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▼ 3

昼休み、私はいつも通りクラスの友達と机を挟んで和やかなランチタイムを楽しんでいた。
資料室での一件があったから休み時間の度に隣の席の宮侑から何か言われるんじゃないかとヒヤヒヤしていたけれど、こうして昼休みになっても何もないということは向こうも特に気にしていないのだろう。

次の授業数学やん、絶対寝てまうわあ、なんてたわいもない会話をしていると、ふと飲み物を買ってなかった事に気づいた。
気づいてしまえば何故だか無性に喉が渇いてしまい、友達に一言断ってから一人飲み物を買いに席を立つ。

あーなんや甘いもんの気分やなあ、いちごミルク飲みたいなあ。
そう考えながら一番近い自販機ではなく、ちょっと離れた方の自販機へと足を進めていると不意に後ろから肩を掴まれ、何事かと振り向く。
甘いものが飲みたいという欲求を抑えられなかったのが悪いのか、資料室での一件があったのに油断して軽率に一人になったのが悪かったのか――私の肩を掴んでいたのは宮侑だった。

「ちょっと付き合うてや」

そう言ってわざとらしいほどニッコリ笑う宮侑に引き攣った笑顔を返す。
「飲み物買いに行きたいんやけど」と苦し紛れに口にしてみたが「すぐ終わる」と返され、そのまま宮侑は私の腕を引くとスタスタと歩き出した。

「……宮くん、どこまで行くん?」

「すぐそこや」

だからどこやねん、と口に出し掛けたその時、宮侑の足が止まった。
そして用具室と書かれた扉を躊躇いなく開けると、遠慮なくズカズカと足を踏み入れる。
部屋に入るなり放り投げられるように腕を引かれ、突然のことに身体が追いつかずにバランスを崩し倒れ込むように膝をついた。

「ああ、引っ張りすぎたわ。 すまんなぁ」

なんて悪びれる様子もない声色で言いながら宮侑は扉を閉め、ガチャリと鍵をかけた。

「み、宮くん、なんで鍵かけたん?」

「そんなん邪魔されたくないからに決まっとるやん」

宮侑が私の目の前でしゃがみ込み、目線が合う。
まるで弧を描くように細められた目にゾクリと寒気を感じた。
――ああ、ヤバいやつや、これ。
資料室でも感じた恐怖が今、私の全身を駆け巡っている。
身体が言うこと聞かんくて、ヤツから目が離せない、この感じ。

「ちゃあんと一人でお片付けしたから甘〜いご褒美、くれるんやろ?」

「……っ」

――恐怖に飲まれたら負ける。
負けたらもう、コイツに傷をつけることすら出来んくなる。
それだけは絶対に許さない。
自分の心を鼓舞し、なんとか恐怖を振り切って宮侑を真っ直ぐ見据えていつも通りの笑顔を浮かべてみせた。

「……せやね、ええ子にはご褒美あげたらんと」

確かブレザーのポケットに苺味のキャンディを入れていたはずだと、ポケットの中を探る。
予想通りキャンディが一つ入っていて、それを宮侑へと差し出した。

「……なんや、これ」

「苺味のキャンディ。 ご要望通りの甘〜いご褒美」

私の言葉に宮侑は顔を顰めた。
ヤツが何と思おうが甘いご褒美には変わりない。
早く受け取れと意味を込めて「どーぞ」と促すと、宮侑は渋々といった様子でキャンディを受け取った。

「……コレ、またあの辛いやつちゃうんか」

「ちゃうよ? ほら、あれとは包みも違うやん」

「どお〜だかなあ? そう言うてまた辛いやつ食わせようとしとるんやないか?」

よっぽど唐辛子キャンディを根に持ってるのか、包みに苺のイラストが付いているにも関わらず宮侑は頑なに私の言葉を信じようとしなかった。
文句あるなら返せや、と言いたいところだが生憎今はこの一つしかキャンディを持ち合わせておらず、これ以外に甘いご褒美を渡せないのだ。
甘いご褒美を渡さない限り解放されなさそうな雰囲気だし、このキャンディで納得してもらう他ない。

「あー……せや」

何か思いついたらしく宮侑はベリ、と包みを破いてキャンディを指で摘んだ。
そしてニッコリと笑うと「なあ」と私に向かって口を開いた。
――嫌な予感がする。

「これ、やるわ」

嫌な予感は当たっていたらしく、宮侑は摘んだキャンディをズイ、と私に差し出した。
どうやらコレが唐辛子キャンディだと確信しているらしい宮侑は、私が辛さに悶える様子を見たいのだろう。
だけどコレは至って普通の苺味、辛さに悶えることはない。

「い、いらんよ?」

しかし、問題はそこではない。
宮侑が素手で触れたキャンディなど苺だろうが唐辛子だろうが口にしたくなかった。
誰が好き好んで嫌いな人間が触れたものを口にしたいと思うだろうか。

首を横に振る私に益々自分の考えに確信を持ったであろう宮侑は、嫌味なほどニッコリと笑って「口、開けえや」と言って私の顎を掴んだ。
キュッと口を結んで抵抗してみるが、向こうも折れる様子がない。
「はよせえ」と催促され、渋々口を小さく開ける。
此処出たらさっさと吐き出そ――そう思った瞬間のことだった。

コン、と小さく床を弾く音が聞こえた。

「ん……っ?!」

音に気を取られた隙に唇に押し当てられた柔い感触と口内に無遠慮に入り込んできた、ぬるりとした熱いモノ。
そして、さっきよりも近くにある宮侑の顔。
自分の身に何が起こっているのかすぐに理解した。
すぐに引き離そうとするが、それより先に宮侑の手が私の後頭部に回され、ガッチリと固定される。
必死に抵抗しようと試みるが力の差がありすぎてビクともしない。

「ん、んん!!」

必死に声を上げても離れる様子のない宮侑に段々と苛立ちが募っていく。
なんでこんなヤツに好き勝手されなあかんのや……!
悪戯に舌を軽く吸い上げたり、口内をなぞるように舌先を這わせたり好き勝手蹂躙するようなキスに私の中で何かがキレる音がした。

「……ッ!」

咄嗟に思い切り宮侑の舌に噛み付くと、ヤツはビクリと身体を跳ねさせながら漸く私から離れていった。
漸く解放された身体を護るように自身の肩を抱きながら荒くなった呼吸を整えると、怒りと屈辱でくらくらしていた頭が少し落ち着きを取り戻した。

「いった……っ、なにすんねん!」

「宮くんこそ、何してんの」

意図せず地の底を這うような低い声が出た。
ゆっくりと立ち上がり、床に座り込んだ状態の宮侑を冷めた目で見下ろす。
ヤツが驚きから目を見開いたのを見ると、まだ猫被ってた方が良いんじゃないかとやけに冷静な思考が訴えかけてくるが、そんな声は無視して私は更に言葉を続けた。

「言うたよね? 宮くんにはしてあげんて」

「言……うた、けど……それがなんやねん」

「せやのに、こーんな密室にまで引っ張り込んで」

出来るだけ嫌味っぽく、相手に屈辱を与えるような笑顔を浮かべる。
鏡がないから実際に自分がどんな表情をしているのか解らない。
だけど少しでも宮侑に何かしらのダメージが与えられたらそれで良い。

「そんなに私とキスしたかったん?」

一歩、宮侑の方へ歩み寄る。
そして少し屈んでその前髪をさらりと掬うようにひと撫でした。

「かわええなぁ」

フ、と鼻で笑うと宮侑の顔が真っ赤に染まり、益々自分の頬が緩むのを感じた。
してやったり、まさにそんな気分だ。

「キャンディ、ちゃあんと拾って捨てとかなあかんよ」

ひらりと手を振り、用具室を後にする。
私が用具室を出る瞬間も宮侑は座り込んだまま呆然としていて、追いかけてくる様子はなかった。

少し歩いて用具室から離れた途端ふらりと体から力が抜け、壁に寄りかかった。
今になって心臓の鼓動が忙しなくなって、じとりと掌に汗が滲み出す。
さっきまで宮侑に向けていた怒りが静まっていき、代わりに恐怖心が胸の奥底から湧き上がってきた。

「こわかった……」

喰われるかと思った。
キスされた時に怒りじゃなくて恐怖が浮かんでいたら負けていた。
ずるずると壁にもたれかかりながらしゃがみ込む。
もう、いちごミルクの気分ではなくなっていた。



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