私はどちらかと言うと好奇心旺盛な方だ。
好奇心を擽られたら、とことん追及したくなる。
現在私の好奇心を擽っているのは、私のすぐ近くにいる人物だ。
その人物は私の向かいのソファーに座って何やら小難しげな本を読んでいる男だ。
私が所属しているチームのリーダーであるこの男、ブチャラティ。
私は彼に対して気になっていることがある。
彼を今ここで何の前触れもなく押し倒したら彼はどんな反応をするだろう、と。
とてつもなくくだらない事だろう。
私の好奇心を擽る事なんて、この様にくだらない事ばかりだ。
でも私は気になって気になって仕方がない。
そして、とことん追及したいのだ。
「……」
ブチャラティをジッと見つめる。
相変わらず涼やかな表情だ。
押し倒してみたら、どの様に表情を変えるのだろうか。
かつて見た事のある彼の表情を思い浮かべてみる。
“「なんだ?」”
などと言って表情を変えずに私を見るのだろうか。
ああ、普通にこれっぽい。
何だか初っ端から有力候補が出てしまった。
いや、もっと何かあるはずだ。
もっと他のパターンを考えてみよう。
“「あんまりふざけた事をするんじゃあない」”
こう言って注意してくるかもしれない。
彼は真面目な人間だから、これも有り得る。
他にもパターンはあるだろうか?
どっちかと言うとブチャラティは感情を表に出さないほうだ。
だから赤面するだとか焦るだとか、そういうブチャラティは想像できない。
ううん…やっぱり直接行動を起こしてみないと解んないなあ。
「どうかしたのか」
「……え?」
唐突にブチャラティの声がした。
先程までの私の妄想の中の声ではない。
現実に存在している彼の声だ。
ブチャラティの方を見ると、ブチャラティは本に向けていた視線をしっかりと私に向けていた。
どうやら見つめすぎていて不審に思われてしまったようだ。
怪訝そうな目を向けてくるブチャラティに少し気まずさが浮かぶ。
「さっきから俺の方を見ていただろう」
「う、うん…」
「何か話したいことでもあるのか?」
「えっと…」
もしかして、これはチャンスではないだろうか。
私の好奇心を満たす為の絶好のチャンス。
幸い此処には私とブチャラティ以外に誰もいない。
それにブチャラティの性格上、激怒するということはないだろう。
…よし、そうと決まれば決行だ。
「ブチャラティ、相談したいことがあるのだけど…」
隣に行ってもいい?と続けるとブチャラティは承諾してくれた。
なのでブチャラティの方へと移動し、隣に腰を下ろした。
「相談とは何だ?」
ブチャラティは持っていた本をテーブルに置いて、真剣に聞く態勢に入った。
チラリとブチャラティの方を見ると端正な顔が視界に映る。
今からこの顔がどの様に変わるのかが楽しみで仕方がない。
真剣に悩みを聞こうとしてくれるブチャラティには悪いけれど、後で何回でも謝るからとりあえずは許していただこう。
「あのね…」
「ああ」
適当な嘘を並べようと口を開いた時、ほんの一瞬だけ少しの隙を見つけた。
その隙を見逃さずブチャラティを押し倒そうとした。
…だけど、私は忘れていた。
ブチャラティが我らがチームのリーダーであることを。
私よりも場数を踏んでいる彼との力量の差を、私は忘れていたのだ。
「えッ!?」
グルンと回った視界。
背中に柔らかい衝撃を感じ、目を瞬かせる。
視界にブチャラティの姿を捉えて漸く自分が押し倒されたのだと理解した。
「え…え…? ブチャラティ…?」
「どうした?」
「どうしたって…」
薄く笑みを浮かべるブチャラティを見て、私は益々困惑した。
私がブチャラティに押し倒されている状況は説明がつく。
ブチャラティと私に力量の差があったから反撃されてしまっただけだ。
だけど、ブチャラティがいつまでもこの体勢でいるのが理解できなかった。
「えと…ごめんなさい、ブチャラティ…」
「何を謝っているんだ?」
「…ブチャラティを押し倒そうとしたから」
ブチャラティが怒っているのだと思って謝罪する。
見た感じ、怒っているようには見えないけれど…。
でも怒っているから私の上から退いてくれないのだと考えないと説明がつかない。
「…ナマエは俺を押し倒してどうしたかったんだ」
「え? えっと…」
どうしたかったか?
そんなのブチャラティの反応が見たかっただけ。
他に理由なんてない。
そう素直に告げたらブチャラティは溜め息を吐いた。
「つまり、いつもの好奇心か」
「…はい」
どこか責めるような物言いに萎縮してしまう。
正解は候補2の方だったかと考えている私は多分反省していない。
反省していない事がバレたら、きっともっと怒られるだろう。
だから表面上だけでも申し訳なさそうな顔を作った。
「ナマエ」
「はい」
「いくら俺が相手でも好奇心に身を任せてこんな事をするもんじゃあない」
「はい」
「これからは考えて行動するんだ、いいな?」
「はい」
ブチャラティの射抜くような視線。
まるで心の中まで見透かされるような視線に冷や汗が流れる。
「ブ、ブチャラ…ひゃッ!?」
不意にブチャラティの顔が近づいてきたかと思えば、ベロリと頬を舐められた。
突然の事で素っ頓狂な声を上げてしまった。
しかしそんな事は大した問題ではない。
問題はもっと別のことだ。
私は知っている。
ブチャラティは人の嘘を見抜くことに長けていることを。
更に汗を舐めた時の正確さも知っている。
「これは嘘をついてる味だぜ、ナマエ」
そう言ったブチャラティの眼は確かに怒っていた。
そこで私は今は何を言ってもマイナスにしかならないと観念した。
その後、正座をさせられブチャラティに長時間お説教されることとなった。
…もう二度とブチャラティの前では好奇心に身を任せたりしない。
今日私が学んだことは、お説教するブチャラティは怖いということだ。