小説 | ナノ


ソンヒと出会ったのはまだ少女の頃だった。
母親に連れられ、同胞が集っているという異人町へと流れ着いた際、初めて彼女と顔を合わせた。
ソンヒは幼い頃から気が強く、泣き虫だった私とは反りが合わないと思われていたけど意外にも甲斐甲斐しく年下の私の世話を焼いてくれていた。
大人になってソンヒがコミジュルの総帥になってからは今度は私が彼女の世話を焼く番になった。

毎朝ソンヒの髪を整えて化粧を施し、食事を作って一緒に食べる。
ソンヒが仕事で外に出ている間は掃除や洗濯などの家事に追われ、時間が空けば居住区の人達のお手伝いをして過ごしている。
そしてソンヒが帰ってきたら軽めの夕飯を食べて一緒にお風呂に入って同じベッドで眠る――毎日この繰り返しだ。

いつだったか彼女の参謀が「ソンヒとはどういったご関係で?」なんて訊いてきた事もあったけど、家族以外なにがあるのだろう。
血は繋がっていないけど、長年安心できる居場所がなかった私にとってソンヒの隣が居場所だ。

「ソンヒ、新しいリップを買ったの。 試しても良い?」

華やかな雰囲気の新色リップ、見かけた瞬間にソンヒに似合いそうだと思ってつい買ってしまったものだ。
訊くとソンヒは顔色を変えずに「いいわよ」と答えてくれた。
ツイ、と塗ると鮮やかな赤い色がソンヒの唇を彩っていく。

「やっぱりソンヒに似合うね、この色」

「そう? ありがと」

――いいなあ、と少しだけ思ってしまう。
以前私もソンヒのように華やかな色のリップを塗ったことがあったけど全く似合わなかった。
女の子が一生懸命背伸びしてるみたいで、どうして年が近いのにこうもソンヒとかけ離れているんだろうと落ち込んだのは記憶に新しい。

「ナマエ」

「えっ?」

グイ、と襟元を掴まれてソンヒの方へ引き寄せられる。
驚いて咄嗟に眼を閉じたら、唇に柔らかい感触――

「んっ……!?」

何が起こったのか分からずに身体を離そうとしたけど、襟元を掴まれているからそれも叶わない。
そのうち、チュ、と音を立てて唇にあった柔らかいものが離れていって、掴まれていた襟元も解放された。
恐る恐る眼を開けると、艶やかな笑みを浮かべたソンヒと眼が合った。
見たことのないソンヒの笑顔に言葉を失う。
長い付き合いのはずなのにソンヒの知らない表情があったなんて、と考えていたらソンヒが変わらず笑みを浮かべたまま口を開いた。

「フフ、ナマエも案外似合うじゃない」

「え……?」

「なかなか可愛いわよ」

スリ、とソンヒの指が私の唇を撫でた。
何が起こっているのか理解が追いつかずに放心する私にソンヒは「今日は早く帰るわね」と言い残してさっさと部屋を出ていってしまった。

「あ……」

当てもなく視線を彷徨わせた時、鏡が視界に入り、そこで私は漸くソンヒの言葉の意味を理解した。
鏡に映る私の唇はうっすらと色付いていた。
あれ、じゃあやっぱりさっき唇にあった柔らかい感触って――そこまで考えると今度は頬まで色づき始めた。

「どういうことなの、ソンヒ……」

今日は早く帰ってくると言っていたソンヒ。
帰ってきて、その時私はどうすればいいのだろうか――ソンヒは、どうするのだろうか。
どうしようもなく心が騒いで仕方がない。
ソンヒが帰ってくるまでずっと彼女のことが頭から離れなさそうだと、熱くなった頬を押さえながら私は観念するように深くため息を吐いた。


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