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▼ 05

“傍におってな”

そう言っていた宮侑とはあれ以降、比較的穏やかな関係を築けていると思う。
あくまでも“比較的”であって、円満に別れられるレベルかと問われれば、まだ違うと言い切れる。
私が「見ても良いよ」とスマホを差し出すと「ええの?」と言いながら躊躇いなくスマホの中身を確認するし、例え近所のコンビニに行くだけでも連絡を入れておかないといけない。
スマホの位置情報を共有しているせいか、黙って出掛けても割と高確率でバレてしまう。
そして後になって内緒で外出したとバレた時に「なんで教えてくれんの?」と悲しそうな顔で詰め寄られるのだ。

だけどそれを除けば、私達は良好な恋人関係だと思う。
オフシーズンの今、ある程度時間に余裕のあるらしい宮侑は二、三日に一度私の家に訪れる。
そして一緒に夕食を取り、互いの話をしたり映画を観たりと静かに過ごし、日付が変わる前に帰っていく。
スキンシップも手を繋いだりキスしたりはするけど、それ以上へは進まない。
驚くほど静かで平穏な毎日だ。
このまま少しずつ宮侑の信頼を取り戻していって、そのうち位置情報もスマホの中身を見る必要もなくなって、宮侑が私以外の女性に目を向ける余裕が生まれたら――その時が、別れ時だ。

まだまだ時間は必要だけど、それでもここ最近の穏やかな日常は気持ちに余裕が生まれるには十分だった。
気持ちを弾ませながら、バイト帰りに本屋で買ったものをテーブルに広げる。
買ったのは資格の本だ。
大学生の間に何個か資格を取ろうと計画していたくせに、女狐になってしまって結局一つも資格をとっていなかった今世。
宮侑と円満に別れた後どこか遠く、県外に引っ越すのだとしたら資格があった方が就職もしやすいだろう。
ただでさえ大学を卒業後も就職せずにバイトと男から貢いでもらうことで生活していたのだ。
少しでもスキルがないと本当に厳しいことになる。
ホントにもう、女狐のアホ、自分のことだけど本当にドアホ。
そんなふうに心の中で女狐に文句を連ねていたら、スマホから着信音が流れた。
画面を見なくても分かる、きっと宮侑だ。

「もしもしー」

「もしもし、俺やけど……今日も家行ってもええ?」

「ふふっ、もうアパートの前に居るんやろ。 入っといで?」

促すと「んー、すぐ行くなぁ」と返され、ぷつりと通話が切れた。
宮侑がアパートの前まで来てから「家行ってええ?」と訊いてくるのはいつものこと。
合鍵も渡したのに何故か律儀に電話をかけてくる。
どんなこだわりなんやろ、と考えながら玄関へと向かうと丁度私が玄関まで来たタイミングでガチャリと錠が回り、扉が開かれた。

「おかえり、侑」

「ただいま、お出迎えありがとぉ」

私が少し背伸びすると宮侑が少し屈む。
そのまま丁度良い位置になった唇にチュ、とキスをした。
記憶が戻ってからの最初のキスは恥ずかし過ぎて顔を逸らすなんて失態を犯したけれど、今ではすっかり慣れたもの。
こうして自分から宮侑にキスすることも出来るようになった。
ゆっくりと唇を離すと、眦を下げた宮侑と目が合う。
幸せそうな顔。
その表情を見てホッと息を吐く。

「ご飯食べるやろ?」

「ん、食べる」

言いながら宮侑は靴を脱いで部屋へと上がった。


短い廊下を抜けてリビングに入ると不意に宮侑はピタリと動きを止めた。
「どうしたん?」と訊くけど、どこかぼんやりとある一点を見つめるばかりで返事がない。
なんやろ、と視線を辿ると、それはテーブルの上の本に向けられていた。
今日買ったばかりの資格の本だ。

「ああ、それ今日買ったんよ」

「……資格取るん?」

「うん、就職考えとってなぁ。 そんなら資格あった方がええと思て」

「べつにそこまでせんでええやん。 そんなん俺が養う、し……」

宮侑の口から不意打ちで飛び出してきた遠回しの結婚宣言に内心ギクリと緊張が走る。
だけどそれを表に出さないように、その言葉なんかなんも意識してないと言うようにニコリと笑みを貼り付けた。

「なに言うとんの、私の頑張っとるとこ好きって言うてくれたやん。 せやから頑張らせて?」

「う……せやけど」

「侑」

近付き、その頬を優しく撫でる。
大丈夫だと安心させるように、何度も繰り返し撫でながら「おねがい」と口に出すと、宮侑は渋々といった様子で小さく頷いた。

「ありがとぉ」

「ん……そん代わり、キスして」

「またぁ? ふふっ、ええよー」

背伸びするのは少し辛くなってきたから、ソファに座るよう誘導する。
素直にソファに身を沈めた宮侑と向かい合うように跨り、彼の鼻先にチュ、と軽く唇を落とすと不満そうな瞳と目が合った。
その表情が何だか子どもっぽくて「ふふっ」と笑みをこぼすと益々不満そうに今度は唇まで尖り始める。

「意地悪せんでや」

「ごめんなぁ、機嫌なおしたって?」

今度はお望み通りに唇にキスを落とすと不満そうな目が少し和らいだ。
でもまだ足りないと訴えてくる宮侑の目に従って、今度は唇に舌を這わせると誘い込むように少し唇が開かれる。
薄く開いた唇を割って舌を挿し込むと「ふっ」と宮侑が小さく息を吐いた。
焦らすようにゆっくりと上顎を撫で付けるように舌を往復させ、時々からかうように宮侑の舌に自身の舌を絡めると、スルリと腰に手が回った。
自分の方へ引き寄せるようにグッと腰を押さえられ、距離が縮まる。
――あ、これ以上はあかんやつや。

「……おしまい」

最後にチュウ、と舌先を軽く吸い上げてからゆっくりと唇を離すと、まだ物足りないと訴えかけてくる目と視線が交わる。
その目に気付かない振りをしながら「ごはんにしよっか」と声を掛けながら宮侑の上から退こうとした。

「侑……?」

だけど腰に回されたままの手に阻まれて退けず、再び宮侑に視線を向ける。

「嫌や、まだ離れたない」

どこか拗ねたように唇を尖らせる宮侑に思わず笑みが零れた。
なんだか小ちゃい子どもみたい。
そんなことを考えながら宮侑の頭に手を伸ばし、小ちゃい子どもを宥めすかすように頭を撫でていたら「なあ」と遠慮がちな声が飛んできた。

「なあに?」

手を止めて話を聞く体勢に入ったら、止めないでと言わんばかりにぐりぐりと頭を押し付けてくる。
今日はやけに甘えん坊やなぁ。
そう思いながら撫でるのを再開した瞬間だった。

「……一緒に暮らさん?」

完全に油断していた私の耳に突然飛び込んできた爆弾発言にビクリと大袈裟に手が跳ねた。
よりによって直接触れている時に。
動揺したのが確実に宮侑にも伝わってしまっているに違いない。
聞こえなかった振りをするのも、誤魔化すことも無理だ。

「……ど、うしたん、急に」

「急にやない、ずっと考えとった」

ギュウ、と力強く抱き寄せられる。
身構えていなかった私はされるがままにその抱擁を受け入れた。
徐々に鼓動を速めていた心臓が、抱き締められたお陰で宮侑の姿が見えなくなったからか少し落ち着いていく。
静かに息を吐き、ゆっくりと口を開いた。

「……あかんよ、侑」

落ち着いた口調で告げる。
宮侑はその言葉に何も返さなかった。
その代わり、私を抱き締める腕に力が込められた。

「今のまんま一緒に暮らしたら侑に甘えきりになってまうやん」

「……いくらでも甘えればええやん、そんなん」

「私なぁ、胸張って侑の恋人や言える人間になりたいんよ。 せやから私が一人前になるまで待っとって?」

「一人前になるって、具体的にいつなん」

「……せやねぇ、就職したらやなぁ」

狡い言葉だと、自分でも思う。
私が就職するのは確実に宮侑と別れた後だ。
彼と別れた後、遠い土地に引っ越してそこで働く。
一緒に暮らす日は絶対に来ないのに、必ず来る未来なのだと平気で嘘を吐く。
――私も大概、女狐と同じなのかもしれない。

「ほんまに?」

さっきまでの力強さが抜け、少し身体を離した宮侑がジッと私の目を見つめる。
私の言葉が信じきれないのか、その目は不安そうに揺れている。

「うん、約束する」

その不安げな目を無視して、再び嘘の言葉を口にした。
その言葉に漸く安堵の息を吐き、宮侑は「楽しみやなぁ」と嬉しそうに笑った。



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