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▼ 宮侑

「……まだ居ったんか」

(うわぁ……)

心の中でげんなりとした声を上げた。
多分声が出てたら直接口にしていたと思う。

部室に入って来たのは宮侑だった。
稲荷崎の自慢のナンバーワンセッターである宮と私はまあ、何と言うか、あまり相性が良くなかった。
互いに思ったことをすぐに口に出しがちな性格のためよく衝突することがあり、二人纏めて北主将からお説教をくらうことも多く、つまるところ仲が悪いのだ。

「いつまでボーっとしとんねん。 着替えるんやからさっさと出てけや」

ジロリと睨むような視線を寄越してくる宮にいつもの癖で文句を言おうと口を開くが、すぐに声が出ないことを思い出して俯いた。
く、うう……言われっぱなしなんて屈辱すぎる。
俯きながら屈辱に震えていると、宮が珍しく「お、おい、なんやねん」と少し焦ったように声を掛けてきた。
バッと顔を上げて睨むように宮を見上げた。
一瞬面食らったような表情をした宮だったが、すぐにいつもの調子で「なに睨んどんねん」と凄んできた。
背に、背に腹は変えられぬ……うぐぅ。
唇を噛み締めながら鞄からノートとペンを引っ張り出し、いつもよりグチャグチャと崩れた文字を書き上げる。

“宮とキスせんと声が戻らん呪いにかかった”

そう書いたノートを千切って押し付けるように宮に渡すと、宮は怪訝そうな顔をしながらノートの切れ端に視線を落とした。
暫しの沈黙の後、切れ端と私の顔を今後に見た宮は私の表情を見て嘘やないと理解したようで、小さく「どんな呪いやねん」とツッコミを入れた。
その言葉だけは私も完全に同意する。
どんな呪いやねん、ほんまに。

「フーン……?」

ぽつり、と宮が呟く。
その顔はすぐにニヤリと意地の悪い笑顔に変わり、嫌な予感を覚えた。

「まーあ? この方が静かやし? このままでええんとちゃうかー?」

などと底意地の悪いことを口にすると、宮は私に背を向けてロッカーから荷物を取り出し始めた。
こ、こいつほんまに放置する気や……!
この性格ポンコツくそ野郎!!
いつもだったらそうやって真っ先に罵ってやるのに無情にも私の口からは罵声の一つも出やしなかった。

このままでええってなんやねん、本気で言うとるんか。
もしも声が戻らなかったらマネージャーを続けるのは難しくなる。
作業は出来ても意思の疎通が難しくなったら確実にどこかで部員に迷惑かけるし、迷惑がかかると解っていてマネージャーを続けることは出来ない。
それになによりも――

(応援、出来んくなる……)

ポロ、と一粒涙が零れ落ちる。
一つ零れると歯止めが利かなくなって、次々と両目から涙が零れ出した。
ジャージの袖で雑に拭うが涙は止まらず流れ続ける。
ズズ、と鼻を啜ると、宮がゆっくりと振り返った。

「えっ!? や、ちょっ、嘘! 嘘やって、ジョーダン!!」

私が泣いていることに気付くと、宮はギョッと目を見開きながら慌てて駆け寄って来た。
性格ポンコツのくせに女の涙に弱いのかオロオロと私の顔を覗きこみ、どうすることも出来ずに手を彷徨わせている。
そんな宮の様子を見ていたら何だか可笑しくて、「ふっ」と鼻から空気が抜けていった。
一度笑うと涙も引っ込み始めて、再びゴシゴシと目元を擦ったらもう視界が滲まなかった。

私が泣き止むと宮は安堵の息を吐きながら、おもむろに口を開いた。

「あー……その、キス……すれば、ええんか?」

気まずそうに視線を逸らしながら問われ、コクリと頷いた。
だけど視線を外しているせいで私が頷いたのが見えていなかったようで宮から何の返答もない。
クイ、とジャージの裾を引くと、漸く宮の視線がこちらへ向いた。
しっかりと視線が交わってるのを確認してから、ゆっくりと口を開く。

“キ ス し て”

ちゃんと伝わるように緩やかな速度で口を動かす。
伝わるか不安だったけれどどうやら杞憂だったらしい。
意外にも初心なのか、宮は顔を真っ赤に色付かせて狼狽し始めたのだ。
こんな状況じゃなかったらすぐに写真撮って角名と治に送ってやるのに。
惜しいことをした。

「……後で文句言うんやないで」

念を押してくる宮にコクコクと頷くと、宮の手が私の両肩に置かれた。
思えばこんなに近くで宮の手を見たのは初めてかもしれない。
おんなじ部活なのに、変なの。
現実逃避気味にそんなことを考えていたら「こっち向けや」と不機嫌そうな声が飛んできた。
遠慮がちに宮に顔を向けると、不機嫌そうだった声色とは裏腹にその顔は真っ赤に染まっていて不安げに瞳が揺れている。

「す、するで」

コクリ。
小さく頷くと宮が少し屈んでゆっくりと唇を寄せてきた。
至近距離で宮と顔を合わせるのが耐えられなくてギュッときつく瞼を閉じる。
少しして、唇にふに、と柔らかなものが当たった。
その柔らかな感触はすぐに離れていってしまい、私は思わず瞼を開けた。

至近距離で宮と視線が交わる。
その目は熱く蕩けそうなほど甘くて、間違っても仲の悪い女に向けるようなものではなかった。
――その目に、不覚にも心臓が高鳴った。
いやいや待てや私、こんなん何かの間違いやろ。
だって相手はあの宮やで?
女子にも平気でブタって暴言吐いてくる性格ポンコツの人でなしにドキドキするとか、そんなん有り得んやろ。

「なあ、もっかいしてもええ……?」

スリ、と宮のよく手入れされた指が私の下唇に触れた。

頭に熱が篭ってるようだった。
クラクラして、正常な判断が出来ない。
もっと宮に触れて欲しい、なんて思い始める。

正常じゃない思考に従うままにコクリと小さく頷くと、遠慮がちに唇が合わさった。
さっきは一瞬で離れた唇が、今度はじっくりと感触を確かめるように、しつこいくらい合わせられる。
互いの呼吸音が徐々に速まっていくのも気付かないくらい、夢中で求め合うように口付けを繰り返しているとフ、と宮が唇を離した。

「あかん……めっちゃ気持ちい」

どこかウットリとした声色でそう零す宮を、いつもの私なら盛大にからかっただろう。
ちょっと唇合わせただけで大袈裟やと笑ったはずだ。
だけど今の私はそんな宮を笑えなかった。
私も、めっちゃ気持ち良いと感じてしまったからだ。

「なあ、舌出して」

頷く代わりに口を開いて少し舌を出すと舌先同士がチョン、と合わせられた。
そのままなぞるように舌が私の口内に侵入してきて、ゾクリとした刺激が背筋を通っていく。
今の刺激がもう一度欲しくて今度は自分から宮の舌をなぞると、またゾクリと身体が震えた。
あー……なんやろ、これ。
なんで相手が宮なのにこんなに高揚するんやろ。
こんなん、まるで私が宮のこと――

「は……っ、好き」

「は?」

「……え?」

私の思考があらぬ方向へたどり着こうとしたその時、私ではない低く熱の篭った声が鼓膜を揺らした。
違う、今好きと言ったのは私じゃない。
宮が、言った。

「え、なに……好きって」

唇が離れ、一歩後ずさると宮はあからさまに動揺を見せた。

「や、そ……ああ! お前声戻っとるやん!!」

「ああ、ほんまや。 いや、そんなことより好きってなに?」

ジッと見上げると、宮は顔を真っ赤にさせて睨むように私を見下ろした。
その様子を見てピンとくる。
ふぅん? へえー? なるほどなぁ?
どうやら宮は「好き」と言ったのは不本意で、キスしてたらテンションが上がっちゃってつい口にしてしまったのだろう。
キスしただけで好きって言っちゃうなんて何て言うかチョロいなぁ。
宮をからかうネタを手に入れ、思わずニヤリと口角が上がった。

「もしかしてキスしただけで好きになったん? チョロいなぁ」

「チョロないわ!! こちとら一年の頃から片想い中や!!」

「は?」

「あっ」

沈黙が流れる。
あからさまに「しまった!」と言うかのような顔をして頬を真っ赤に染めている宮を見るに、これは宮の本音なのだろう。
最早からかう気にもなれないほどの気まずさが漂い始めていた。

「な、なんか言えや」

「なんか」

「コイツ……!」

気まずい雰囲気でも宮をおちょくるのだけは止めない。
悔しそうに顔を顰める宮をジッと見上げると、すぐに向こうから視線を逸らされた。

そもそも一年の頃からってなんやねん。
そんな素振り見せんどころか、いっつも睨むように見てきたり突っかかってきたりしてたやん。
あれか、好きな子いじめちゃう小学生か。
バレーしとる時だけじゃなく恋愛方面でも精神年齢下がるんか。

「じゃ、私もう帰るから。 お疲れ」

「ハァ!? なんでこの状況で帰んねん!!」

「宮もはよ着替えて帰りやー」

帰り支度の済んでいない宮を置いてさっさと部室を出ると背後から「なんやねんこのアホ!」と低レベルな罵声を受けた。

すっかり人のいなくなってしまった校門までの道を早足で歩く。
歩きながら考えるのは宮のことだ。
あの宮が私のことを好きだなんて、今思い出しても実感が湧かない。

「……可愛かったなぁ」

付き合う気はさらさらないし宮に恋愛感情なんか抱いてないけど、キスしてる時の宮の顔はちょっと可愛かった。
明日顔を合わせた時にあの可愛い顔を思い出してしまったら、いつも通りの態度を取れるかちょっと自信がない。
早くこの記憶を頭から追い出さないと。
そう思い、じわりと熱を持ち始めた頭を冷やすため私は帰路を走り出した。


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