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▼ 3.5

別に期待しとるわけちゃうし。
そう思いながらも侑は名前の言う“甘いご褒美”が貰えるのを、どこかそわそわと落ち着かない気持ちで待っていた。
しかし自分からご褒美をくれると言った名前は素知らぬ顔で、何回休み時間を挟んでも侑に声を掛けてくることはなく、休み時間が一つ過ぎる毎に侑の機嫌は目に見えて悪くなっていった。

(なんやねん……アホ)

とうとう昼休みになってしまい、侑はジトリと不満げな視線を名前に向けながら心の中で零す。
別に期待してるわけではない。
自分との約束を無かったことにされたのが不満なのだ。

いつもは片割れやバレー部の仲間と昼休みを過ごすことが多い侑だったが今日はどうしてもそういう気分になれず、自分の席で一人昼食を取る。
隣の席では名前が友人と和やかにお弁当を食べている。
一度も自分に向くことのない視線に侑はどこかイラついたように小さく舌打ちをした。

そのうち「飲み物買ってくるわぁ」と名前が席を立ち、教室を出て行った。
釣られるように侑もふらりと席を立ち、その背を追いかけるように教室を出る。
すぐ追いかけたお陰で名前に難なく追いつくことが出来た侑が引き止めるようにその肩を掴むと、振り向いた名前の目が驚きから大きく見開かれた。

――別に、期待しとったわけちゃうし。
何度目かの言い訳を心の中で浮かべながら侑は「ちょっと付き合うてや」とニコリと笑みを浮かべた。
「飲み物買いに行きたい」と逃げようとする名前に「すぐ終わる」と返し、逃がさないように名前の腕を引きながら侑は逸る気持ちに突き動かされるように足早に歩いた。

目的地である用具室に着き、躊躇いなく扉を開ける。
そのまま入るように促すつもりで名前の腕を引っ張った侑だったが、思ったより力が入ってしまったのか名前は倒れこむように膝をついた。

「ああ、引っ張りすぎたわ。 すまんなぁ」

謝罪の言葉を口にしながら侑がガチャリと鍵をかけると名前が目を見開いて侑を見上げた。
その表情は怯えているのか驚いているのか、侑には判断できない。
しかしずっと自分を無視するように何食わぬ顔をしていた名前の表情の変化は、侑の心をいくらか晴れやかにさせた。

「み、宮くん、なんで鍵かけたの?」

「そんなん邪魔されたくないからに決まっとるやん」

そう言いながら侑は名前の目の前にしゃがみ込むと、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。
最初っからこうすれば良かったのか。
律儀にお利口さんにしてご褒美を待つのではなく、こうして直接貰いに来るのが一番手っ取り早い方法だったのだと侑は一人頷いた。

「ちゃあんと一人でお片付けしたから甘〜いご褒美、くれるんやろ?」

「……せやね、ええ子にはご褒美あげたらんと」

少し間を持たせてから名前はニコリと微笑んでブレザーのポケットを探り始めた。
目当てのものを見つけたらしい彼女はス、と侑の方へ手を差し出し、ポケットから取り出したものを見せた。

「……なんや、これ」

「苺味のキャンディ。 ご要望通りの甘〜いご褒美」

名前の言葉に侑は顔を顰めた。
名前とキャンディの組み合わせは最早トラウマだ。
苦い――ではなく、辛い思い出が脳裏に蘇る。
「どーぞ」と名前に促されるまま、侑は渋々といった様子でキャンディを摘み上げた。

「……コレ、またあの辛いやつちゃうんか」

「ちゃうよ? ほら、あれとは包みも違うやん」

「どお〜だかなあ? そう言うてまた辛いやつ食わせようとしとるんやないか?」

そもそもご褒美がこんな飴玉一粒だというのも気に食わない。
ガキのおつかいやあらへんのやぞ。

「あー……せや」

侑の頭に一つの考えが浮かぶ。
ベリ、と包みを破いてキャンディを摘むと、侑はそれを名前の方へと差し出した。

「これ、やるわ」

これが唐辛子だろうと苺だろうと、侑にとって最早どうだってよかった。
唐辛子ならこのまま名前に食わせて彼女が悶絶するところを笑ってやれば良い。
彼女の言葉通り苺だったなら、適当な理由をつけて他のご褒美を強請れば良い。
どっちでも侑にとって損はない。

「い、いらんよ?」

首を横に振る名前の言葉を無視し、侑は彼女の顎を掴みながら「口、開けえや」と促す。
しかし名前の方も頑なに口を結び、いじらしく睨むように侑を見上げている。
ほーん、えらい可愛らしい顔も出来るんやなぁ。
思わず頬が緩みそうになりながら「はよせえ」と催促すると漸く名前が小さく口を開いた。
チラ、と小さな歯と赤い舌先が見える。

――あ、今ならキス出来るやん。

そんな考えが頭に浮かんだ瞬間、侑の手からキャンディが落ちていった。
コン、と落ちたキャンディが床を弾く音が耳に届くのと同時に、侑は名前の唇に自身の唇を押し付けた。

「ん……っ?!」

開いた口に舌を滑らせると名前の口から驚きの声が上がる。
名前が離れるより先に侑は彼女の後頭部に手を回し、ガッチリと固定するように押さえつけた。

「ん、んん!!」

恐らく抗議の声を上げているであろう名前を無視して侑は行為を続けた。
酷いことをしているという自覚は、ある。
しかし先に挑発してきたのは名前の方だと、侑は誰に言うわけでもなく心の中で言い訳を連ねた。
舌先を吸い上げ、上顎をなぞる。
からかうだけならばもう十分なほど口付けを交わしたはずだが、それでも侑は止めなかった。

(あれ……なんでキスしたいんやったっけ)

ボンヤリとそう考えながら、今度は舌を絡めようとしたその瞬間だった。
鋭い痛みが、侑を襲った。

「……ッ!」

咄嗟に侑は唇を離し、名前から距離を取った。
舌先がズキズキと熱い痛いを訴えており、そこで漸く侑は名前に舌を噛まれたのだと理解した。

「いった……っ、なにすんねん!」

すかさず名前に文句をぶつけた侑だったが、名前と目が合った瞬間ビクリと小さく肩を跳ねさせた。

「宮くんこそ、何してんの」

低い声色と身が凍えるような冷たい視線。
それは普段の名前からは想像もつかない、怒りを纏った雰囲気だった。
そらぁ怒るやろ、とやけに冷静な声が侑の頭に浮かぶ。
でもこんな怒ることないやん、とポンコツな自分の声も浮かび、侑はどっちの声を受け入れるべきか解らずにただ名前の冷めた目を見続けることしか出来なかった。

ゆっくりと立ち上がった名前が侑を見下ろす。
相変わらずその目は冷たく、侑はまるで心臓が縮み上がっているのかと錯覚するかのような痛みを感じていた。

「言うたよね? 宮くんにはしてあげんて」

「言……うた、けど……それがなんやねん」

「せやのに、こーんな密室にまで引っ張り込んで」

フ、と名前が笑みを浮かべた。
今まで侑や他の人間に向けていた愛情深い笑顔ではなく、やけに情欲的な笑みだった。
ゾクリと侑の身体に刺激が走る。
それは恐怖などではなく、官能的な刺激だった。

(なん、やねん……)

ドクドクと心臓が忙しなく動き、体中が熱くなる。
名前から目を逸らしてしまえばきっと楽になれるのに、侑はまるで魅入られたように名前から視線を逸らすことが出来なかった。

「そんなに私とキスしたかったん?」

侑の目の前で少し屈んだ名前の手が、さらりと掬うように侑の前髪をひと撫でしていく。

「かわええなぁ」

再び名前がフ、と微笑んだ。
その笑顔はさっきまでの情欲的なものとは打って変わって、いつもの愛情深い笑顔だった。
怒りを含ませた冷めた視線からの情欲的な笑み、そして最後には愛おしいものを見るかのような笑顔。
とんでもない寒暖差に侑は思考が追いつかなくなっていた。

「キャンディ、ちゃあんと拾って捨てとかなあかんよ」

侑が何も言えずにいると名前はひらりと手を振って、さっさと用具室から出て行ってしまった。

「なんやねん……」

そう侑が発言したのは名前が出て行ってから数分後のことだった。
心臓の鼓動は少し落ち着いてきたが思考回路は相変わらずグチャグチャで、なにがなんだか解らない。

――ただ、ちょっと仕返ししてやろうと思ただけやったのに。
唐辛子キャンディを食わされた仕返しにちょっとからかってやろうと思っただけ。
こんなしっぺ返しをされると解っていたら手なんか出さんかった。

「あかん、あかんやろぉ……」

手で顔を覆い、酷く弱々しい声を零した侑は自分の中に現れた感情に気付いてしまった。
いや、でもあかんやろ、さすがに嘘やん。
だってあまりにもチョロすぎる。

自分に向かって“かわええなぁ”と微笑んだ名前の顔が脳裏に浮かぶ。
それだけで侑の心は高揚し、思わず「あ゛ー……」と唸るような声が出た。
あまりの寒暖差にトチ狂ってしまったのか、侑の心に名前への好意が芽生えてしまったのだ。



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