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▼ 治くんにキライと言う

「私、治くんキライ」

夕暮れ時の人気の無い公園。
ベンチに並んで座り、コンビニで買った豚まんを食べている最中に私がそう口にすると、治くんは口の中の豚まんをゴクンと飲み込んで「ほおん」とただ一言だけ返した。
それは感情の読み取れない声で、治くんが何を考えているのか私には解らない。

チラリと視線を治くんの方へ向ける。
さっきまで豚まんを頬張って幸せいっぱいって顔をしていたのがスン、と無気力そうな表情に変わっていて、もしかして私の発言の効果だろうかと期待が浮かぶ。
しかし次の瞬間には治くんは無気力顔のまま再び豚まんを食べ始めていた。
もしかして私の発言気にしてない感じだったりする?
そう思っていると治くんは急に何かを思い出したかのようにハッと目を見開くと、私の方に顔を向けた。

「え、別れるん?」

「えっ、あ、そうかも?」

唐突な問いかけにビックリしたせいか、思わず肯定してしまった。
キライとは言ってしまったけれど別れたいわけじゃなく、慌てて訂正しようと私が口を開こうとすると、それより先に治くんが言葉を発した。

「あかん、あかんてそんなの。 これあげるから機嫌直したって?」

そう言って治くんは食べかけの豚まんを半分に割ると、そのまま私の唇に押し付けた。
私がご機嫌が斜めだからキライと言ったと思っているところも、食べかけの豚まんで機嫌がなおると思っているところも何だか可笑しくて「ふっ」と小さく笑い声が漏れた。

口を開くとグイ、と豚まんを押し込まれる。
もぐもぐと咀嚼する私を治くんはどこかそわそわと落ち着きない様子で見ていた。
相変わらず無気力そうな顔――のように見えるけど、いつもよりすこーしだけ不安そうに見える。
私の顔色を伺う治くんが何だか母親に怒られた後の幼子のように見えて、また小さく笑みがこぼれた。
治くんがホッと胸を撫で下ろしたのを見ながら、ゴクンと豚まんを飲み込む。

「んん、ご馳走様。 お返しに私の半分治くんにあげるわ」

まだ一口しか食べていない自分の豚まんを半分に割って治くんに渡すと、治くんは解りやすくパァッと表情を輝かせた。

「ええの? ありがとお」

ニコニコ笑顔で豚まんを受け取って大きな口を開けてパクッと食らいついた治くんを見ながら、私はぼんやりと考えた。
やっぱり治くんはなんか食べとる時が一番ええ顔するなあ、と。

そもそも私が治くんに“キライ”と言ったのは治くんのこの表情のせいだ。
治くんは普段表情を変化させることが少なく、変化が見られる時といえばなんか食べている時やバレーをしてる時、あとは侑くんと喧嘩してる時だろうか。
私と居る時は大体真顔、時々小さく笑みを浮かべることもあるけれど、そんなの友達と話してる時だって浮かべる笑顔だ。
もっと恋人の特権というか、恋人にしか見せないような特別な表情が見たかった。

どうすれば特別な表情を見られるだろうと悩んでいた私は侑くんに相談してみた。
その時に侑くんが言ったのだ。
――キライって言うてみたら、ええ顔が見れるんちゃうか、と。
普段私が好き好き大好きと言いまくっているため、たまには逆の言葉を言って動揺させてみろとのことだった。
うーん、冷静になってよくよく考えてみると何かおかしな話だなあ、と疑問が浮かぶ。
キライ言うたら最悪破局やん。
侑くん、まさか私らのこと別れさせたかったのだろうかと邪推していると、治くんが「ハッ!」と声を上げた。

「ちゃうやん、俺が貰っとったらあかんやん!」

しかもあげた分より多く貰っとる、と全部食べ切ってから騒ぎ出す治くん。
食べ切ってから気付くなんて、どんだけ食べるのに夢中になっていたんだと、とうとう声を上げて笑ってしまった。

「ふふっ、ええよ。 気にせんで?」

「……もう怒っとらん?」

「怒っとらんよ。 ごめんなあ、意地悪言うて」

「意地悪が過ぎるで。 ほんま嫌われたんかと思たわ」

安堵したのか深く息を吐いた治くんはお腹をさすりながら「腹減った」と口にした。
さっき豚まんを食べたばかりなのに相変わらずの食欲だなあ、としみじみ思いながら残りの豚まんも渡すと、治くんは表情を輝かせて「ありがとお」と言うや否やパク、パク、と二口で完食してしまった。
気持ち良い食べっぷりだと感心しながら「治くん」と呼ぶと、治くんは「どないしたん」と首を傾げた。

「私なぁ、なんか食べとる時の治くんの顔が一番好きやわ」

だから食べ物相手だけじゃなくて私にもその笑顔向けてほしいなあ――とは言えず、誤魔化すようにニコリと笑みを作った。
私の言葉に治くんはパチパチと何度か目を瞬かせると、すぐに小さく笑みを浮かべた。

「俺も、飯食うとる俺を見とる時の名前の顔が一番好きやなぁ」

「え、どういうこと?」

「あれ、気付いてへんの?」

何のことだか解らずにコクリと頷くと、治くんは「あれ無意識なんかぁ」と嬉しそうに頬を緩めた。
何の話だと怪訝に思いながら治くんを見つめると、治くんは頬を緩めたまま「あんな」と言葉を続けた。

「俺が飯食うとる時、お前“治くんメッチャ大好き〜”って顔で見てくんねん」

「えっ!? う、うそ、なにそれ?!」

「嘘ちゃうて、ほら見てみぃ」

そう言うと治くんはスマホを操作してズイ、と画面を私の方へ向けた。
スマホ画面には私と治くんが映っていた。
多分それは昼休みの光景で、おにぎりを頬張っている治くんを見つめる私の顔は見たことないほど緩んだ顔をしていた。
目はうっとりと細められ、頬は赤く、口元なんて緩みきっている。
え、本当にこれ私なの、と一度目を擦ってみるが何度見返しても私だ。

「ま、待って、私いっつもこんな顔してるん?! それにその写真いつ撮ったん?!」

「せやでぇ。 こないだ角名に頼んで撮って貰ったんや」

「やだやだ、消したってや!」

「なんで? こぉんな、かあいらしいのに」

言いながら治くんはスマホ画面を見つめると「フッフ」と笑みを浮かべた。
その笑顔に思わず私は息を飲んだ。
まるで愛おしい人を見るかのように優しくて、うっとりとした笑顔。
それは紛れも無く私が見たかった特別な表情だった。

「……その笑顔は私に向けてよ!」

なんで本人が目の前にいるのにスマホ画面に特別な表情見せるの!
そう訴えながら力なく治くんをポカポカ叩くと、治くんは「え、なにが?」と首を傾げるばかりで特別な表情を私に向けてくれる事はなかった。
頭に疑問符を浮かべながらも「よしよし」と宥めてくる治くんを見ながら、絶対に次はスマホ画面じゃなくて私本人にあの特別な表情を向けさせるんだと、そう心に決めた。


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