小説 | ナノ


休日にゆっくり過ごそうと、映画を借りてくることにした。
映画に興味のないナランチャも珍しく一緒に観てくれるようで。
久々に二人揃ってゆっくり過ごせそうだ。

「なあ、ナマエ! これ観ようぜ」

ナランチャの手には、少し前に話題となったスプラッタ・ホラーだ。
とても怖いと好評だと雑誌か何かで見た覚えがある。
私もこの映画には興味があった。

「良いよ、他に何か観たいものはある?」

「ない!」

「えー?」

折角来たのにこれだけで良いの?
そう思ったけど元々彼は映画に興味がないから仕方ない。

その後はマーケットで適当にお菓子やジュースを買って帰宅した。
二人きりの休日が嬉しいのか映画が楽しみなのか、さっきからナランチャはハシャギっぱなしだ。

「なあなあ! 折角ホラー観るんだし、部屋暗くしようぜ!」

「いいよ、私は飲み物用意するね」

「わかった!」

鼻歌でも聴こえてきそうなほど上機嫌な声色に少し首を傾げる。
確かに二人だけの休日が嬉しいのは私も同じだから、その気持ちは分かる。
だからと言って毎日顔を合わせて同じ職場で働いているのだから、そんな大袈裟なほど上機嫌にはならない。

ナランチャがそれ程ホラーが好きだったかと言えば答えはノーだ。
じゃあ何であんなに上機嫌なのだろうか。

「ナランチャ」

「ナマエ! もう準備出来てるぜ!」

ジュースを持ってテレビの方へ行くと、ナランチャがソファーに座って待っていた。
カーテンも締め切って電気も消えている。
まだ外が明るいため完全に暗いわけじゃないが、なかなか雰囲気が出ているんじゃないだろうか。

「はい、ジュース」

「ありがと!」

ジュースを手渡し、ナランチャの隣りに腰掛けた。

「ねえ、ナランチャ」

「んー?」

「何だか今日はやけに上機嫌だね」

「そ、そっかあ? 気のせいだろ〜」

「…そう?」

「そうだって! それより、早く観ようぜ!」

はぐらかすように、そそくさとリモコンを手に取り再生し始める。
意味有りげな態度に、もう少し追求しようと思ったけれど止めた。
あまりしつこく聞くと喧嘩になりかねない。
せっかくの休日だ。
わざわざ無駄な喧嘩をする必要は無いだろう。
そうして疑問を頭から追い出し、映画に意識を向ける。

映画は始まったばかりで、まだ何の怪異も事件も起こっていない。
主人公である恋人達の何気ない日常のシーンが映し出されている。
これが数十分後、どのような地獄になるのかと思うと胸がドキドキする。

「ナマエ、チョコ食う?」

「うん」

視線をテレビ画面に向けたまま答えると、唇にチョコを押し当てられた。
軽く口を開くと、そのまま口内にチョコを放り込まれる。

「ありがとう」

もごもごとチョコを口に入れながら礼を言うとナランチャは「んー」と気の無い返事をした。

10分後、主人公の友人の一人が変死する事件が発生した。
なかなかスプラッタでグロテスクだ。
その第一の事件を皮切りに主人公の周りでどんどん奇怪な出来事が起こり始める。
その一つ一つの見せ方が上手く、この恐怖の世界にどんどん引き込まれた。

「…ナマエ?」

ちょい、と服の裾を引かれた。
視線をテレビ画面に向けたまま「なに?」と返事をする。

「えーっと…ジュースのおかわりいる?」

「大丈夫だよ、ありがとう」

「そっか…」

なんだかナランチャの様子がおかしい気がする。
だけど今は映画の方に関心が向いているため特に気にしなかった。

2時間後。
主人公が呪いとも呼べる事件の根源を断ち、無事にエンディングを迎えた。

「面白かったね」

「…そうだな」

何だか返事に変な間があった。
どうかしたのだろうかとナランチャの方を見ると、その表情は少し不満げに見えた。

「……ナマエって、ホラー好き?」

「え? うん、どちらかと言えば好きだよ」

そもそも苦手だったらナランチャがホラーを観ようと言った時に拒否するに決まっている。
なぜそんな解りきったことを訊くのだろうか。

「なぁんだよ〜!」

脱力したようにソファーに身を沈めるナランチャ。
まるで私がホラー好きだったら都合が悪いとでも言っているようだ。

「私がホラー好きだったら何か不都合でも?」

「そ…そーゆーわけじゃねえけどさあ…。 女ってホラー苦手じゃん」

「偏見だよ、それは」

というか苦手だと思っているものを観せようとしたのか。
確かにナランチャは結構イタズラ好きな所もあるし、有り得る話だ。

「私を怖がらせたかったの?」

「えっ!?」

何で解った、とでも言いたげな表情をするナランチャ。
その顔を見て私の言ったことは正解だと確信した。

「もう…私を怖がらせてどうするのよ」

「だ、だってよォ〜」

「なによ」

ジッとナランチャを見つめると、ナランチャは気まずそうに視線を逸らした。
それでも早く答えて、と催促し続けると根負けしたのか白状し始めた。

「ナマエってさ、なんつーか…あんまし俺にくっついてこないじゃんか」

恋人なのに…と、しょげた顔して言われた言葉。
しかしながら自分にはそんな自覚はない。
寝る時は寄り添うように眠るし、外に出れば手だって繋ぐ。
そう伝えるとナランチャは不満気な表情のまま私の方を見た。

「それ、全部俺からしてるじゃねえか!」

「そんなこと……あるね」

「だろ!」

そんなことないと言おうとしたけれど、よくよく考えてみたらナランチャの言う通りだった。
私自身スキンシップは嫌いではないが、自分からすることは殆ど無い。
そのことをナランチャは少なからず不満に思っていたようだ。

となると、今回のナランチャのホラーを観るという提案もそれが原因だろう。
ホラー映画を観て私が怖がってナランチャに引っ付くことを期待していた、と。
そんなところだろう。
何とも子どもっぽい理由だとは思ったけれど嬉しくもあった。
好かれているんだなあ、と思えたから。

「ナランチャ」

「えっ?」

グイっとナランチャの腕を掴み、自分の方へ引き寄せた。
腕の中のナランチャはポカンと呆けた表情をしている。

「どーお?抱き寄せてみたんだけど」

ギュッと抱きしめるとナランチャはビクッと体を震わせた。
私の胸に顔を埋めるような体勢になってるけど、別に苦しそうじゃないし気にしないでおこう。

「ねえ、どう?」

まだ状況が飲み込めていないのか言葉を返さないナランチャに再び問いかける。
すると返事の代わりに私の背にナランチャの腕が回された。

「あったかい?」

「…うん」

そう言うとナランチャは「へへっ」と小さく笑った。
とても機嫌が良さそうだ。
斯く言う私も、つられて笑ってしまうくらいには機嫌が良かった。
なんだか幸せな気分だ。

たまには自分から恋人を抱きしめるのも悪くないかも。
そう思った休日の午後だった。

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