小説 | ナノ


本日の私は暇を持て余している。
だから同じく暇を持て余してそうなジョルノの部屋に転がり込んで、意味もなくテレビを観ていた。
そしたら興味を惹かれる映像が目に飛び込んできた。

テレビ画面に映し出される桃色の風景。
それは日本のサクラという花だった。
今、日本でサクラが満開らしい。

「ねえ、ジョルノはサクラ見たことある?」

テレビ画面に視線を向けたままジョルノに問いかける。

「ありますよ、幼い頃ですが」

「えー、羨ましい」

生まれてこの方、一度もイタリアから出たことがない私は当然ながらサクラを実際に見たことが無い。
羨まし過ぎるジョルノの言葉に、私の視線はテレビ画面からジョルノへと移った。

ジョルノは涼やかな表情で本を読んでいた。
私やテレビなどには興味もくれず、といった感じだ。

「ねーえ、サクラってどんなのだったー?」

「テレビで観るのと大して変わりませんよ」

「ふーん、つまんないの」

この言葉はサクラに対してではなくジョルノの返答に対しての言葉だ。
夢もロマンも有ったもんじゃない。
こんなふうに普段から冷めた物言いをするジョルノだけど女の子には大層モテる。
やっぱり顔か、顔なのか。
でもそんな冷めた言い方しか出来なかったら好きな女の子から嫌われちゃうぞ、ばーか。
などと心の中で悪態を吐く。
ジョルノに好きな女の子が居るのか知らないけど。

そこで、ふと気が付いた。
そう言えばジョルノは不思議な手品が出来る。
無機物を生物に変えちゃう手品だ。
じゃあ、もしかしたらサクラにも変えられるんじゃ…?

「ねえねえ、ジョルノ!」

「嫌です」

「せめて最後まで聞いてよ」

「君の考えそうな事くらい解る。 サクラを出せとでも言うんだろう」

「そう! おねがい、一回だけだから!」

両手を合わせて拝んで見せる。
だけどジョルノから出たのは溜め息だけで承諾の言葉ではなかった。
あー、ヒドイ人!

「つまーんないの!」

此処にいても暇だし帰ろっかな。
そう思って立ち上がる。

すると、不意に手首を掴まれた。
掴んだ相手は一人しかいない。

「なあに?」

「何勝手に帰ろうとしてるんですか」

ジョルノが私を見上げる。
ジョルノの方が私よりも背が高いから、こうやって見上げられるのは新鮮な気分だ。

「えっと、お邪魔しました〜」

何度もジョルノの部屋には遊びに来たことがあるけれど、勝手に帰るなと言われたのは初めてだった。
だから少し戸惑いながらも挨拶の言葉を口にする。
だけどジョルノときたら何やら不満げにムスっと顔もしかめた。

「…桜、見たいんでしょう?」

「え? そりゃあ、見たいけど…」

ぱちぱちと目を瞬かせる。
イマイチ状況が上手く把握できない。

「えっと…もしかして見せてくれるの?」

「ええ、誰も見せないだなんて言ってないでしょう」

なのに勝手に帰ろうとして、と恨み言のようにグチグチと言われた。
嫌だって言ったじゃないと一瞬思ったけど、そんな事なんか気にならなかった。
だってだって! 桜を見せてくれるって!

「ありがとう! ジョルノ!」

感情のままに思い切りジョルノに抱きついた。
ついでに頬にキスをする。
意外なことにジョルノは嫌がる素振りを見せなかった。
少し驚きながらも、ゆっくりとジョルノから体を離す。
そして姿勢を正して隣りに座った。

「じゃあ、桜に変えますよ」

「うんうん!」

ワクワクとドキドキが入り混じった激しい感情。
今か今かと待っていたら、視界に桃色がひとひら舞い込んだ。
その桃色を皮切りにジョルノの部屋が沢山の桃色で溢れた。
さっきテレビで観ていた花。
それが目の前に今、沢山咲き誇っていた。

「わあー…」

「どうです、満足しました?」

「うん…すっごいキレー…」

その桃色の一つに手を伸ばす。
触れた感触は本物の花だった。
手にとったサクラを眼前へと持ってくる。
何だかこの花が馴染み深い物のように思えた。

「……ああ、そっか」

「なんです?」

「サクラってジョルノみたいね!」

だから馴染み深く思えるんだ!
疑問が解けてスッキリとした気分の私とは違い、ジョルノは怪訝そうな顔をしていた。

「僕と桜が似てるって言いたいんですか?」

「うん!」

私の言葉にジョルノは怪訝そうな顔をした。
何となく“何言ってんだコイツ”と言われたような気がした。

「サクラって綺麗で、見る人を魅了するでしょ? それって、ジョルノみたいじゃない?」

「…」

ぱちくりとジョルノが目を瞬かせる。
ジョルノの貴重な無防備な表情だ。
ジョルノとはそこそこ付き合いがあるけれど、こんな表情を見たのは初めてだった。
小さな嬉しさを感じていたらジョルノが静かに口を開いた。

「それじゃあ…」

「?」

「ナマエも僕に魅了されてるんですか?」

「えっ?」

ジッとジョルノが私を見た。
今度は私が目を瞬かせる番だった。
最初は冗談かと思った。
だってジョルノがこんな事を言うとは思えないから。
でもジョルノの目にはからかいの色は見られなかった。
冗談とも本気とも取れない言葉に私はただ何と返すべきか悩んだ。
悩んで、そして出した結論は…

「…うん、 魅了されちゃってるかもね」

ジョルノの言葉を冗談だと判断して、こっちも冗談で返すことにした。
まあでも、嘘は吐いてはいない。
確かに私は初めてジョルノに会った時、その綺麗な容姿に見とれた。
そして関わっていくうちに少しずつ惹かれていくものがあった。
だから冗談だけど嘘ではないんだ。

「そうですか」

ジョルノは私の返答に少し微笑んで、そう一言だけ返した。
その綺麗な笑顔に不覚にも胸が高鳴った。

「じゃあ僕にとっての桜は貴女ですね、ナマエ」

「え?」

「なんです」

「え、ジョルノ? 今…?」

ジョルノの言葉の意味が理解できなくて、追いつかない思考のままジョルノに問いかけた。
だけどジョルノは何も答えずに微笑んだだけだった。

「ジョルノ、今のってどういう意味?」

「それくらい自分で答えを見つけてください」

「ちょっとぉ…」

素っ気ない言葉とは裏腹に穏やかに微笑み続けるジョルノに、私は益々困惑するのだった。


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