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▼ 1.5

二年生へ進級し、新しいクラスに浮き足立つ他のクラスメイトとは対照的に宮侑は“早よバレーしたい”と考えながら机に肘を付き、つまらなさそうな表情を浮かべていた。

「隣の席、宮くんなんや。 よろしくー」

そんな侑に声をかけたのは左隣の女生徒だった。
右隣の席になった自分に人当たりの良い笑顔を浮かべながら声をかける彼女を見ながら、侑はボンヤリと“あ、コイツあれや”と思い出した。

同じ学年ではあるが今まで交流はなく、彼女がどんな人物なのかは侑は詳しくは知らない。
しかし、それでも顔が広いらしい彼女の話題はどこへ行っても耳にした。
彼女の交友関係は性別や学年に縛られず、しかもどんなグループにもすぐ馴染んでしまうらしい。
そして皆が皆、口を揃えて言うのだ――彼女は良い子だと。
それを聞く度に「んなわけあるかい」と侑は心の中でツッコミを入れていた。
いや、実際口にしたかもしれない。
正直そこらへんの記憶はあやふやだが、とにかく侑は彼女に不信感と少しの嫌悪感のようなものを抱いていた。

万人に好かれる人間なんて居るわけがない。
何処かで少なからず嫌悪感や嫉妬心を抱かれるはずなのだ。
それなのに今までそんな話を聞いたことはなく、めでたく侑が彼女に嫌悪感を抱いた記念すべき第一号ということになった。
そして、侑はそういった嫌悪感をすぐに表に出してしまう性格だった。

「……自分、キショいわ」

シン――と教室内が静まり返る。
先程までクラス替えというイベントで盛り上がっていた教室内は侑の一言で水を打ったように音を無くした。
おふざけではない、ガチのトーンだと誰もが察していた。
幸か不幸かクラス担任はプリントを取りに職員室へ行っており、侑の発言を咎める大人が教室に居なかった。
緊張した面持ちでクラス中の人間が彼女の方へ視線を向けると彼女は変わらず笑顔を浮かべ、この教室でただ一人、穏やかな表情を見せていた。

「ふふっ、悪い口」

侑の暴言など全く気にする様子もない彼女は笑みを深くすると鞄の中からポーチを取り出し、赤い包みのキャンディを一つ、侑の机へコロンと置いた。

「……なんやコレ」

「キャンディ。 宮くん辛口過ぎるからちょっとでも甘〜くなれば良えなって」

火に油を注ぐような発言に侑のこめかみに青筋が浮かぶ。
おう、上等やコラ。
そんな声が聞こえてきそうな形相で侑は勢いよく彼女へと顔を向けた。

「……っ!」

しかし侑の口から暴言の一つはおろか単語の一つさえ出てくることはなく、ただ視界に映った彼女の顔を呆然と見つめることしか出来なかった。

「食べて?」

この目のせいや――と侑は靄がかった思考回路でそう考えた。
性格キツいって評判の先輩がこの女のことは可愛がるのも、部活も委員会も違う同級生達がこの女慕うのも――そして、自分が今こんなふうに考えてしまうのも全部この目のせいや。

それは一言で言えば優しい目。
だけど“優しい”なんて一言であっさり済ませられないような、そんな目なのだ。
生まれたての我が子を見る母親のように、愛おしい恋人にキスする間際のように、こっちの全てを受け入れてくれるような優しい目で彼女は真っ直ぐこっちを見てくる。
その目に見つめられていると、侑は思考回路がじわじわと熱に侵されていくのを感じた。
“食べて”と言った彼女の声は侑の頭の中にこびり付いて離れず、何度も反芻するように頭の中で繰り返し再生される。

侑の手がキャンディへと伸ばされた。
何でこんな女の言う通りに――なんて心の奥の方から小さな声が上がるが、侑の身体はそんな心の声など聞こえていないのか、キャンディを手に取るとゆっくりと包みを解いた。

侑の視線が彼女の目へと向く。
彼女の目を見ながら、侑はキャンディを口へ運んだ。
しっかりと口の中に入れる様を見せつけるように「あっ」と口を開き、舌の上にキャンディを乗せる。
口を閉じると、コロンとキャンディが口内を転がった。

「おいしい?」

キャンディを口の中で転がす侑の様子を見て彼女はより一層笑みを深めた。
声もどこか楽しげに弾んでおり、侑は少し居心地悪そうに視線を逸らしながら「ん」と短く返事をした。

「ん……? なんや変わっ、んん゛ん゛?!?!」

なんや変わった味やな――と続くはずだった侑の言葉は言い終わる前に悲鳴のような唸り声に変わった。
反射的に口内のキャンディをペッと吐き出してしまい、まだ丸っこい形のままのキャンディはコン、と床を跳ねると二つ前の席まで転がっていった。

「かっら!!! なんやねんアレ?!」

「唐辛子キャンディ。 流石に辛かったかあ」

「辛いに決まっとるやろ!? なんてもん食わすねんこのアマ!!」

まだ口の中に残る痛いくらいの辛味のせいで顔を真っ赤にしながら涙目で食ってかかる侑と、そんな侑に臆することなくニコニコと笑う彼女の様子を見ていたクラスメイトの一人が「ふふっ」と小さく笑い声を漏らした。
それを皮切りに緊張の糸が解けたようにクラス中に笑い声が広がり、何人かが侑に向かってヤジを飛ばし始める。

「侑、今のはお前が悪いでー!」

「はよ飴ちゃん拾い〜」

「あっはは! 侑くん顔真っ赤やん!」

そんなクラスメイト達からの野次に対して侑は「うっさいわドアホ!」と悪態を吐きながらも落としたキャンディを拾おうと席を立った。
すると左隣から再び「宮くん」と声を掛けられ、侑に唐辛子キャンディを渡した張本人がス、とポケットティッシュを差し出してきた。
「使って」と微笑む彼女に侑は小さく舌打ちをすると、差し出されたポケットティッシュの中身をゴッソリと抜き取った。
これちょっとお高いティッシュやん、ざまあみろ。
そんな性格の悪いことを考えながら侑は落ちたキャンディをティッシュに包むと、ごみ箱にポイ、と投げ入れた。

席に戻ると彼女は既に侑から興味が失せてしまったのか後ろの席の女子と楽しそうに世間話に興じており、その様子が侑を酷く不愉快にさせた。
だからといってわざわざこちらから話しかける気も無いのだが、どうにもムシャクシャしてならない。

(絶対近いうち泣かしたるから覚えとけよ……!)

苛立ちを隠さず大きく音を立てながら席に座った侑は、左隣を睨むように見ながら腹の奥底からじわじわと湧き上がる苛立ちを消化しようと深く息を吐くのだった。


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