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▼ 03

“お前、別れられんで”

宮治に言われた言葉が頭の中で反芻する。
ぐるぐると文字の羅列が頭の中を巡って、酷く気分が悪かった。

宮侑がそこまで女狐に執着心を抱いているわけがない――他の人に言われたらきっとそう思うのだけど、相手は生まれた時から宮侑と一緒にいる双子の片割れだ。
妙に信憑性を感じて私は何も言い返せずにいると、彼は更に言葉を続けた。

「まあ、アイツをそないにしたんは紛れもなくお前自身やから自業自得や思うで」

「……そうやね」

確かにその通りだ。
そもそも今世の私が女狐なんぞに変貌しなければ二人は今でも幸せな恋人関係でいられただろう。
幸せな恋人関係だったなら宮侑も執着心を拗らせることなどなかった。
全部女狐のせい、そしてその尻拭いは“私”がやらなければならない。

「せやけど、私は侑と別れなあかん。 おねがい、協力して」

ジッと宮治を見上げると、彼は怪訝そうに眉を顰めた。
それは、意味が解らないと言いたげな顔だった。

「俺は……お前が本当に心を入れ替えたんなら別れる必要ないと思うわ」

「だ、だけど……」

「なんや別れなあかん理由でもあるんか」

宮治の言葉に私は思わず黙り込んでしまった。
心を入れ替えたんじゃなくて前世の記憶が蘇っただけで、急に前世の記憶が消えてしまう可能性を考えて宮侑と別れようとしているんだなんて――そんなこと言えるはずもない。
絶対にふざけてると思われるに決まってる。
女狐の次は電波ちゃんキャラと思われるなんて、メンタルへのダメージが計り知れない。

「ま、また侑を悲しませたりするかもしれんから……」

「さっき悲しません言うたやん。 あれ嘘なんか」

「違っ、嘘やない! 嘘やない、けど……」

何か言えば言うほどダメな方向に話しが進んでしまい、私はつい口を閉ざしてしまった。
どうしようもなく気まずくて、視線もフラリと下に落ちていく。
こんなんじゃいくら私が“侑の傷を癒す”なんて言ったところで信じてもらえないに決まってる。
前世の記憶が蘇ったところで私は私、ポンコツなところは何にも変わらないのか。
悔しいくて不甲斐なくて、ジワリと涙が浮かび始めた、その時だった。

「……高二の時やったか」

ポツリと、宮治がそう口にした。
何の話だろうかと、目尻を雑に拭いながら宮治へと視線を向ける。

「お前、急に勉強に力入れ始めて学年上位に入ったやろ」

宮治の言葉と自分の記憶を照らし合わせる。
確かに高校生の時、純粋だった頃の女狐は二年生に進級した辺りから勉学に力を入れ始めた。
それは宮侑のファンから“侑と釣り合ってない”と言われた事がきっかけだった。
胸を張って侑の恋人だと言えるように、何も持たない今の自分を変えたいと強く決意し、努力の末に夏の期末テストは学年十位以内に入ったのだ。
そしてそれを一時的なものにせず、卒業するまでその成績をキープするという徹底振り。
あの頃の女狐は本当に良い子だったなと、自分のことだが前世の意識が強い今はどこか他人事のような、親戚のおばさんみたいな目線で考えてしまう。

「侑のファンの子らに“釣り合ってない”って言われて見返すために頑張ったって聞いた時は、ほんま驚いたわ」

「う、うん……」

「そんで次はブスや言われたからって自分磨き始めて、めっちゃ垢抜けて可愛くなったやんな」

「そ、うやけど、えっ、なに?」

高校の時のお前はあんなに頑張り屋さんの良い子だったのにって話?
それは私も思っているけど、宮治がどういった意図で話しているのか解らず頭に疑問符ばかりが浮かぶ。
そんな私の困惑に気づいたのか、宮治は少し困ったような笑顔を浮かべた。

「……お前は、こうと決めたら絶対にやり切る女やったな思て」

「う、うん……?」

「だから今回もそうなんやろな。 多分お前はほんまに別れるやろし、侑を悲しませんいうのもほんまなんやろな」

「……うん、約束する」

真っ直ぐ宮治の目を見て頷くと、彼は「なんや調子狂うわ」と苦笑した。

女狐になって、私と宮治の信頼関係はとっくの昔に破綻したはずだ。
だけど彼は多分、もう一度私を信じようとしてくれているのだと思う。
その信頼をもう二度と失うわけにはいかない。
絶対に失望させないと、心に強く誓った。

「ああ、せや。 もう一つ教えたるわ」

「なに?」

「いつだったか侑に訊いたことあるんや――お前が浮気しとったらどうするって」

突然何の前触れもなく落とされた爆弾に「ヒュ」と空気が喉を抜けていった。
宮侑の執着心について聞かされた後にその話題は怖すぎる。
顔を青くしている私に気付いていないのか「なんて答えたと思う?」なんて訊いてくる宮治の言葉を無視して黙り込む。
私が答える気がないと察したのか、宮治は無情にも返事を待たずに続きの言葉を口にした。

「“俺を選ぶまで、どこまでも追いかけたる”って言うとったわ」

「…………治くんは私に別れてほしいのか別れてほしくないのか、どっちなん」

まるで別れようとするのなんて無駄やぞって忠告されているようで、思わずジトリと非難の目を向ける。
協力を仰ぐのはもう諦めたけど、別れるのを阻止しようとされたら中々に分が悪い。
宮ツインズvs私――うわ、勝てる気がしない。

「……どっちやろな、自分でも分からんわ」

「あ、そう……」

どっちつかずの返答だったけれど、とりあえず宮ツインズvs私の負け試合は避けられたようで一先ず安堵する。

「まあ俺に出来るのは、お前がまたしょうもないことしたら北さんとアランくん呼んで説教するくらいやわ」

「……それは何とも頼もしいなぁ」

冗談なのか本気なのか分からない言葉に乾いた笑い声が出た。
正論パンチの北信介と情に訴えてきそうな尾白アラン、そして宮治の三人に囲まれて説教されるのだけは本当に御免被りたい。

絶対に女狐に戻ってしまう前に宮侑と円満に別れて姿を眩ませなければ。
宮侑のためにも、そして私をもう一度信頼してくれた宮治のためにも。




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