買い物に行こうと思ったのが間違いだったのか。
良い天気だし散歩がてら遠回りしたのが間違いだったのか。
前方に見える銀髪の後姿を見て、自分の不運を恨んだ。
しかし不運はそれだけではない。
私が引き返そうと身を翻すより先に視線を感じたのか彼、獄寺隼人が振り返ったのだ。
「あっ」
獄寺の咥えてたタバコがポロリと落ちる。
目が合ってしまった以上、無視するのは気まずい。
とりあえず会釈だけする。
「どっか出掛けんのか?」
会釈だけでは許してくれなかった獄寺は、あろうことか声をかけてきた。
ちょっと優しげな声を出さないでほしい。
君がその声を出していいのは敬愛する十代目だけだろう。
「あ……うん。 買い物に」
「そうか」
暫し互いに無言なり、かなり気まずくなる。
もう行って良いだろうか。
「あのよ」
「な、なに?」
「俺も一緒に行ってもいいか?」
ひえ。
咄嗟に出そうだった声を唇を噛んで押さえつける。
あ、まって獄寺、その顔やめて。
恋してるみたいな顔しないで。
背中らへんがむず痒くなってしまう。
「ごめん、友達と待ち合わせしてるから……」
「そ、うか」
勿論私の言葉は嘘っぱちだ。
だけど獄寺は信じたようで少しシュンとしてしまった。
散々獄寺を遠ざける発言をしているけれど元は推していた存在。
そんな推しの落ち込む様は私が罪悪感を抱くのに十分な要素だった。
「えっと……今度一緒に行く?」
「いいのか?」
パッと明るくなる表情。
推しの笑顔を見れた嬉しさと、自分に恋してる“ような”顔への不快感が心の中でせめぎ合う。
荒ぶる気持ちを落ち着けるため、自分の手の甲を思い切り抓った。
「じゃあまた学校でね、獄寺君」
何気なく獄寺に手を振ると、彼も照れくさそうに軽く手を振りかえしてくれた。
そしてそのまま平静を装って歩き出した。
歩き出すと段々と歩くスピードが上がっていく。
心臓がどうにかなってしまいそうで、今にも走り出したい気分だった。
(もうだめ……)
振り返っても漸く獄寺が見えなくなった地点で耐え切れなくなりしゃがみ込んだ。
とうとう自分に恋をしている“ような”推しへの不快感よりも推しの可愛さが勝った瞬間だった。
「……尊い」
神様、推しの可愛い表情を見せてくれてありがとう……。
どうしていいのか解らず、とりあえず私は天に向かって神様に手を合わせるのだった。