私はどちらかと言うと社交的ではない。
しかし歳を重ねていくと嫌でも社交的にならなければならない。
そこで社交的になるのを諦めるか、社交的になろうとするか。
この2パターンに別けられるだろう。
私は前者のパターンだ。
しかし最近になってこう思うんだ。
あの時に社交的になれるよう努力すれば良かったと。
切実に、心の底からそう思う。
「ナマエさん?」
「え? あ、なに?」
「僕の話、聞いてました?」
そう言い、目の前の少年は不機嫌そうに眉を寄せた。
この目の前の少年こそが私の悩みの種だ。
それこそ過去の自分に意地でも社交的になってればよかったんだと言ってやりたいくらいに。
「えっと…あの、ね」
「聞いてなかったんだ」
ジトリと批難するような視線を向けられ、ビクリと肩が跳ねた。
小さな恐怖心が胸に広がり、どんどん大きくなっていく。
私がこの年下の少年に怯えるのには理由がある。
何故ならこの少年はギャングだ。
おとなしい見た目によらず裏社会で元気に生きている。
何をどう間違ったのか少年は私を気に入り、こうしてよくお喋りをしに来る。
私はこのお喋りの時間が心っ底嫌いだ。
だって相手はギャングの少年。
一個でも選択肢を間違えば文字通り首が飛ぶだろう。
普段なら他人の話には適当に相槌を打っているだけの私だ。
この少年は話しの合間に私に意見を求めてくるし、時には「何か話して」と無茶振りをしてくる。
毎回なけ無しの社交性を振り絞り、神経をすり減らしながら会話をしている時間を誰が好きになれよう。
「ご、ごめんなさい、ドッピオ君。 もう一度お話ししてくれる?」
逸らしたくなる視線をしっかりとドッピオ君に向けてお願いする。
少し沈黙が流れたけれどドッピオ君は「仕方ない」というように微笑み許してくれた。
そして2回目であろう話を再び話し始めた。
「それで……とぅるるるん!」
会話の途中でドッピオ君の着信音のモノマネが入った。
何度も見た光景だけれど未だにビックリする。
ドッピオ君は今日はコーヒーカップを電話替わりにするようだ。
カップを勢いよく持つものだから中身が溢れていた。
「もしもし、ボス! はい…はい、わかりました!」
今回の“電話”はいつもより短めだった。
ボスからの電話の後はいつも仕事に行く時だから今日はもうお開きになるんだろう。
私はいつもドッピオ君との会話を終わらせてくれるボスに感謝している。
そのボスもギャングだけど。
「ナマエさん、僕もう行きますね」
「うん、わかった」
ドッピオ君がカップをテーブルに置いた。
見ると、手や袖にコーヒーが付着してしまっている。
「ドッピオ君」
「なに?」
「手」
ハンカチを取り出し、ドッピオ君の手をとった。
そして付着したコーヒーを拭う。
さすがに袖に付着したものはハンカチだけでは落ないけれど。
「コーヒー、付いてたから…」
「あ、ありがとう…」
そう言いながらドッピオ君は照れたように笑った。
手に触れられただけで、こんな反応をするんだ。
ギャングなのに初心なのね、とは口に出さない。
だって怖いもの。
「じゃあ…行くね」
「う、うん…お仕事頑張ってね」
どこか名残惜しそうにしているドッピオ君に魔法の言葉を投げかける。
この言葉を言うとドッピオ君は機嫌よく帰ってくれる。
だから魔法の言葉。
ギャング相手に仕事頑張ってね、なんて如何なものかと思うけど。
「うん。 またね、ナマエさん」
魔法の言葉は効果絶大で、ドッピオ君は満面の笑みを浮かべて帰っていった。
バタン、と閉じられた扉。
数十秒後に漸く安堵感が訪れた。
運動したわけでもないのに疲労感が体を重くする。
「……疲れた」
ドッピオ君と会う度に口から出る言葉。
もう何回出たか分からない。
出来れば二度と発したくない言葉だけど、きっとこの先も口にすることになるんだろう。