小説 | ナノ


今、私の眼の前で男の人が泣いている。
正確には眼の前のテレビの中でだけど。
恋人に先立たれてボロボロと涙を流すその姿に新鮮味を覚える。
だって私の周りには、こんなふうに涙を流す男性など居ないから。
思えば皆、笑うか怒るか仏頂面かで涙なんか流しやしない。
今、隣にいる男もそうだ。

テレビから視線を外して隣に眼をやる。
そこでは我らがチームのリーダーが静かに本を読んでいる。
私はこの人が激しく感情を剥き出しにしている所など見たことがない。
そりゃあ、チームのリーダーとして人の上に立つのだから感情的になってちゃダメなのかもしれないけど…。
それでも私はこの人の剥き出しの感情を目の当たりにしたいと思っている。

「ブチャラティ」

「なんだ? テレビは飽きたのか」

「うん」

ブチャラティの問いに素直に頷くと彼はパタンと本を閉じた。
これは話し相手になってくれる合図だ。

「ねえ、ブチャラティって泣かないよね」

「大人が人前でそう泣くわけがないだろう」

「それもそうだけどー」

確かに成人男性が人前で泣いてちゃ恰好つかない。
それはご尤もだ。
そう解っていても私は彼の涙が見たかった。

「お前は俺が泣いているところを見たいのか?」

「うん」

ブチャラティの言葉に間髪入れず頷く。
すると彼は「そんなの見て何が楽しいんだ」と苦笑した。

「楽しいとか楽しくないとか、そういう問題じゃないんだと思う」

自分でもよく解らないけど、と付け足す。
するとブチャラティは少し考えるそぶりを見せた。
何を考え込んでるんだろうと私が思うと同時に彼は口を開いた。

「なるほど。 その気持ちは俺も何となく解る気がするな」

「え?」

「俺もお前が泣いている所を見たいのかもしれないな」

眼を瞬かせる。
ブチャラティの言葉が意外過ぎて言葉が出なかった。
そんな私の様子が可笑しかったのだろう。
ブチャラティはクスリと笑って「冗談だ」と言った。

「冗談か、ビックリした」

「すまない。 しかしお前のあんな間抜け面は初めて見たな」

「そんな酷い顔だった?」

「ああ、随分と酷い顔だった」

「マジかあ」

そう言うとブチャラティは再び笑顔を見せた。
その顔を見て少し安心感を覚える。
最近のブチャラティはよく物思いに耽ったり、どこか暗い表情をする時が多かった。
だから久々に見たその笑顔に安心感を覚えたのだろう。

ねえ、ブチャラティ。
私は貴方の泣き顔が見てみたいよ。
でも、こうやって貴方の笑顔を見れるなら泣き顔は当分先見れなくっても構わないって思うんだ。
だから私の前で泣き顔晒したくないって思うんなら、こうやって笑顔を見せてよ。
それだけで私は満たされるのだから。

だけどそう上手いこといかないもんだ。
私が彼の笑顔を見たのはこの日が最期だった。
その後はチームに新入りが入ってボスの娘・トリッシュの護衛任務に就いてと、ずっと怒涛の日々だったのだから。
そしてその怒涛の中に彼は消え去ってしまった。

眼を閉じて思い返してみる。
トリッシュ護衛の任務の中でも彼は泣かなかった。
組織を裏切った後も、アバッキオやナランチャが死んでしまった時も。
悔しさや哀しみを堪えて、堪え切って、結局涙を流すことはなかった。

ねえ、ブチャラティ。
私、今でも考えるのよ。
どうして貴方の涙が見たかったのか。
もう私の話を聞いてくれる貴方は居ないのに、おかしいよね。
でも、おかげで漸く解ったよ。
貴方が居なくなってから1年経った今になって漸く。
だから今日ここに来たの。
小高い丘の上の、貴方が眠る場所に。

「ブチャラティ、漸く解ったよ」

それは解ると至極単純なことだった。
なんであの時の自分には解らなかったんだろう。

「私は貴方の弱みを見せてほしかった」

それは言い換えるなら頼られたかったということだ。
いつも1人で重荷を背負いこんでいるような貴方の助けになりたかった。
なれるのなら、貴方の支えになりたかった。

“俺もお前が泣いている所を見たいのかもしれないな”

いつか貴方が言っていた言葉を思い出す。
あの時、彼は冗談だと言っていた。
だけどあの言葉に少しでも本心が混ざっていたのなら…。
彼も私と同じ気持ちだったのだろうか。
もう確かめようがない事だから幾ら私が考えたところで意味はない。

「…さて、伝えたい事も伝えたし私は行くよ」

立ち上がり、踵を返す。
涙なんか一切溢れる事のない乾いた眼で真っ直ぐ見据え、来た道を戻る。

ブチャラティ、貴方は私に弱みを見せる事なく居なくなった。
だったら私も貴方には弱みなんか見せずに生きてやるわ。
貴方の前では絶対に涙も弱音も見せやしない。
涙は、いつか私が貴方の所に会いに行くまで大事にとっておくよ。


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