小説 | ナノ


「イルーゾォは可愛いね」

そう言うのは俺より3つ年上のナマエだ。
ナマエは俺が入るより5年前からチームに居る古株で、俺の教育係でもあった。

「可愛い」は彼女の口癖の様なものだ。
彼女は事あるごとに俺のことを「可愛い」と言っていた。
最初こそ馬鹿にされているのだと思ったが、そうではないと今は解っている。
男の身で「可愛い」と言われるのは腑に落ちない所もある。
しかしこれは気にしないようにはしている。
気にしたら負けだ。

「イルーゾォ、髪が乱れてるよ。 おいで、直したげるから」

ナマエが手招く。
少し悩んだが、ここで断った所でしつこい彼女が引き下がらないのは今までの経験上確実だ。
大人しくナマエの元へと行くと彼女は機嫌良さげに微笑んだ。

「ほら、ソファーに座って」

言われた通りに座ると、ナマエの手が俺の髪に触れる。
髪ゴムをゆっくりと外された。
どこから取り出したのか、ブラシで優しく髪を梳かれる。
ナマエには言った事が無いが、俺はこの髪を梳かれる時間が意外と好きだった。
眠りたくなるような心地よさを感じるからだ。
しかし正直にこの感想を伝えてしまっては単純な彼女は調子に乗ること間違いない。
だから絶対に言ってやらない。

「はい、終わったよ」

ぱちん、と髪ゴムを弾く音と共にナマエが言う。
もっと時間を掛けても良かったのに、と内心思った。

「ふふっ、やっぱりイルーゾォは可愛いね」

「…可愛くなんかない」

まるで不貞腐れているような声が出てしまった。
これでは可愛いと言われて拗ねているみたいじゃあないか。
俺はそこまで子どもじゃあない。

「あら、拗ねてるの?」

「そんなんじゃない」

ナマエが俺の隣に座った。
楽しそうに頬を指でつつかれる。
軽く払うけど彼女は笑うばかりで止めてはくれなかった。
ツンツンと突っつかれる感覚に段々と恥ずかしさが込み上げてきた。

「いい加減、止めろよ!」

「えっ……」

怒りにも似た感情のまま、ナマエの両肩を押した。
これがナマエに対する初めての反抗のような気がする。
しかしナマエの口から出た驚きの声の原因はこれだけじゃない。
ナマエの両肩を押したのは良いが、勢い余ってナマエをソファーに押し倒すような体勢になってしまった。
押し倒すといっても俺がナマエの上に倒れ込んでいるようにも見えるけど。

「…ッ」

ナマエの顔が今までに無いくらいの至近距離にあって、グッと息を飲んだ。
ナマエは驚きの表情のままだ。
未だに現状が理解できていないようだった。

「こ……」

唇が震える。
今から何の言葉を出すのか自分でも解らなかった。
俺は混乱していた。

「これ以上からかうなら…ひ、酷いことするぞ…ッ!」

俺の口から出たのは何とも馬鹿みたいな言葉だった。
俺の馬鹿みたいな言葉に、ナマエは眼を瞬かせた。
ああ、何でこんなくだらない事を言ったんだ。
もういっそのこと鏡の中に逃げちまうか。
そう考えていたらナマエはおもむろに口を開いた。

「じゃあ、もっとからかおうか?」

「…え?」

「この状況で言う“酷いこと”って一つしか浮かばないんだけど、からかったら本当にその“酷いこと”するの?」

ナマエの眼が俺を捉える。
その眼は微かに笑っていた。
からかわれている。
そう理解すると同時に、俺の身体は行動を起こしていた。

「ん…ッ」

ナマエの唇を奪ってやった。
“酷いこと”のつもりでやった事なのにナマエは拒絶しなかった。
俺の肩を押し返すことも、顔を逸らすこともしなかった。
ただ眼を閉じて、この状況を受け入れていた。
唇を離すと、ナマエはゆっくりと瞼を開けた。
その眼は怒りも悲しみも浮かんでいない。

「可愛いイルーゾォ。 貴方がこれ以上酷い事をするつもりなら、貴方の部屋に行きましょうか?」

その眼は、相変わらず楽しそうに笑んでいた。
ああ、どうしよう。
酷い事をしたつもりが、何故だか酷い事をされている気分だ。

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