだった。

「答えや。 俺をキライ言うたその口で、はよ言うてみぃ」

「うっ……」

グ、と顎を掴まれて無理矢理上を向かされた。
催促するように顎を掴む親指がぐりぐりと口元に押し上げ、つい口から言うつもりのなかった言葉が零れ落ちていった。

「私の事……好き?」

零れ落ちた言葉に侑くんは少しだけ目を見開くと、すぐにニッコリと微笑んだ。
その表情はいつも通りの優しい侑くんで一瞬安堵したけれど、顎を掴む手は一切力が緩まってなくて、まだ侑くんが怒っていることを示唆していた。

「好きやで。 こぉんなに愛しとんのにこれっぽっちも伝わっとらんなんて悲しいわあ」

「だ、だって侑くん、一回も好きって言うてくれん、から……」

言い切ってからハッと我に返る。
面倒くさい女だと思われたくなくて封印していた言葉をつい口にしてしまった。
今の発言は絶対面倒くさいと思われたに違いない。
チラリと窺うように侑くんを見上げると、パチリと目が合った。

「そぉか」

侑くんの目が弧を描く。
顎を掴まれる力が緩まったかと思えば、さっきまで私の口元をぐりぐり抉るように押していた親指が今度は下唇へと触れた。
スリ、と優しくくすぐる様に撫でつけられ、思わず肩が跳ねる。

「そんなら、これから毎日好きって言うたるわ」

親指が離れる。
その代わりに侑くんの唇が私の唇に触れ、チュウ、と音を立てた。
ゆっくりと唇を離すと、侑くんは相変わらずニッコリと笑顔を浮かべていて、怒っているのかご機嫌なのか解らない。
窺うように侑くんを見つめていると侑くんの大きな手がポン、と頭に触れてそのままワシャワシャと撫で回された。
あ、待って、ああー、髪がぐしゃぐしゃになってまう!
遠慮なく撫で回し続ける侑くんの手を慌てて掴むと、ピタリと動きが止まった。
抗議の視線を向けると、侑くんは楽しそうに「フッフ」と笑った。

「ほんまかわええなあ、大好きやで」

「えっ、んん……私も侑くん大好き……」

不意打ちの大好き発言に抗議の言葉も消え失せてしまい、気恥ずかしさだけが残る。
恥ずかしさから侑くんからサッと視線を逸らし、誤魔化すように手櫛で髪を整えていると「せやから」と言葉を続けた。

「もう二度とキライなんて可愛くないこと言うたらあかんで、なあ?」

ヒヤリとした声色にピシリと身体が固まった。
あ、待って侑くん、もしかしてまだお怒りの様子……?

「次そんなこと言うたら、二度とそんな口利けんようにしたるわ」

暖かな春から一気に極寒の真冬へと変化したかのような寒暖差に思わず喉が「ヒュ」と鳴った。
怖すぎて侑くんの方を向けずにいると、侑くんは気にせずに「ほな帰ろか」と私の手を引いて歩き出した。

――もう絶対に間違っても侑くんにキライなんて言ったりしない。
侑くんの横顔をソッと見上げながら、私はそう心に誓ったのだった。



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