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「あー、日直。 すまんけどコレ資料室になおしといてやー」

「はあい」

教師の言葉に返事をしながら「なおしといて」と言われた教材に視線をやる。
一人で持って行くには少し量が多く、これはもう一人の日直に声を掛ける必要があるな、と考えて小さく溜め息を吐いた。
日直は席順で決められており、もう一人の日直はヤツ――宮侑だ。
どう考えてもあの男が私の頼みに素直に応じるとは思えない。

唐辛子キャンディを食わせてから数日、時々睨むような視線を私に向ける宮侑とは必要最低限しか言葉を交わしていなかった。
あまり早急に距離を縮めようとしても逆に鬱陶しがられると判断したから、敢えてこちらから交流を深めようとはしてこなかった。

とりあえず宮侑には声を掛けるだけかけて断られたら友達に手伝ってもらおうか、と考えたその時、いつの間にか側まで来ていた宮侑が教材の半分以上を手に取り「行くで」とぶっきらぼうに声を掛けてきた。

「……宮くんも行ってくれるん? ありがとお」

驚きすぎて一瞬反応が遅れてしまったが何とか持ち直してお礼を言うと顔を顰めながら「さっさとしろや」と急かしてきたため慌てて残りの教材を持ち、宮侑の後を追った。



道すがら一言も言葉を交わすことはなく、気まずい空気のまま目的地である資料室へと辿り着いた。
両手一杯に教材を持っている宮侑の代わりに扉を開け、先に中へと足を踏み入れる。
埃っぽい空気に少し顔を顰めていると、私の後から続いて資料室へ入ってきた宮侑も同じ気持ちなのか一つ咳払いをした。

「これどこになおすんかなぁ」

独り言のように呟いた言葉には当然返事は返ってこなかった。
まあ、無視されるのも想定内。
だけど他のクラスメイトの目が無い二人っきりの空間――利用しない手はない。
ちょっと躓いた振りして胸でも当ててみるか、と我ながらしょうもない事を考え付いたその時。
背後から、誰かに力強く抱きしめられた。

(……は?)

ビックリし過ぎて持ってた教材を落としてしまった。
折れ曲がったりしたら流石に先生に怒られたりするんかな、と半ば現実逃避するように考えるが心臓の鼓動はあまりにも正直で、バクバクと強く早く脈打っている。

――誰か、なんてこの部屋には私の他にもう一人しかいないのだから犯人なんて解り切っていた。
耳元で微かに相手の息遣いが聞こえ、声が震えそうになるのを必死に押さえ込んでゆっくりと「宮くん?」と呼びかける。
幸い声は震える事はなく、いつも通りの声が出てくれた。

私の呼びかけに宮侑は小さく舌打ちをしただけで、言葉を返してくる事はなかった。
なんやコイツ喧嘩売っとるんか。
他に誰もいない二人っきりの密室、一発くらいこの横っ面ぶん殴っても言い逃れできるんちゃうか。
そんな物騒な事を考えつつ、「どないしたん? 立ち眩み?」と表面上心配している振りをしておく。

「……ほんまにこの状況解らんのか?」

低く、怒気を含ませた声色に一瞬息が止まった。
え、めっちゃ怒っとるやん、そんなに唐辛子キャンディあかんかったか。
どうやら他の女の子とは違う作戦は失敗に終わっていたらしい。
それと同時に一つの事実に気付く。

「こっち見ぃや」

宮侑の手が私の顎を掴んで無理矢理後ろを向かせた。
不機嫌そうに私を見下ろす目とパチリと視線が交わる。

――多分、宮侑も私と同じことをしようとしている。
唐辛子キャンディの一件で怒り心頭な宮侑はどうにか私に一泡吹かせてやろうと考えているのだろう。
そしてその手段に自分の容姿を最大限に利用した――所謂ハニートラップのようなものを選んだ。
後ろから抱きしめてきたのも、少し顔を近づけたらキスできてしまいそうな距離感なのもその為だろう。
私が少しでも慌てふためいたり顔を赤らめようなら何をされるか分かったもんじゃない。
同じことを宮侑にしようと思っている私が言えたことではないが、本当に碌でもないヤツだと再認識した。

(その勝負、受けて立ったるわ……)

先に相手の行動に心を動かされた方が負けの勝負。
心を動かされた方が、きっとでっかい傷を負うことになるだろう。
勝機はきっと私にある。
妹を泣かしたクソ野郎に心動かされることなんてあってたまるか。

「首痛いわ、離したって?」

顎を掴んでいるヤツの手にソ、と自分の手を重ねると意外にも宮は素直に手を離し、ゆっくりと腕を下ろした。
小さな痛みを訴える首を軽くさすりながら、私は宮の方へ向き合った。

「どうしたん、宮くん」

心配そうな表情を意識しながら真っ直ぐ見つめると、宮侑も真っ直ぐ見つめ返してくる。
その顔はどこか不満そうで、きっと私が思った通りの反応を見せなかった事が不服なのだろう。
そのうち、宮侑は諦めたのか溜息を吐くと「何もあらへん、ただの立ち眩みや」と小さく口にした。
その言葉は宮侑のターンが終わったことを意味する。
じゃあ――次は私の番や。

「なんや、キスでもしたいんかと思ったわあ」

冗談っぽく、揶揄うように告げるとヤツは少しだけ目を見開いた。
そして何か言おうとするように微かに開いた口が小さく動いたが、いくら待っても宮侑が発言することはなく、私が小さく首を傾げると宮侑の喉がゴクリと鳴った。

「……キスしてええんか」

低く、唸るような声に思わずビクリと肩が跳ねた。
声だけじゃない――まるで獲物を狙うかのように鋭くなった宮侑の眼光に、心臓が痛いくらい早鐘を打つ。

恐怖を、感じていた。
このまま呑まれてしまいそうな恐怖が胸の内からじわじわと湧き上がってくる。
怖いのに目が離せないまま硬直していると、ヤツの手が私の頬にソ、と触れた。
粗暴な男だと思っていたが、その手つきはまるでガラス細工に触れるかのように優しくて思わず目を見開く。

「ええんやな?」

再度確認すると、宮侑は身を屈めてゆっくりと唇を寄せてきた。
やばい、キスされる――そう思考が危険信号を出したのは互いの唇があと数センチでくっついてしまいそうな時だった。
すんでのところで咄嗟に顔を軽く逸らし、ヤツの唇を避ける。
そして代わりにヤツの耳に唇を寄せ、口を開いた。

「だーめ

――ありえんくらい、甘い声が出た。
語尾にハートマークでも付いとるんじゃないかってくらい甘く、誘惑するような声。
こんな声出せたんかと自分でも驚いていたら、私よりも宮侑の方が大きな動揺を見せた。
咄嗟に距離を取るように私から身体を離し、顔を真っ赤に色づかせながら耳を押さえて硬直している。

暫しの沈黙の後、先に我に返ったのは私の方だった。
宮侑が放心している間にスルリと横を通り抜け、さっさとこの部屋から脱出しようと扉に手をかける。
怖すぎて勝負どころではなく、早く人のいる場所に戻りたかった。
だけど扉はガチャガチャと音がするばかりで、私より後から入った宮侑が鍵をかけたんだということはすぐに察しがついた。

「えー、宮くんなんで鍵かけてるん?」

能天気を装いながら笑って言うが心の中では完全にドン引きしていた。
コイツさては滅茶苦茶ゲスいことしようとしてたんやないやろな。
そう考えると、さっきキスされていたら本当にヤバかったかもしれない。
どんな手を使ってでも宮侑の心に傷を残すと誓ったけれど、そう簡単に身体まで明け渡す気はないし普通に怖い。

「……っ、ちょお待てや! 今のはキスする流れやろ?!」

私が錠を上げて資料室を出ようとしたタイミングで、我に返った宮侑が吠えるように声を上げた。
振り返るとヤツの顔が私へと向いていた。
未だに頬を赤く色づかせている宮侑と目が合ってももう私の中に恐怖心が浮かぶことはなく、その事に内心安堵しながら、ゆるりと口角を上げる。

「宮くんにはしてあげん」

ニッコリと笑って言えば、宮侑は「あ゛?」と心底不機嫌そうに凄んだ。
視線だけで射殺せそうな目付きに再びジワリと恐怖心が浮かぶ。
あかん、さっさと退散しよ。

「それとそれ、一人でお片付けできたら甘〜いご褒美あげるから頑張ってなぁ」

それとそれ――宮侑が運んだ教材とヤツのせいで落としてしまった教材を指差し、ヤツが何か言い出す前に資料室を後にした。

人気の無い廊下を駆け足で進む。
宮侑の姿がないか何度も後ろを確認しながら漸く教室に辿り着き、少し荒くなった呼吸を整えながら席につくと後ろの席の子に「あれ、侑くんは?」と声を掛けられた。

「片付けとくから先に戻ってええよって言ってくれてん」

「へえー、侑くん意外と優しいなあ」

私の嘘をあっさり信じた後ろの席の彼女が表情を緩ませるのを見ながら私は「せやなあ」と力なく呟くように返した。



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