「お兄ちゃん」
「なんだ」
「ホルマジオとイルーゾォが帰ってこないの」
「…」
「お兄ちゃんもどっかに行くの?」
訊くと、お兄ちゃんは口を噤んだ。
その沈黙は肯定であったし、ホルマジオ達が帰って来ない理由が悪いものなんだと物語っていた。
お兄ちゃん達は私をまだバンビーナと呼ぶけれど、私ももうそんな子どもじゃあない。
何となくだけれど察することが出来るようになったのよ。
きっと、お兄ちゃん達は危ない事をしている。
それが何なのかまでは分からない。
だけど、その危ない事は人の生死に関わることだ。
それだけは分かる。
「お兄ちゃん」
もう一度呼ぶ。
お兄ちゃんが私を見た。
その顔は何時もと変わらない表情に見えた。
「そんな情けねーツラしてんじゃねえ」
「わっ」
お兄ちゃんの大きな手が私の頭を撫で回した。
お兄ちゃんの撫で方って本当に乱暴。
髪の毛がグシャグシャになっちゃう。
「ちゃんと帰って来てやるから大人しく待ってろ、バンビーナ」
「……本当に帰ってくる?」
「俺が嘘ついた事なんかあったか?」
「ううん」
お兄ちゃんは私に嘘はつかない。
私がお兄ちゃんの恋人になりたいって言った時だって「兄妹は恋人にはなれない」って言い切ったんだもの。
私に言いたくない事があったらはくらかすけれど、それでもお兄ちゃんは私に嘘をついたことがなかった。
「… 私、ちゃんと良い子で待ってる」
そう言うと、お兄ちゃんは優しく笑った。
お兄ちゃんの優しいお顔はとっても貴重。
だから何だか嬉しくて、私も少し笑った。
「じゃあ、そろそろ行くぞ」
部屋の外でペッシがお兄ちゃんを呼んでいる。
もう出発するんだ。
お兄ちゃんと、お別れ。
少しの間だけ…お別れをする。
「お兄ちゃん…、い…ッ」
行かないで。
そう言いそうになるのを既で止める。
ワガママなんか言っちゃダメ。
良い子で待ってるって言ったんだから。
そんなんだと立派なレディーになれないわ。
「…いってらっしゃい、お兄ちゃん」
本音は飲み込み、代わりの言葉を掛けた。
頑張って笑顔で、いつもみたいに。
「ああ、行ってくる」
そう言うと、お兄ちゃんは私の頭を撫でた。
お兄ちゃんにしては珍しい優しい撫で方。
その優しい手付きに驚いている間にバタンと扉が閉じられ、お兄ちゃんは出て行ってしまった。
さっきまで2人でいた部屋に独りきり。
視線を横にずらすと姿見が視界に入った。
姿見に映る私は下手くそな笑顔を浮かべながら今にも泣き出しそうだった。
「…ぶさいく」
ぽろり。
涙が一雫落ちた。
お兄ちゃん、早く帰って来てね。
じゃないと私、ずっとブサイクな顔のままよ。