小説 | ナノ


三年付き合った彼氏に振られて、傷心旅行と称してやってきたイタリア。
そこで思いがけない人物と再会した。

山本武。
中学の時に同じ学年だった男だ。
あんまり関わった覚えはないけれど、どうやら向こうは私を覚えていたらしい。
お茶に誘われ、旅行で一人は少し寂しいと思っていた所だから誘いに乗った。

そして現在、何だか豪華な建物の中にいる。
なんでも山本の職場?らしい。
通された客間らしき部屋も凄く豪華で、変に萎縮してしまう。
誘いに乗らなければ良かったかもしれない、と思い始めた頃に山本がお茶を持って戻ってきた。

「お待たせ、紅茶でよかったか?」

「あ、うん。 ありがとう……」

カチャリ、とソーサーに乗ったカップが目の前のテーブルに置かれる。
そして山本はソファーに腰を下ろした。
私の正面ではなく真横に。

「えっ?」

対面式になっているのに、なぜわざわざ隣に座ったのだろう。
特に意味はないのかもしれないけれど気になってしまう。
そんな私の気持ちも知らず、山本は口を開いた。

「しっかし、久しぶりだな」

「……中学卒業以来、会ってないからね」

「苗字、高校は並高じゃなかったもんな」

「そう、だけど」

なんで山本は私が並高以外に通ってたって知ってるの?
知り合いや友達だったならいざ知らず、私達は言葉を交わした回数も片手で足りる程度だ。
別の高校を受験するとか教えあう中ではない。
もっと言えば、学校で見かけなくなっても気にならない程度の間柄だ。
なのに、なんで知ってるの?
そう考えると少しの違和感と恐怖が浮かんだ。
きっと、私の考えすぎだ。
そう自分の中で結論付ける。

気分を落ち着かせようと、紅茶のティーカップに手を伸ばす。
私の好きなアールグレイだった。
一口、飲む。
少しだけ、気分が落ち着いた気がする。

「苗字」

「なに?」

「俺さ、苗字に言いたいことがあったんだ」

「……ん」

何だかおかしい。
頭がぼんやりする。
すごく眠くて、山本の声も何処か遠くに聞こえる。

「だから、こうやって再会できてスッゲー嬉しい」

山本が何かを言っている気がする。
でも体に力が入らない。
手に持っていたティーカップが床に落ちて割れる音がした。

そこで、私の意識は途絶えた。



ゆっくりと意識が浮上していく。
重たい瞼を無理やり開けると辺りは真っ暗だった。
もしかしてもう夜なの……?
そう理解すると、ぼんやりした意識が一気にハッキリした。
慌てて体を起こす。

「山本?」

辺りを見回すが、山本の姿はない。
明かりが点いていないため薄暗い室内。
寝かされていたベッドを降り、恐る恐る歩く。

「ドア……」

暗闇に慣れてきた目が扉を捉えた。
近づきノブを回すが、鍵がかかっているのか開かない。
錠を手探りで探すけど付いていなかった。
閉じ込められた?なんて不穏な事が頭を過ぎると同時に、さっきまで開かなかった扉が開かれた。

「おっと」

「!」

「苗字、起きたのか」

扉を開けたのは山本だった。
ニコニコと笑いながら頭を撫でてくる。

「ごめん、途中で寝ちゃったみたいで……」

「気にすんなって、そんくらい」

パタン、と扉が閉まる。
さっきまで廊下の光が入っていたけど、再び部屋が暗闇に包まれる。

「山本、私そろそろ……」

「あ、そうだ。 苗字の宿泊してるホテル、チェックアウトしといたぜ」

「は?」

そろそろ帰らなきゃ。
そう伝えようとしたら、思いがけない言葉を耳にした。
山本の顔を見るが、相変わらず笑顔だ。
冗談?からかわれてる?

「山本、変な冗談はやめて」

「冗談じゃねえって。 苗字の職場にも退職するよう手回ししたし」

「ハア!?」

次々に告げられる言葉に、つい声を荒らげてしまう。
こんな冗談を言う意味が解らないし、仮に事実だったとしてもどうしてこんな非常識で不可解なことをする必要があるか?

山本を睨みつけるけど山本は変わらずヘラヘラと笑っている。
それがますます私を怒らせた。

「ふざけ……」

言葉が中途半端に途切れる。
自分の意志で途切れさせたんじゃない。
突如予想外のことが起こったために途切れた。

急に動いた視界。
身動きがとれない窮屈感。
一瞬、今のこの状況が何なのか理解できなかった。

「俺さ、さっき苗字に言いたい事があったって言ったろ?」

今の体制は、私を山本が抱きしめている。
その体制のまま、山本は言葉を続けた。

「中学ん頃から、ずっと好きだった」

「は……?」

「だから、偶然でも再会できてスッゲー嬉しいんだ」

理解が追いつかない。
さっきから頭がぼんやりして、今起こっていることがどこか遠い出来事のように感じる。
状況を把握しきれてない私に気づいていないのか、山本は更に言葉を続けた。

「そんでさ、こんな偶然もう二度とないかもしれないだろ?」

だから、と続けられる言葉。
聞いてはいけない、聞きたくない。
そう思っても、山本は無情にも言葉を続けた。

「苗字と二人っきりの生活がしてみてーなあって思ったんだ」

そう言った山本の顔は、笑っているような気がした。


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