チーム紅一点の少女は、いつも不機嫌だ。
いつも眉尻が上がっていて眉間にはシワが寄っている。
口も不機嫌そうにムッツリとへの字口だ。
何がそうも不満なのか。
その理由は誰も知らない。
なぜなら、あの女は滅多に喋らない。
不機嫌な口から出た声を聞いたのは片手で足りる程度だと思う。
しかもその言葉というのが、リーダーがアイツに対して任務を言い渡した際の返事だ。
たった一言「はい」とだけ言ったアイツの顔はやっぱり不機嫌だった。
俺は、なんとなくアイツの事が気になっていた。
あくまでも“なんとなーく”だ。
組織の人間だし、“良い母親”にもなれそうにないから母体にも出来ないし。
あんなに不機嫌で無口な女と一緒にいたら息が詰まっちまう。
だけど、あの表情を変えることが出来たなら達成感があることだろう。
そう思うのだ。
*
任務を終えてアジトに戻ると誰もいなかった。
いや、一人いた。
ソファーの上でチーム紅一点の少女、ナマエが寝息を立てている。
それは普段の不機嫌な顔からは想像も付かないほどに、あどけなくて安らかな寝顔だった。
寝顔を見たのも、こんな安らかな表情を見たのも初めてだった。
だからまじまじとその寝顔を見た。
それにしても…
「気ィ抜きすぎじゃねえ?」
ポツリと呟いた。
いくらチームの拠点とはいえ、人の気配がこんなに近くにあるのに起きないって。
本当に組織の一員かよ。
そう思ったのと同時に、パチっとナマエの目が開かれた。
「おっと」
突然のことに声が出てしまった。
その声は当然、目を覚ましたナマエにも聞こえたわけで、
「…メローネ?」
半ば寝ぼけ眼のまま俺の名を呼んだ。
寝起きだからか、不機嫌そうな表情をしていない。
物珍しくてついジッと見つめる。
するとナマエは急にハッとなって、俺から顔を逸らした。
「なに」
逃げるように顔を逸らされちゃあ、少し気に食わない。
半ば責めるような口調で問うとナマエは首を竦めた。
まるで怯えているような態度に面くらい、その先の言葉が出なかった。
「ご、ごめんなさ……その…私…」
ボソボソと小さな声が聞こえた。
その声は間違えなくナマエの口から発せられていた。
なんなんだ、この女は。
本当にナマエなのか?
いつもの不機嫌さはどうしたんだ。
色々と言いたいことが有る。
なのに俺の口からは声が出なかった。
未だに上手く自体を嚥下することが出来ず困惑していた。
「…ナマエ」
「なっ、なに…?」
ナマエは、こちらを伺うように上目遣いで見上げてきた。
気のせいだろうか。
若干涙で眼が潤んでいるように見える。
その表情に、自分の中にゾクリとした快感が湧き上がった。
「君、いつもの態度はどうしたんだ?」
問うとナマエは大袈裟にビクリと肩を震わせた。
心なしかコイツの身体が震えているように見える。
「わ、私…」
「なに?」
「ひッ!」
おい、なんだその悲鳴は。
聞こえねえから聞き返しただけじゃないか。
小さな苛立ちが浮かぶ。
そんな俺の心情を知ってか知らずかナマエは慌てて話しだした。
「私、すごく臆病なの…」
「だろーね」
「それで…前いたチーム追い出されちゃって…」
ナマエの話を纏めると、こうだ。
コイツはかなりの臆病者で、それが原因で前のチームを追い出された。
だから今回はなるべく臆病だと悟られないように過ごそうと表情だけでも(本人曰く)怖くしていた。
無口だったのも喋るとボロが出るからだそうだ。
「なるほどねぇ」
「あ、あの……」
独り言を呟くと、ナマエがおずおずと話しかけてきた。
ナマエを見ると眉間にシワを寄せている。
おそらくいつもの不機嫌な表情に戻そうとしているのだろう。
しかしあまり効果が無いのが見て取れる。
「この事、他の人達には言わないで…」
縋るような視線を向けられ、再び自分の中にゾクリと快感が走った。
だけど、さっきの涙で潤んだ顔の方が好きだな。
ああ、でもこの表情も最高にベネだ。
もっともっとイイ表情をさせてみたい。
俺の中でそんな欲求がムクムクと湧き上がってきた。
「黙ってても良いけどさァ」
わざと勿体ぶる言い方をすると、ナマエは不安げな顔をした。
楽しさから上がる口角を隠すことなく言葉を続けた。
「その代わり……」
ああ、コイツはこれを聞いてどんな表情を見せるだろうか。
想像するだけでベネ!
ディモールト・ベネだ!!
期待を胸に、俺は続きの言葉を発した。
「口止め料、ちょうだいよ」
身を屈めて、ナマエに顔を近づける。
驚き眼を見開いたナマエと視線が絡む。
「お…お金?」
「違う、そんなの要らない」
ジリ、とナマエが後ずさる。
困惑と不安が入り混じった表情だ。
「泣いてよ」
「………え?」
「涙を流しながら俺に縋ってよ」
俺の言葉にナマエは動きを止めてしまった。
呆然とした表情のまま俺を見上げている。
「出来るだろう?」
詰め寄るように問うと、ナマエは身を縮めた。
不安げに揺れる眼が俺を見ている。
まるで「嘘だと言って」と言っているかのようだ。
「他の奴等知られたくないんだろ?」
畳み掛けるように言った言葉は効果絶大だったようだ。
ナマエは不安と困惑が入り混じったような表情のまま、コクリと小さく頷いた。
「ベネ! じゃあ、此処じゃあなんだし俺の部屋行こっか」
手を差し出すと、ナマエは恐る恐る俺の手に自分の手をソっと重ねた。
きっとこれからナマエは俺にイイモノを見せてくれることだろう。
その期待を胸に、俺は部屋へと向かうのだった。