「行ってくるよ」
彼はそう言った。
欠けてしまったメンバー達も、そう言って出かけて行ったまま帰ってこなかった。
「もしかしたら」なんて思ってしまい、彼の服の裾を掴んだ。
「どうした?」
「……うん」
「大丈夫だって」
そう言って彼は笑うけれど、必ず帰ってくるとは言ってくれなかった。
彼が強いことは私も解っている。
彼も自負しているだろう。
でも、他のメンバーもそうだった。
決して弱いわけではなく、むしろ強かった。
なのに誰一人として生きて帰って来なかった。
それだけ相手が強いということ。
だから彼も「必ず」なんて言葉は言わないのだ。
「貴方が死んだら私が相手を殺しに行くわ」
私の言葉に彼は曖昧に微笑んで、何も言わずに私にキスをした。
「行ってくるよ」
「…行ってらっしゃい」
彼の服から手をゆっくりと離す。
遠くなっていく後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと見つめた。
どうかこれが最期の言葉になりませんように。
そう祈るように心の中で呟いた。
しかし祈りは天には届かなかったらしい。
彼は敵に敗れた。
「ただいま」の声が聞こえない。
「おかえり」の言葉が言えない。
結局あれが彼との最期の言葉になってしまった。
そして今、私も彼の後を追おうとしている。
彼を殺した奴らに挑み、敗れたのだ。
遠くなっていく意識の中、私は最期まで彼の事だけを考えていた。
彼ならきっと「なんで来たんだ」と追い返すことはしないだろう。
ただ少し眉尻を下げて頭を撫でてくれるはずだ。
きっと、そうだ…。
*
「…ッ!」
唐突に意識が浮上した。
体を起こし時計を見ると、まだ夜明けには程遠い時間帯だった。
変な時間に起きちゃったな。
何だか損した気分になる。
「どうした…?」
不意に隣りから声がした。
隣りで眠っていた彼が起きてしまったらしい。
「ごめん。 起こしちゃったね」
「んー…」
眠たそうに目を瞬かせながらも、その視線は真っ直ぐ私に向けられている。
「顔色、良くないぜ?」
「うん、少し嫌な夢を見ちゃったから」
「嫌な夢?」
彼が身体を起こす。
さっきまで私が見下ろしていたのに今度は私が少し視線を上げる番だ。
「貴方と別れた時の夢」
そう言うと彼は不思議そうな顔をした。
「おかしなことを言うね。 俺等は別れたことないだろう?」
「いいえ、一度だけ有るの」
「ふーん?」
信じているのか信じていないのか。
いや、おそらく信じていないだろう。
だって、私だけしか覚えていないのだから。
上司であるリーダー。
同じチームだった同僚達。
私を置いて逝った彼。
誰一人として覚えていなかった。
なぜ私だけが覚えているのだろうか。
その誰にも言えない疑問は今でも私の中にある。
「ま、君がおかしな事を言うのは、いつもの事だけどね」
サラ、と私の髪を撫でていく優しい温もり。
その心地よさに目を閉じた。
「ねえ、メローネ」
「なに?」
「おかえり」
「うん、ただいま」
唐突で脈絡もない言葉に、彼はちゃんと応えてくれた。
「ありがとう、メローネ」
私ね、貴方のその言葉だけがずっと聞きたかったんだよ。