小説 | ナノ


見上げると綺麗な青空が見えた。
雲が一つだけポツンと漂い浮かんでいる。
サアっと風が吹き抜けていき、周りの草花を静かに揺らした。
優しいそよ風に、私は瞼を閉じた。
青空が見渡せて優しい風が吹くこの場所を私はとても気に入っている。

心地良い陽光の下で目を閉じていたら、うっかり寝てしまいそうだ。
ウトウトと眠気の様なものと戦っていたら、不意に草を踏みしめる音が聞こえた。
その音で沈みかけていた意識が一気に浮上する。
見ると、そこには見知った少年が佇んでいた。

「…こんにちは」

「こんにちは、フーゴ」

「すみません、あまり来れなくて」

「良いのよ、気にしないで。 また会えて嬉しいわ」

微笑みながら言うと、フーゴは余計に申し訳なさそうな顔をした。
気にすることないのに。
だって、フーゴの顔には疲労の色が見えている。
きっと組織の仕事が忙しいのだろう。
そんな中で時間を作って会いに来てくれているのに、これ以上を望むはずがない。

「今日は花を持ってきたんです」

「ふふっ、綺麗な花ね。 しかも私の好きなパープル色」

「君はパープルが好きだったのでこの花にしました」

そう言ってフーゴは私の傍らに花束を置いた。
近くで見ると益々綺麗に見える。
思わず手を伸ばしてしまいそうになるのをグッと堪えた。

「ナマエ」

名前を呼ばれて花束からフーゴへと視線を移した。
フーゴは相変わらず暗い表情をしている。
困ったなあ、私は貴方にそんな表情をしてほしいわけじゃないのに。

「どうしたの、フーゴ?」

「ナマエ」

再度私の名前を呼びながらフーゴは私の方に手を伸ばした。
だけど私に触れるかと思ったその手は空を切り、私に触れることはなかった。

「…いつまでも過去に縛られていてはダメだと、ジョジョに言われました」

フーゴの眼が悲しげに揺れている。
その眼から今にも涙が溢れ出してくるんじゃないかと心配してしまう。
だけどフーゴはそんな私の気持ちを察することは無く、悲しげな眼をしたまま言葉を続けた。

「忘れるわけじゃあない。 ただ、自分の気持ちと向き合わなければならない」

「…そうね」

一瞬、フーゴと視線がかち合った。
たった一瞬のことなのに何だか嬉しくなってしまう。

「……ッ」

フーゴが何かを言おうと口を開いたけれど、結局その口から言葉は発せられることはなかった。
言葉に出すのが憚られているみたいだ。
なかなか踏ん切りがつかないんだ、きっと。
私の方から何か言葉を掛けようかた思ったけれど、それは出来ない。

「ナマエ……」

「なあに?」

「僕は……君が、好きでした」

シン、と辺りの音が一切消えたように静かになった。
実際は静かになったような錯覚に陥っただけだ。
フーゴを見るけれど、フーゴは視線を伏せていて視線が合うことはなかった。

「フーゴ」

「……」

「私ね、知ってたよ」

最初から知っていたわけじゃあない。
知ったのはつい最近。
フーゴが前回会いに来てくれた時に知った。
それまでずっと知らなかった。
だってフーゴってば隠すの上手だったんだもの。

「フーゴ」

「……」

「私もね、フーゴが好きだったのよ」

知らなかったでしょ?
そうやって、おどけた風に言ってみたけど当然フーゴからの返答は無かった。
少し悲しいけれど、それは仕方のないことだ。

「……ナマエ」

暫し無言を貫いていたフーゴがまた私の名前を呼んだ。

「どうしたの?」

「君は僕をどう思ってたんでしょうね」

フーゴはその言葉と共に両眼からポロポロと涙を流した。
フーゴが涙を流している所を見たのは今日で二回目だ。
一回目は、フーゴが初めてここを訪れた時。
あの時も今も、私は彼の涙を拭ってやることも出来ない。
慰めの言葉をかけてあげることも出来ない。

「フーゴ」

腕を伸ばしてフーゴを抱きしめようとした。
だけど私の腕ではフーゴに触れることも叶わず、ただ空を切っただけだった。
触れることが出来たら良かったのに。
声を届けることが出来たら良かったのに。
私はこの先、決して愛しい人に好きだと伝えることも触れることも出来ない。

「…ごめんね」

どうして私はもっと早く気づけなかったんだろう。
どうして私は、死んでから好きだったと気づいてしまったんだろう。
死んだ後に気付くなんて本当に馬鹿みたいな話だ。
死ぬ前に気づけば良かった。
死ぬ前に伝えられたら良かったのに。

そんな後悔を抱いたまま、私は触れることの出来ない愛しい人が泣きやむのをただジッと待つことしか出来なかった。

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