「死にたい」
ある日、彼女はそう言った。
アンティーク調の椅子に深く腰を下ろしている彼女の身体が少し傾く。
それにより、さらりと黒髪が揺れた。
「なぜです?」
僕が訊ねると、彼女は虚ろな瞳で僕を見た。
そして少し荒れた唇をゆっくりと開いて言葉を紡いだ。
「苦しくて仕方がないから」
彼女は表情を歪めた。
苦しくて苦しくて仕方がないといった表情だ。
その表情が、彼女の言葉が本心だと確信させる。
「ダメです」
「ジョルノ…」
「なんと言われても貴女を殺したりしない」
ああ、また泣きそうな顔をされた。
彼女と再び共に生活を送るようになってから、何度もこの表情を見てきた。
おかしいな。
僕は彼女の笑顔を見る為に行動しているはずなのに。
「お願いよ、ジョルノ…」
彼女の手が僕の方へと伸びる。
その指先が、僕の手の甲へ触れた。
冷え切った指の冷たさが心地よく思えた。
「ねえ、ナマエ」
僕の手に触れている彼女の手を、しっかりと握った。
その冷たい体温を温め直すように。
「ずっと僕と一緒にいるって言ってくれたじゃあないですか」
忘れちゃったんですかと問うと彼女は表情を歪めて眼を伏せた。
その様子を見て、彼女もしっかりと覚えているのだと悟る。
「昔の貴方は、こんな酷い人じゃあなかった」
彼女の視線が再び僕に向けられる。
その瞳は今にも涙を流しそうなほど潤んでいた。
無意識だろうか。
彼女は自身の脚をさする様に撫でた。
僕から離れないようにと歩けなくした、その脚を。
「最低よ…」
ついに、ポロリと涙の粒が零れ落ちた。
その雫を拭おうと手を伸ばしたら、弱々しい力で払いのけられた。
涙に濡れた瞳が、僕を睨みつける。
それは確かなる拒絶だった。
僕を受け入れてくれない冷たい眼差しだ。
そんな瞳を、愛する人に向けられた。
「…僕は、貴女を愛しています」
愛する人を求めることは罪だろうか。
共に居て欲しいと願うことは罰せられるべき事だろうか。
ただ愛した人が血を分けた姉というだけ。
それだけで愛する人に憎まれなければならないのだろうか。
「だから…どうか貴女も僕を愛して」
彼女に歩み寄り、きつく抱きしめた。
彼女は僕を押し返そうと僕の肩を押したけれど、構わず抱きしめ続けた。
彼女が僕を愛してくれるように。
そんな祈りを込めて。