小説 | ナノ


椰子谷唯は誰かを探すように視線を彷徨わせながら街を歩いていた。
しかしどんなに探してもその人物に二度と会うことはできないことを彼女自身、理解していた。
椰子谷が探している人物――桃子は、六道桃助が女装した姿だったのだからもう二度と会えないと解っている。
解っていても椰子谷は探すことをやめれなかった。

亞森と針蔵との戦いの後、椰子谷は街を離れた。
勿論、野玄雄一郎も彼女について来た。
椰子谷の理想の男になると宣言した通り、野玄は日に日に強くなり、椰子谷の“強い男を壊したい”という欲望を受け止め続けている。
しかし、椰子谷の心は満たされなかった。

――心が、欠けてしまったみたいだと椰子谷は感じていた。
指の爪ほどの小さな欠片を、きっとあの倉庫で落としてきてしまったのだ。
だからどんなに注いでも零れ落ちるばかりで決して満たされることがない。
もう自分の心は一生満たされることはないのだと、椰子谷が諦めにも似た感情に支配されたその時だった。
ふわり、と長い髪を揺らした女がすれ違って行った。

「桃子……!!」

咄嗟に椰子谷が女の腕を掴み声を上げると、女は驚いたように椰子谷の方を振り返った。
その女はあまりにも桃子に似ていた。
ふわふわの長い髪にぱっちりと開いた大きな瞳。
不安そうに椰子谷を見上げるその瞳を見ていると“守ってあげたい”という庇護欲が湧き上がってくるようだった。

椰子谷は歓喜した。
もう二度と見つけることができないと思っていた欠片が、今目の前にあるのだから。
心の底から湧き上がる高揚感を抑えながら椰子谷はゆっくりと口を開いた。

「ごめんね、急に引き止めて……」

「あっ、えっと……」

「名前……聞いてもいい?」

おずおずと顔色を伺うような物言いだが、逃がさないと言わんばかりに未だ自身の腕を掴む存在に観念し、女は小さく「名前」と答えた。
正直言って名前は恐怖していた。
椰子谷の眼つきは鋭く、厚底のブーツを履いていることもあって身長も名前よりだいぶ高い。
性格もおそらく気弱な名前とは正反対の人間だろう。
そんな存在に腕を掴まれていたら名前でなくとも恐怖したに違いない。
しかし椰子谷は名前の恐怖心には気づいていないようで、頬を赤らめながら名前の名を小さく復唱していた。

「名前って呼んでもいい?」

「えっと、う……はい」

「私のことは唯って呼んでいいからね」

「え、あ、あはは……」

もう愛想笑いするしかなくなった名前はどこか他人事のように、何でこんなことなっているんだろうと考えた。
まるでナンパのようだけど、あいにく自分もこの唯という女性も性別は同じ。
仮にナンパだとしても気の強そうな見た目の唯が気弱そうな自分をナンパするとは思えない。
絶対自分なんて好みのタイプじゃなさそうだ、と名前が考えていると椰子谷が再び口を開いた。

「そうだ! これからどこかにお出かけしない!?」

「ええっ!?」

「好きな場所どこでも連れて行ってあげる!」

「ね?」と押し切られる形でナマエは椰子谷と出かけることになり、やっぱりこれはナンパだったのだろうかと現実逃避するようにぼんやりと考えるのだった。


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