小説 | ナノ


嫌われているのかもしれない。
そう感じ始めたのは数ヶ月前からだ。
あくまでも私の予想。
何となくそう感じる程度の違和感。
だから確信しているわけではない。
だけど好かれていることはないだろうと、そう思うのだ。

私を嫌っていると思う人物は我らがボスであるジョルノ・ジョバァーナだ。
元々ブチャラティチームだった私は、彼とは彼此半年近くの付き合いになる。
最初こそは他のメンバーに対する態度と同じだったと思う。
それがどうしてと考えるが思い当たるフシがない。

「よおー、何やってんだ?」

私が考え込んでいると背後から能天気な声が聞こえてきた。
振り返るとミスタがヒラヒラと手を振って歩いてきていた。
そうだ、ここは廊下だった。
私としたことが、こんな場所で物思いに耽るなんて。
私にとってこの悩みは意外と大きいのかもしれない。

「考え事をしているのよ、ミスタ」

「お前がかァ〜?」

「失礼ね、私でも考え事くらいするわよ!」

ケラケラと人を小馬鹿にしたように笑うミスタに一発食らわそうと腕を振るう。
しかしそんな攻撃はあっさりと躱されてしまい、更に苛立ちが募った。

「まあ、そんな怒んなよ。 相談くらいは乗ってやるぜ?」

「……」

いまいちミスタの言葉が信じられず、ジッとミスタを見る。
ミスタの目には人の悩みをからかってやろうだとか、そんな色は見られなかった。
ただ純粋に1人の仲間としての親切心からの言葉らしい。

「……実はさァ〜」

「ミスタ」

ミスタに悩みを打ち明けようと言葉を切り出すと、それは第三者の声に妨害された。
その声の主はミスタの後方から静かな足取りで歩いてきていた。
その人物は私の相談事の中心人物、ジョルノだ。
その表情はどこか不機嫌そうに見えて、少しギクリとする。
だけどミスタの方はジョルノの表情など見えていないようで、いつもの様に言葉を返し始めた。

「おう、ジョルノ。 どうかしたか?」

「…君が報告書も提出せずにほっつき歩いているから探しに来たんだ」

「へーへー、後でちゃんと届けに行きますよっと」

全く悪びれる様子のないミスタを見て、ジョルノは溜め息を吐いた。
その気持ちは共感できてしまう。
しかし本気で怒れない愛嬌というか何というか…そういうモノがミスタには有るので困ったものだ。

「なあ、ジョルノ」

「なんです」

不意にミスタがジョルノを手招いた。
そして私から少し離れた場所でコソコソと何かを耳打ちし始めた。
何事かと気になったけれど生憎私のいる場所からじゃ会話の内容は聞こえなかった。

「…ミスタッ!!」

この場に居る必要も無いし、ひと声かけて立ち去ろうと考えていたら急にジョルノが声を荒らげた。
何事かと思ったけれどミスタの表情を見て察する。
きっと何かミスタがまたからかう様な事でも言ったのだろう。

「そう怒るなよ。 まっ、頑張れよ〜」

ニヤニヤ笑いながらミスタは言い、そのまま言い逃げするようにこの場を去っていった。
そしてこの場には去って行くミスタの背を睨むように見ているジョルノと、立ち去るタイミングを逃してしまった私だけが残されてしまった。
少し話しかけづらい雰囲気のジョルノに、どうしようかと悩む。
ここで私が声も掛けずに立ち去るのは具合が悪い。
元は同じチームの後輩といえど今の彼はボスなのだから。

「ねえ、ジョルノ」

「ナマエ」

何というタイミングだ。
ジョルノと言葉が被ってしまった。
ジョルノが振り返り、私を見る。
その表情は不機嫌というよりも、どこか真剣味を帯びた表情だ。
そんな表情をされてしまっては少し身構えてしまう。

「な、に?」

「……」

「……ジョルノ?」

人の名を呼んでおいてジョルノは言葉を続けることはなかった。
もしくは私の聞き間違いだろうか。
しかし、しっかりと私を名を呼んだと思ったんだけどな。

「……ミスタと」

「え?」

「ミスタと何を話していたんですか」

「……は?」

間の抜けた声が口から出た。
無意識の内に口が半開きになってしまっていた。
そんな私の表情とは対照的にジョルノは真剣を通り越し、鋭い目つきで私を見据えた。

え、ちょっと待ってよ。
何でそんな表情でそんな事を訊かれなきゃならないのよ。
何よアンタ達デキてんの?なんなのよ。

色々と言いたい事は有るけれど、まず苛立ちが浮かんだ。
ああもうボスとか立場とかどうでも良くなってきた。
今までの苛立ちも含めて一言何か言ってやらないと気が済まない。

「ボス、仲間との会話の内容を一々報告する義務があるの?」

刺々しい言葉を吐き出す。
わざとらしく“ボス”だなんて言って。
きっと今の私の表情は不機嫌丸出しといった感じだろう。
どうせ嫌われているのだから今更これ以上嫌われようがない。
だから今この時くらい好きなように反論したってバチは当たらないだろう。

「いいや、そんなものは無い。 ただ僕が知りたいから訊ねているんだ」

「じゃあ、私に答える義務はないという事ですね」

「……」

「……」

鋭い目つきのジョルノと不機嫌丸出しの私。
お互いに無言のまま、ただ視線だけを逸らさずにいた。
ジョルノはどう思っているのか知らないけれど私はジョルノから視線を逸らしたら負けだと思っている。

「ナマエは…」

不意にジョルノが口を開いた。
相変わらず鋭い目つきのままだ。
続けられる言葉は何だろうか。
まあ、良い言葉でないことは確かだろう。
いつでも来たらいい。
言い返す準備は出来てるわ。

「……ナマエは、僕が嫌いですか?」

「……へ?」

予想外の言葉にまた間抜けな声が出た。
どんな言葉を言われるかと身構えていたのに、肩透かしを食らった気分だった。
しかしジョルノときたら表情は変わらず鋭いものなので、私の聞き間違いだろう。

「嫌い、なんですか?」

「な、なんで2回も言うのよ!」

聞き間違いということで結論づけようとしたのに!
2回も言われては聞き間違いでは済まない。

というか、何でそんなことを聞いてくるの?
私を嫌っているのはジョルノの方じゃない。
そう言おうとした。
だけど言えなかった。
ジョルノが、悲しそうな顔をしたから。

「え…ちょっと…」

急にしおらしくなられると、どうしていいか分からなくなる。
言い返す準備が出来てたのは暴言に対してだけだ。
しおらしい言葉に対する準備なんて出来てない!
こういう時って何て返せば良いのよ!?

言葉が続かず黙り込んだ私を、ジョルノは寂しそうな眼で見た。
そして静かに言葉を発した。

「答えなんて君から直接聞かなくったって解ってる」

「えっと…」

「君は僕に対してだけ余所余所しさを感じさせる」

それはジョルノに嫌われていると思っているから余所余所しくなってしまうだけ。
そもそも何故ジョルノがこんな事を言うのだろう。
どうして急にこんな態度を見せるのだろう。
これじゃあまるで…。

「君が僕を嫌いでも……それでも…」

私の思考は続けられたジョルノの言葉に遮られた。
一気に現実へと引き戻されたような感覚だ。

「少しで良い。 君の笑顔が見たいんだ」

え、と思考が止まる。
頭が真っ白になって何も考えられなくなっていた。
何を言われたのか直ぐに理解できなかった。

だけど理解せざるを得なかった。
ジョルノの言葉が私の疑問に完璧な答えを出していた。
ジョルノはおそらく私の事が好き。
今までの態度はその裏返しだったのだろう。
忘れかけていたがジョルノはまだ16歳だ。
色恋沙汰に不器用な点があってもおかしくはない。

ジョルノの言葉が嘘だなんて疑いはしなかった。
我らのボスは嘘など吐かないからだ。
これは彼の真剣な想いだ。
だからこそ、私はその想いにちゃんと応えなければならない。

「ジョルノは…私が好きだったの?」

「ええ、もう随分と前から」

「そう…」

「…」

「…」

お互いに無言になってしまう。
ここは私が言葉を続けなければいけない。

「私、ジョルノは私の事が嫌いなんだって思ってたわ」

「…え?」

「ジョルノって私と話す時だけ怒ってるみたいに目つきが鋭いし、声も穏やかじゃあないから」

私の言葉にジョルノは目を瞬かせた。
多分、無自覚だったんだろう。
でもジョルノの気持ちを知ってしまえば納得がいった。
今までの態度は全て素直になれない男の子のものだったのだと。
何だか“嫌われてるかも”だなんて悩んでた私がバカみたいだ。

「それは…無自覚でした」

「ええ、私もさっき気づいたわ」

「…だからナマエの態度が余所余所しかったんですか?」

「そう、嫌われてるって思ってたから」

小さく笑うと、ジョルノは視線を下げてしまった。
気を損ねたかと思ったけど、ジョルノは小さく言葉を紡いだ。

「…初めてだったんです」

「え?」

「まさか自分が誰かに恋心を抱くだなんて思ってもみなかった。 初恋なんです」

「そう、なんだ…」

本音を語られてどうして良いか分からなくなる。
誰かにこんなふうに言われるのは初めてだし。

「だからナマエと顔を合わせる度に緊張して、どうすれば良いのか分からなかった」

ジョルノが私に再び視線を向ける。
恥ずかしげなその顔に少し胸が高鳴った。
これがギャップと呼ばれるものだろうか。

「…笑いますか?」

恥ずかしげに顔を赤らめて私の顔を伺うように視線を投げかけてくるジョルノ。
何だかさっきからジョルノの一挙一動が愛おしく見えてくる。
まさかこれはゲインロス効果?
落として上げるギャップ萌え戦法?

いいや、なに馬鹿なこと考えてんだろ。
色々予想外の事が起こったから疲れてるんだろうか。
馬鹿な事を考えていないで今は不安げな目を向けてくるジョルノに言葉を返さなければ。

「笑わないよ、むしろ安心したわ」

「安心?」

「そっ、ジョルノもちゃーんと年相応の男の子なんだなって」

腕を伸ばしてジョルノの頭を撫でる。
するとジョルノは驚きから目を見開いていた。
その様子が少し面白くて暫くジョルノの頭を撫でていた。
すると我に返ったのかジョルノが「ナマエ」と私の名を呼んだ。

「なに?」

頭を撫でる手を止めずに返事をしたら、ジョルノに腕を掴まれた。
しまった、少し調子に乗りすぎただろうか。
ジョルノの表情を伺うと真剣味を帯びた表情だった。
私の腕を掴む力加減から見ても怒ってはいない、と思う。

「僕は今まで貴女に対して素直にはなれなかった」

「う、うん…」

「だけど、これからは自分に正直に貴女と向き合います」

腕を掴んでいない方のジョルノの手がゆっくりと私の顔へ近づく。
そして優しく私の頬を撫でた。

「ねえ、ナマエ。 覚悟してください」

「え?」

「絶対、貴女に好きになってもらいますから」

「え、ちょっ…!?」

腕を引かれて、ジョルノの方へと引き寄せられた。
ぽす、と軽い音を立ててジョルノの胸元へと寄り掛かることとなった。

「好きです、ナマエ。 貴女を愛しています」

そう言うやいなやジョルノは私の顎を軽く引いて自分の方へと視線を向けさせた。
初めてこんなに至近距離でジョルノと視線を合わせた。
ジョルノの綺麗な眼が私を見下ろしている。
こんなに綺麗な眼をしていたんだなと、そう思った。

ジョルノの眼に見とれていたら、ジョルノの顔が私の方へと近づいてきた。
その唇が、私の唇へと迫ってくる。
え、ちょっと待って、待ってよ…!
どうすれば良いのか分からなくて身体もまるで電池が抜かれたみたいに動かなくて。
本当にどうすれば良いのか分からなくて、ただ私は目をキツく瞑った。

「っ!」

柔らかいものが唇のすぐ隣りに触れた。
そしてチュッとリップ音を鳴らして離れていった。
キツく瞑っていた目を開く。
目を開けて真っ先に視界に入ったのは穏やかに微笑んでいるジョルノだった。

「なんか…凄くドキドキして心臓が痛い」

困惑した思考から漸く解放されたからか、頭がぼんやりとしていた。
そのせいで余計な本音をポロっと零してしまった。
私が自分の発言に気づいて我に返ったのは、既にジョルノの耳に私の言葉がしっかりと届いた後だった。

「僕も拒まれたらどうしようってドキドキしましたよ」

そう言ってジョルノは安堵の表情を見せた。
その頬は微かに赤く染まっていた。

「ナマエ」

「な…なに?」

「どうかいつか僕の恋人になって、次はその唇にキスさせてくださいね」

ジョルノから放たれた言葉が頭に反響し、じくじくと私の心を侵していった。
心臓が脈打って、顔がとても熱い。
これじゃあ彼に落ちるのも時間の問題だと、赤く染まった頬を隠すように私は両手で顔を覆った。

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