この時期になると思い出す。
少年時代の淡い初恋を。
当時、俺の身の回りの世話をしてくれていた名前という女性がいた。
俺が怪我をしたらすぐに飛んできて手当てをしてくれ、俺が落ち込んでいたら手作りのお菓子を食べさせてくれた。
名前を呼べば優しい笑顔を向けてくれて、優しい声で応えてくれた。
いつも笑顔で優しい彼女のことが大好きだった。
その好意が一人の女性に対するものだと自覚したのは皮肉にも、彼女が結婚すると聞いた瞬間だった。
「結婚……?」
「ええ、それでこのお仕事も辞めるんです」
坊ちゃんとも会えなくなってしまいますね、と悲しげに言う名前。
そんな一言で済ませないでほしい。
そんな残酷な言葉を平気で言わないでほしい。
恋心を自覚した瞬間に失恋が確定しまったんだ。
心がぐちゃぐちゃで、何を言えばいいのか解らなかった。
「坊ちゃん?」
名前が俺の顔を覗き込んだ。
心配そうな目が俺を見つめる。
「……っ」
唇が震え、喉から声を絞り出そうとするが上手くいかない。
何と言おうとしているのか自分でも解らない。
でもこれだけは解っていた。
俺は行かないでと言えるほど子どもでもなく、好きだと言えるほど大人でもない。
そして、無理やり名前の全てを奪ってしまうほどマフィアらしくもない。
いつだって優しかった名前のために俺ができる事は限られている。
「お……おめでとう、名前」
無理やり絞り出した声は少し掠れていたけど名前にはちゃんと届いたようだ。
いつものように彼女は優しく微笑んで「ありがとう」と口にした。
彼女とはそれっきりだ。
マフィアじゃない彼女は表の世界で幸せな家庭を築いた。
それを裏社会の人間がヘタに干渉するわけにはいかない。
彼女との関係はあの日に終わったんだ。
だけどこうも考えてしまう。
あの時、行かないでと言えたなら。
名前のことが好きだと言えたなら。
無理やり名前を自分のものにしてたなら。
自分に行動を起こす勇気があったなら、季節が巡るたびにこうやって未練がましく思い出すこともなかっただろう。
リボーンに知られたら「やっぱりお前はへなちょこだな」なんて言われるだろうか。
だけどやっぱり考えずにいられない。
名前が今も俺の隣りにいてくれたかもしれない、そんな未来を。